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たとえば僕の好きなユーミンの曲“acacia[アカシア]”には《なつかしすぎる未来がたったひとつの探しもの》という歌詞があり、“Take me home”では《昔は未来の向うにもあること》と歌っている。つまりユーミンにとって、時の流れがもたらす微妙な感情の機微をすくいあげる過程で、グリニッジ標準時は相対的なひとつの基準にしかならないのだと思う。今作『Wormhole』は制作においてそれを検証しようと試みた壮大な実験だ。AIに過去数百のボーカルトラックをラーニングさせ、それを再構築、合成することで別の次元に存在する「Yumi AraI」の作品を作る。そう聞くと、つまり本人不在でAIが作ったのね、と誤解されるかもしれない。そうではなく、まずAIが導き出す制約の無いサンプルがあり、それにリアルのユーミンが正面から向き合うことで、本来はあるフィジカルの制限から解放されていく。それは「AIと人間の共生」をテーマにトライした現段階での最適解なのだと思う。テクノロジーに向き合うことでフィジカルに回帰した本作は、こちら側の世界線でも傑作だ。(海津亮)(『ROCKIN'ON JAPAN』2025年12月号より)
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