ブルース・スプリングスティーン拝謁!!!!!


あり得ないことが起きた。
なんとブルース・スプリングスティーンに会わせてもらった。

ブルース・スプリングスティーンのこれから発売される『闇に吠える街』ボックスセットの一部視聴会(全部を観たり、聴いたりしたら7時間かかるそう)が今日トロントで行われたのだが、なんとその視聴会にスプリングスティーンも来たのだ。昨日のドキュメンタリー上映やエドワード・ノートンとの公開インタビューのためにトロント映画祭に来ていたスプリングスティーンだが、まさか視聴会にまで来るとは!!!
http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/BruceSpringsteen/

実はこの視聴会と前日のプレミアなどのために世界中からスプリングスティーン番記者がトロントに結集していた。私は映画祭で偶然トロントにいたため、呼んでいただけたのだと思うけど(笑)。なのでこの視聴会はもちろん映画祭とはまったく関係なく、音楽記者と関係者のみで行われた。ただレコード会社のオフィスとかではなくて、小さな映画館を使い、巨大スクリーンで映像は流され、CDの音源が流される時は、スクリーンに歌詞が映し出されるといういつもより特別な趣向ではあったのだ。

それで終わって後ろを向いたら、なんと……スプリングスティーンと奥さんのパティ・スキャルファも座っていたのだ。

それで当然みんな一言ずつこんにちは、のような挨拶をしに行き、日本からいらっしゃっていたレーベルの方と、ライターの方と一緒に私も行ったのだけど、もう死ぬほど緊張して、「こんにちは」って言うだけでも、息を吸いながらしゃべっちゃったような状態。スプリングスティーンには、まったく威圧的な雰囲気はなくて、誰でも思い切り熱く歓迎してくれるオーラを放ちまくりだったのだけど。日本のライターの方とレーベルの方は、とにかく来日してください、ということを強く強くお願いしていた。「そうだよね。本当に行かなくちゃ」と答えていたが。

スプリングスティーンは、すごい日に焼けていて、思い切りはつらつとしていて、もちろん高級リゾートとかで休暇でも取っていたのだと思うけど、みんなに囲まれて語る様子は、世界最大のカリスマでありながらも、活気のある漁村の頭領みたいでもあって、その場を引っ張るエネルギーに満ちあふれていながらも、私たち大衆と壁を作らないで巻き込んでいく。ステージじゃない場所でもスプリングスティーンそのもので感動した。

私はほとんどノートンも顔負けの「こんにちは」もまともに言えないダメっぷりだったが、それでももう間違いなく人生のハイライトのひとつになるこの体験。でも、これにはまだ続きがあるのだ。

その後は劇場の隣の隣のイタリアン・レストランでランチということになっていたのだが、なんとそこにもスプリングスティーンが来たのだ。まさかこんな展開になるとは。

しかも、席に着いてしばらくしてから気付いたのだけど、どうやら、全部で何人くらいいたのだろうか?世界から集まった4、50人くらいの記者達が、順番に、10人くらいずつスプリングスティーンのテーブルに行って、”カジュアルに”しゃべりながら、ご飯を食べる、という趣向のようなのだ……。それを待っている間と言ったら……。とにかく、ことの重大さをあまりに真剣に考えないようにして、ワインをガブガブ飲んでみたりした。しかし、もちろんまったく酔わなかった。

それでちょうどデザートのティラミスが運ばれてきたあたりに私たちの番が回ってきた。しかしすでに熱い会話がテーブルの反対側半分で交わされている。さらに、レストランの音楽もうるさくて、その体験の半分以上は、何分くらいあったのだろうか?全部で10分くらいだったのかな?残念ながら何を語っているのかよく聴こえなかった。それに、趣旨としては、正式なインタビューというのではないから、誰もテープをまわしたりはしていないし。ノートにメモしたりもしていない。みんな必死で心のメモ帳にはメモしていたと思うけど。

日本のレーベルの担当の方がおっしゃるには、スプリングスティーンはインタビューはまったくやらないので、これまで何度もオファーしたのだけど、実現したのは、日本でも数回とのこと。だから正式なインタビューじゃなくても、こんなチャンスは、世界中の記者にとっても人生で最初で最後かもしれないチャンスだったわけだ。それで何とか聴こえてくる話は、グリーン・デイのことや、アーケイド・ファイアについてから、自分が契約した当初のこと。当時ビリー・ジョエルなどもレーベルと契約した頃だったのだが、自分たちは、バーなどでライブの経験を長年積んでいたから、他のどのアーティストよりも、とにかくライブで観客を圧倒する準備ができたいた、という話とか、いまだにライブで今日がまるで最後かというようなエネルギーを発することができる理由などなど、話題は色々な方向に飛びながらも、熱い会話は交わされていた。

そんな時に、スプリングスティーンの隣に座っていた記者が、その日のうちにたぶん国に帰らなくてはいけなかったのだろう。空港に向かわなくてはいけないようで、途中で「失礼します、僕行かなくてはいけないのです」と席を立ったのだ。で、私は、その隣の隣に座っていたのだけど、その隣にいたレーベルの担当の方が、「せっかくだから隣にどうぞ」と隣に座らせてもらったのだ……。スプリングスティーンの隣…………。

とにかく、それでようやく話がよく聴こえるようになったのだけど、でも私が隣に座った瞬間くらいにもう場はお開きの方向に向かっていた。でも、こんなチャンス一生に一度だし、もう終わりです、という時くらいにようやく質問ができた。

スプリングスティーンにひとつだけ何か訊けるとしたら何を訊けばいいのかと思って、待っている間日本の渋谷社長に電話したほうがいいんじゃないかと思ったんだけど、その時すでにトロントの12時半くらい。日本は夜中の1時半。会社にはいらっしゃないだろうし、かと言ってもちろん携帯の番号も知らない(こういう時のために今度教えてください)。結局さっき観た映像について訊いた。

このボックスセットには、2009年に、アズベリーパークの劇場で観客なしで、『闇に吠える街』を最初から最後まで演奏するというライブ映像が収録されることになっていて、そのうちの2曲をこの日は観たんだけど、同時に収録される70年代のまだどこにも出ていない超貴重なライブ映像も観せてもらったのだ。その映像の生々しさと言ったら凄まじいのだけど、30年後のライブの映像のテンションもある意味まるで変わらないのだ。スプリングスティーンだけではなくて、バンド全体も。だからその意味について訊いた。そしたら、つまりそれが今回これを発売することの「キーなんだ」と答えてくれた。それは曲に30年を経ても自分の中の変わらない真実があるということであり、また、今そうやって曲に向かわせる社会の情勢があるということ。さらに、だからこそ30年前のライブ映像と一緒に今のライブ映像を見せても、それが懐古主義的なものにならないのだということ、などなど。詳しくは……というほどでもないのだけど、またロッキング・オンでレポートさせていただきますが。

そして、今になって思えば、そんなありきたりじゃない質問すればよかったと後悔の嵐ではあるが……。

それで本当にもう行かなくちゃいけないという時にお別れの挨拶ということになり、がっつりハグしてもらったのだが(&ちゃんとほっぺにキスも)、その時驚いたことが。スプリングスティーンの胸板が超厚くて、ハグの瞬間に彼の胸の血管がドクドクしているのがこっちに伝わってきたのだ。しかもその血管が太くて、思いっきりドクドクしてて、だから思いっきりこちらに伝わってきたのだ。これまで挨拶のハグで人の血管があんなにドクドクしているのなんて感じたことないんだけど。おかしいと思って後で自分の胸の上を触ったけど、あんなに太くてドクドクしている血管はどうやら胸の上にはない。だからたぶん胸の脇の血管だったのかもしれない。でもとにかくあの血管の太さとドクドクの勢いとその感触が正にスプリングスティーンの熱さ、だった。こんな締めでいいのかわからないけど、とにかくブルース・スプリングスティーンは隅から隅までスプリングスティーンで、私たちの期待を1ミリも裏切ることなく、興奮と感動の嵐を残して去って行った。それから約1日が経過しようとしているが、この夢のような体験が一体何だったのか、だからいまだによくわかっていない。
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