ナカシマ(Vo・G)、峯岸翔雪(B)、 原駿太郎(Dr)から成る3ピースバンド・
おいしくるメロンパンは、2015年に結成して以来、「夏」や「海」といったモチーフの楽曲を多く世に放ってきた。ただ、彼らが奏でる「夏」や「海」は、決して爽やかさや喜びを放つだけのものではない。それらはときに幻想や夢想であるがゆえの儚さや物悲しさを持ち、またときには獰猛なほどにリアルに血と肉の香りや質感を漂わせる。おいしくるメロンパンの表現において、「夏」は、理想と現実の交錯点、また、永遠と刹那の交錯点として存在し続けているのだ。本稿では、そんなおいしくるメロンパンの夏の名曲を10曲ピックアップし、紹介したい。「この世界には、こんな夏があったのか」と、あなたはきっと驚くだろう。(天野史彬)
①色水
初期を代表する1曲にして、おいしくるメロンパン永遠のクラシックと言えるこの1曲において、夏は「喪失の季節」としての表情を露わにしている。照り付ける日差しによって溶けていくものと、遠くなれば遠くなるほど、自分の内側に焼き付いていくもの。その狭間に、この曲の主人公は立ち尽くしている。《寂しくはないけどちょっと切なくて》──そんな気分を抱きながら。《いつか忘れてしまうのかな》──そんな予感を見つめながら。主人公は記憶に籠城することも、現実をすべて受け入れることもできない。裏を返せば、どこにだって行けるということなのだが。甘美な幻想と痛ましいリアルが混ざり合う、おいしくるメロンパンの「夏」のビジョンが、この曲には鮮烈に刻まれている。「渇き」ならずっとある。思わず鼻歌で歌いたくなるようなメロディが、郷愁を誘う。
②シュガーサーフ
おいしくるメロンパンの楽曲において、「夏」に近接するモチーフとして楽曲に表れるのが、「海」。彼らの音楽には、目の前に広がる海の、その茫洋とした眺めの先に「何か」があることを信じる強い眼差しがある。ただし、その海が現実の海とは限らないことを、僕らはこの曲で知る。激しく疾走するスリリングな演奏によってライブの起爆剤になることも多いこの“シュガーサーフ”に捉えられているのは、まるで幻想の海にダイブするような感覚。夏の夜に見る夢を描いたような切なくもファンタジックな歌詞は、おいしくるメロンパンが「心の世界」を守り抜こうとするバンドであることを伝えている。《もう、帰る場所もないね》──このフレーズの言葉の裏を返せば、ここにあるのは、彷徨いながらも前進する覚悟と言えるだろう。
③look at the sea
どんな甘ったるい言葉を重ねるラブソングも、この曲には敵わない。世界を遮断し、現実を拒絶し、「君と僕」のふたりだけの最果てへの逃避を誘う、この“look at the sea”には。もはや、恋や愛などという言葉すら生ぬるく感じるほどに、羅列されていく欲望。よくよく見ればあまりにも激しい感情が綴られた歌詞が「夢想の国のベッドルームロック」とでも形容したくなるようなサウンドに乗ることで、それは魅惑的でデカダンな空気を漂わせる。《醒めないでいてね》──そう歌いながら、美しき虚構を望み、完成した世界を望むその姿は、もはや汚れた現実世界への闘争心すら感じさせる。
④水葬
ナカシマはこの曲について、「『終わらない夏』という、おいしくるメロンパンの幻想世界のひとつの象徴」と語ったことがある。メロウでメランコリックな雰囲気を漂わせる前半から、激しく、狂おしく、情念を露わにする後半へ。余計な装飾のない3ピースのアンサンブルは、そのシンプルさゆえに無限のイマジネーションを聴き手にもたらす。この1曲を聴くことで見えてくるのは、誰もいない夏の夜のプールの水面に映る儚い月光のような、美しさと悲しみがない混ぜになったひとつの景色であり、この世界からの逃走を試みる少年少女たちの愚かしくも切実な物語である。おいしくるメロンパンが完成された美しき世界を描こうとしたとき、それは単に輝きや理想だけではない、死や喪失の影が滲むものとなり、また同時に、悲劇の1歩手前で夢の欠片を残し続けるような、数多の可能性を残すものになった。この曲の続編と言うべき曲が、6年後、“渦巻く夏のフェルマータ”として発表される。
⑤epilogue
かつて“look at the sea”で《汚れないで触らないで/死ぬまで知らずにいようよ》と歌ったナカシマは、この“epilogue”で《まだ汚れ足りないのさ》と歌う。《ごめんね/気づいてしまったんだ/これでもう終わり。》とも。《まだ暑い日は続くから/夏が君を腐らせる前に/最後の夢を見せて》──この曲において、夏は現実的で残酷な表情を見せる。“epilogue”とは、つまり「結末」。この時点で、彼らがひとつの季節の終わりを感じ取っていたことを、この曲は伝えている。終わりの季節に浮かび上がる「もう少しだけ夢を見させてほしい」という願いと、「もう、このままではいられない」という意志が、鮮やかでポップな演奏の中で光と影のように映し出される。長いアウトロが、終わりゆく物語の余韻と残像、そして、ここから始まる新たな物語の予感を伝える。
⑥透明造花
おいしくるメロンパンのミニアルバムには、花の名前を冠した曲が収録されているという博物学的な部分がある。5thミニアルバム『theory』においてその部分を担ったのが、この曲だった。再生すると、まず耳に飛び込んで来るのは、生々しくも透明なギターの音。そして猪突猛進のバンドサウンドが、「もう過去には戻らない」と言わんばかりの覚悟を突き付ける。《僕はもうどこにもいないから/縋っちゃいけないよ/凛と咲いておくれ》──そう歌う声が響く。冒頭の《夏の模造品》という言葉、あるいは、《夏のような/あなたのような/それは二度とは来ない季節 刻む》というフレーズなど、自らが描いてきた美しき幻想としての「夏」を対象化しようとする眼差しが印象的なこの曲は、まるで「変化するもの」と「不変のもの」の両方を捉えようとしているようだ。変わらないものの美しさを見つめながら、「それでも、前に進むよ」と、バンドは伝えようとしていたのかもしれない。
⑦マテリアル
ぎらぎらと照り付ける夏の太陽そのもののように、激しく獰猛なポップネスを爆発させる名曲。この曲で描かれる《あなた》は「ハムレットを読み飛ばす」くらい大胆な性格を持っているが、この《あなた》こそ、まるで、おいしくるメロンパンにとっての「夏」そのもののようだ。「夏/あなた」は猛烈に輝かしく、美しく、魅力的であり、同時に暴力的なくらい恐ろしく、力強く、こちらの感情を揺さぶり、変化を促す。「夏/あなた」は今、この刹那においては、永遠なんて感じさせないほどに、あるひとつの状態から別の状態へと進み続けるリアルな生命だ。しかし、いつか触れることが叶わなくなったとき、「夏/あなた」は《僕》にとっての永遠になる。《何度でも僕らは別人になって/その度また平凡を否定し合うだろう》──このフレーズもまた、おいしくるメロンパンと夏の、愛しさも憎しみも混ざり合う関係を言い表すようなフレーズではないだろうか。
⑧シンメトリー
うだるような暑さの夏の日々にも清涼感を運んできてくれるような、爽やかでキャッチーな1曲。いつかの夏の日々を共に過ごした《君》と《僕》。その眩い夏の日々に「夏が嫌い」という共通点で通じ合った《君》との日々を追想しながら、今を懸命に生きる《僕》の目線から綴られているような歌詞が胸をしめ付ける。生きていれば、時間が経たなければわからないことがあるのだと、この曲の歌詞を読むと感じる。泣きそうになる。永遠に本に挟まれ続ける栞のように、変わることのない普遍的なものを表す《水色の感情》と対を成すようにして、今の《僕》の目から零れ落ちる《夕焼け色の涙》という言葉が歌われる。この曲を収録した8thミニアルバム『eyes』には“黄昏のレシピ”という曲も収録されているが、「夕焼け」や「黄昏」は、この時期のおいしくるメロンパンを象徴する色調だったと言える。
⑨渦巻く夏のフェルマータ
おいしくるメロンパンにしか描き得ない、幻想とリアルが混ざり合う夏の物語。先にも書いたように、この曲の歌詞は“水葬”の世界観を引き継いでいる。「終わらない夏」に取り残されていた《僕》は、しかし、いつしか新たな季節に足を踏み出す。《魔法が解けていく》──そう感じながら。《薄情な僕のこと/赦しはしないでね》──そうやって鈍い痛みも抱えながら。それでも、《僕》は前に歩き出すのをやめることができない。ハッとするほど近い距離で聞こえてくる静ひつなアコースティックギターの弾き語りから始まり、曲は一切振り返ることなく、ひたすら前進し続ける。前進することは死へ向かうことと同義である。オルゴールはいつか鳴り止む。それでも、《僕》は前に進むことを諦めることができない。巻き鍵なら何度でも回せばいい。そうやって彼らは、終わらないはずの夏を終わらせ、また夢を見るために、新たな季節に足を踏み出した。
⑩群青逃避行
進化するデカダンス。夢を見ながら生きることへの祝福。序盤の、夏の甘い倦怠感を運んでくるような演奏は、いつしか「くだらない現実なんて突破してみせる」と言わんばかりの激しさと力強さを持つ。繰り返される《海へ行こう》というフレーズ。そして、静かな迫力で歌われる《醒めないでいてね》という言葉。この“群青逃避行”には、名曲“look at the sea”を彷彿とさせる要素が多くあるが、世界を遮断し、内なる世界に立て籠って他者への願望を呟き続けた“look at the sea”に比べて、この曲には、《ねえ/帰れないところまで⾏こう》と、自ら手を引いて聴き手を新たな世界に誘う大胆さと力強さがある。《⽚道分の呼吸で/⼤丈夫 ⼤丈夫 ⼤丈夫だよ》という歌詞は、甘美な逃避行への招待状であると同時に、彷徨いながらでも自分の人生を生きる覚悟を伝えているようだ。おいしくるメロンパンの楽曲において、「海」は憧憬の象徴であると同時に、聴き手との待ち合わせ場所のようなものと言えるだろう。ならば、《海へ行こう》というフレーズは、「まだ見ぬあなたに出会いたい」という願望の表れでもある。夏が終わる前に。すなわち、この音楽が鳴り響く限り永遠に。おいしくるメロンパンの音楽は海の向こうから、あなたが立つ岸辺に向けて手を振っている。
このリストのうち5曲についてナカシマ(Vo・G)が語ったインタビューはこちら最新曲”群青逃避行”についても語ったインタビューはこちら