静かに夜に沈む木立ちの中、遂にSOUND OF FOREST3日間の終幕を告げるアクトが登場する。毛皮のマリーズだ。1月にリリースされたメジャー2作目となるアルバム『ティン・パン・アレイ』の季節を8月24日リリースの完全再現ライブDVDに封じ込め、何かにかき立てられるように彼らはあのザ・ビートルズが使っていたアビー・ロード・スタジオでレコーディングを行った。早くも9月には届けられてしまうというこのニューアルバムを控え、彼らはこのステージで何を見せてくれるのだろうか。お馴染みのオープニングSEに触れながらも、やはり期待に胸が高鳴る。緑の芝生がそのまま持ち上がるような歓声が沸き、ステージ上には富士山富士夫(Dr)、越川和磨(G)、栗本ヒロコ(B)、そしてモノトーンの涼しげな装いに身を包んだ志磨遼平(Vo)が順に姿を見せた。「よーし、やろっかー!」と志磨が告げて、終わりゆく祭典に全身全霊をもって抗う願いのロックンロールが鳴り始める。儚い夢想かもしれない。無謀な抵抗かもしれない。しかし可能性の数字を超えた大いなる欲求が世界を1ミリでも変えてしまうことがあるのだと、この4人は知っている。半世紀以上の昔から、それはときどき、ロックンロールと呼ばれている。ヒロティは志磨とともに高らかな声を上げ、越川のブルージーなギターが火を噴き、フィールド一杯のオーディエンスが頭上高く手を打ち鳴らす。可能性の問題ではない。やるべきことを彼らはやり、見ろ、その瞬間すでに彼らは勝利している。
「コンバンハー、毛皮のマリーズです。この、日本で最大級の、ロックンロールのお祭りの最後に、僕たちを呼んでくれてありがとう……バカだなあ。バカバカバカ。バカかわいいー。じゃあ、バカ代表、毛皮のマリーズが歌います!」と志磨。自覚のあるバカは、手強い。自らにそう言い聞かせるように、噛み締めるように彼は歌い上げてゆく。切なくて、そして無敵なやせっぽちの繰言。それが1人、2人、何千何万人と伝播して夢のような光景が現実に生み出される。誰よりも自分自身がその価値を知っている、そんな輝きを胸に秘めた歌が届けられるのだった。ヒロティがリード・ボーカルを受け持つポップなビート・ナンバーにオーディエンスが沸く一幕では、背後から彼女の頬にキスを浴びせかけて困らせていた志磨が「雨が降っても、雷が鳴っても、バカかわいいお前たちを、地震が起きても、目に見えない何かが降ってきても、僕が死ぬまで、君を放さないぜー!」と全力で恋に落ち、その刹那に浸りきることも辞さない。「サイコー! 歴史的にロマンチックな瞬間! 1カメ、2カメ、3カメさん! ロマンチックでビューティフルな瞬間!」と腕を振りかざしながら歌い続ける。そして最後に用意された1曲を歌いきってしまうことが嫌だったのか、志磨は富士山のキック音とオーディエンスのハンドクラップだけを残して、ひとり「大カラオケ大会」へと突入してしまう。チャック・ベリー、ジョン・レノン、ボブ・マーリー、セックス・ピストルズ……。ロック史上の名曲を次々に、好き勝手に放ちまくる。「最高!最高だー! ギター、越川和磨!」と散々待ちわびていた越川の熱いギターが掻き鳴らされ、フィナーレへと向かうのだった。「俺たちは何も失っちゃいないぜ。俺たちは何も間違っちゃいないぜ。そして俺たちは楽チンに、来年もここで会いましょう! あ、ここじゃないです。もっと大きいとこです」と最後まで不敵な、なのにどうしても憎めないまま去っていった志磨。フィールドからは当然のようにアンコールを催促する手拍子と声が上がり、夜の木々の間にこだまするのだった。(小池宏和)
毛皮のマリーズ のROCK IN JAPAN FES.クイックレポートアーカイブ