由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート! - All photo by 南部恭平All photo by 南部恭平
あなたにもいろんな夜があるだろう。遅い時間に帰宅してタイムセールで買ったお惣菜をひとりで食べる夜。「なぜあんなことを言ってしまったのだろう」と、その日口にした言葉が脳内でループして眠れない夜。逆にあの人に言いたい言葉が出口を失って体内をぐるぐると巡る夜。すべてに疲れて「こういうときに人はふと生きることを諦めたりするのかな」などと考えてしまう夜。ときには誰かと笑い合って、気づいたら眠りについているような夜もあるだろう。4月17日、東京・恵比寿LIQUIDROOMにて開催された「YU-KA Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演は、由薫が音楽の中で描いてきた多様な「夜」を表現したステージだった。

由薫にとって「夜」とは、もちろん日が沈んだ時間帯のことも指すが、それだけではない。彼女が「夜」を通して表現するものとは、本格的に音楽活動を始める前、自分自身を整理するために心の内を吐露するように音楽を作っていた姿勢のことであり、「ちゃんとした人で在らなきゃいけない」などの社会の縛りや理性から解放されて自分の心を剥き出しにできる瞬間のことでもある。

最新EP『Wild Nights』のテーマは「原点回帰」。由薫は2022年6月のデビューから、ドラマ主題歌からのヒット、全世界配信されるアニメ主題歌の書き下ろし、「SXSW2024」への出演、スウェーデンでのソングライティングなど、実にさまざまな出来事を目まぐるしく経験してきた。アルバム『Brighter』完成前には、書きたい歌詞やメロディが枯渇してしまって怖くなった時期があったとも明かしてくれていた。そんな彼女が「なぜ自分は音楽をやりたいのか」を見つめ直したのが、『Wild Nights』の制作からツアーファイナルまでのタームだったと言えるだろう。

由薫に初めてインタビューしたとき、「10代の多感な時期は、自分を修正する作業をずっとしていた」という発言が出たことを、この日思い出していた。「修正」という言葉には自分への否定も含まれてしまうから、強烈に驚いた記憶がある。それほどまでに彼女はずっと、根から真面目な人なのだ。自分がどうなりたいのか、どう在るべきかと真面目に向き合って、ときに自分で自分を苦しめながらも、絶対に自分を見失わないように、自分の価値観で自分の人生を進めることを大切にしている人だ。それは10代の多感な時期を乗り越えて、アーティストとして進化し続けている現在もそう。

そもそも『Wild Nights』とは、エミリー・ディキンソンの詩『嵐の夜よ!(Wild nights! Wild nights!)』から引用したもの。大学生の頃にディキンソンの作品と出会ったことが音楽の道に進むことを決めたきっかけであったと、ライブの終盤に由薫は語った。「大学生のときに、人にどう思われるかなとか、音楽が届かなかったらどうしようとか、いろいろ思っているときがあって」と語り始め、生前わずか10篇のみの詩を発表し、亡くなったあとに千篇以上もの詩が引き出しから発見されたディキンソンの生き様に、当時の由薫は勇気づけられたという。「自分がやりたいから詩を書いて引き出しに溜め続けた」というディキンソンの姿勢を知って、「自分の心の声を世に残していきたい」という気持ちだけで音楽をやっていいのだと思った、あの瞬間に立ち返ろうとしたのが『Wild Nights』の作品とライブだった。

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!
ライブは『嵐の夜よ!』の詩の朗読を嵐の音に乗せたSEから幕開けた。1曲目は“Dive Alive”。《I’m gonna live not survive》──社会で「生き残る」「勝ち抜く」ための選択をするのではなく、自分の人生を生きよう。そういった由薫の意志表明がオープニングで告げられるようだった。そこから、《いつか来るその時も/笑っていられる確証なんて絶対なんて信じてないなら/今、今生きなくちゃ》というフレーズが強調されたかのように聴こえてきた“Sunshade”を挟んで、孤独を感じる夜から一歩ずつ未来へ進んでいこうとする様を描いた“Silent Parade”までは、真っ黒なステージに最小限の白色の照明が光るような演出で、極めてパーソナルな空間が作られていた。

最初の挨拶では、「平日の中、ようこそお越しくださいました。来ていただいたからには私と一緒に素敵な、そして激しい嵐の夜を、味わってもらえたらいいなと思っています」と話したが、この日はその後も、ライブで人と人が繋がること、音楽が人を結びつけてひとつの場に集まることの尊さを、由薫は何度も口にしていた。その喜びこそ、「なぜ自分は音楽をやりたいのか」の原点のひとつであることを今一度噛み締めるように。

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!
そこからは由薫が初めて世に出した楽曲であり、まさに夜中に溢れ出る心の内を曲にパッケージングするかのように作った“Fish”と、その“Fish”を聴き返したうえで続編のように書いた“Mermaid”を続けた。由薫は音の海を気持ちよく乗りこなしながら身体を揺らし、まるで水の中で歌っているかのような浮遊感を生み出していた。この日のバンドメンバーは、小川翔(G)、熊代崇人(B)、岡田基(Key)、伊吹文裕(Dr)。4人によって音源とは表情が変化した特別な演奏が続いたが、特に“ミッドナイトダンス”は、曲が進むにつれてリズム隊の熱量がどんどん高まり、最後に激しいギターソロも加わって、音が鳴り止むと大歓声が湧くほど会場の温度が一段階上がったシーンだった。

「ひとりでお惣菜とか買って、体育座りしながら食べるときありますよね? もしくは、かつてはホールケーキをみんなでシェアして食べていたのに、ワンカットのケーキを泣きながら食べるような夜。いろんな夜がみんなにあると思います」という言葉からは、オーディエンスにとってのこの春から踏み出した新たな日々、もしくは長い夜が明けて新しい何かが始まりそうな日々を、由薫が祝福するように“勿忘草”をアコースティックギターとピアノを主体としたアレンジで届けた。そこからテンポを落としてピアノと歌だけで始めた“星月夜”も、圧巻。やはりこの曲の歌、メロディ、アレンジが持つ音楽的なエネルギーは巨大である。

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!
星が降る夜を描いたあと、ライブ後半はパジャマパーティの時間だ。この日の由薫のチェック柄の衣装は、パジャマをイメージしたものであることも明かされた。「ひとりでメソメソしている夜もあれば、友達とパジャマパーティをするような夜もあるでしょう。ここから盛り上がってくれますか?」という合図で始まったのは“Clouds”。さらに「まだ全然足りませんよ!」とギアを上げて、“Rouge”を畳み掛ける。ひとつのミスも《Oops!》と軽く乗り越えられちゃうような、《I’m my only ruler》と周りの言葉を跳ね除けられるような、そんな強い気持ちが湧き上がってくる夜を、バンドのソロ回しも加えたアグレッシブなアレンジで描いた。自分の尊厳は誰にも奪わせない、という自分を強く信じる気持ちが漲るようなパフォーマンスは“1-2-3”にも続く。このパートを終えたあと、「楽しかった人!」という掛け声には、オーディエンスもバンドメンバーも勢いよく手を挙げて、大人たちの子どものような弾ける笑顔に由薫は感動する様子を見せていた。

由薫がこのライブの最後に選んだのは、“ツライクライ”と“Feel Like This”。ディキンソンの「A word is dead(ことばは死んだ)」の詩を朗読したあと、「私にとって音楽って、リリースした瞬間に初めて生き始めるんですよね。こうやってライブをしているときに、本当に私の音楽が生きているって感じるんですよ。だから今日は私にとってもっとも生きているって感じる夜を、みんなとシェアできていることを本当に嬉しく思います」と語った。その言葉のあとに歌った“ツライクライ”は、歌の中の《君》がまるで由薫にとっての「音楽」を指しているように聴こえてきて、音楽と向き合う中でツラくなる瞬間があったとしても、音楽への愛は終わらないことを歌い上げているようだった。“Feel Like This”もそう。ライブや音楽の中でしか味わえない「この気持ち」を求めて、この先も音楽と向き合い続けるのだと、由薫自身が音楽を愛する理由の原点を取り戻していたように見えた。

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!
アンコールでは、全国11ヶ所をまわる初の弾き語りツアー「UTAU」の開催を発表。さらにもう一歩、ここから原点を追求するようだ。『Wild Nights』のタームで「歌うことが好きだ」と再認識した由薫は、次のツアータイトルをストレートに「UTAU」と名づけた。

最後には“brighter”が弾き語りで届けられた。歌とアコギしか鳴っていないのにいろんな音が浮かんでくるようなマジカルさがあり、由薫の歌がもっとも丸裸なまま美しく大きく響いた瞬間だった。由薫から「歌とは声帯の振動で、音とはただの振動。それだけのことなのに、なんで音楽に夢中になっちゃうのだろうと考える」という話もあったが、私たちは音楽を通して、「ただの振動」の奥にある人の心に触れている。由薫は、理性などから解き放たれた夜に湧いてくるような剥き出しの心を、いかに振動に乗せるのかを追求し続けているアーティストだ。

由薫にとって『Wild Nights』は、音楽に対する「好き」や「ただ自分の心を残したいから歌うのだ」という気持ちさえあれば、嵐のような日々も愛せるようになるはずだということを表現する作品でありツアーだった。彼女の最新のモードを、またインタビューで聞かせてほしいと思う。(矢島由佳子)

由薫が今を生きて、歌う理由──「夜」をテーマに描き切った、「Tour 2025 “Wild Nights”」最終公演レポート!


●セットリスト
「YU-KA Tour 2025 “Wild Nights”」
2025.4.17 恵比寿LIQUIDROOM

01. Dive Alive
02. Sunshade
03. Silent Parade
04. Fish
05. Mermaid
06. ミッドナイトダンス
07. 勿忘草
08. 星月夜
09. Clouds
10. Rouge
11. 1-2-3
12. ツライクライ
13. Feel Like This

Encore
14. Crystals
15. もう一度
16. brighter

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