過去にも「
Mrs. GREEN APPLE、一生聴き続けられる名曲10はこれだ!」という記事を掲載したが、その後
Mrs. GREEN APPLEはフェーズ2へと移行し、この「10曲」だけでは収まりきらないほどの「名曲」を生み出し続けている。というわけで、今回はその【10リスト】の第2弾、フェーズ2のリリース曲からピックアップした名曲10選を紹介しようという試みだ。しかしながら、ミセスのフェーズ2はあらためて振り返るまでもなく、どの曲もキラーチューンとなり得る濃密さ、完成度の高さを誇るものばかり。
大森元貴(Vo・G)のソングライティングはますます振り幅が大きくなり、その多彩な楽曲にリリースのたびに驚かされる。それゆえ、選曲には非常に頭を悩ませたが、まずはこの10曲から、近年の足跡を辿ってみてほしい。(杉浦美恵)
①ダンスホール
フェーズ2として活動を再開させたミセスが、“ニュー・マイ・ノーマル”に続く2曲目として、ミニアルバム『Unity』より先行配信した楽曲。2022年度の『めざまし8』のテーマ曲として書き下ろした楽曲であり、ホーンをフィーチャーしたダンスクラシックス的なR&Bサウンドに心が躍る。このグルーヴ、このサウンド、そしてメンバー3人が軽やかにダンスを披露するMVからも、ポップミュージックが人々の心を明るく照らすものであるということを、存分に感じさせてくれる。《いつだって大丈夫》という歌詞が耳に残るが、そのシンプルな言葉は決して空疎な絵空事に終わらない。とりわけ《メンタルも成長痛を起こすでしょう》というフレーズは、多くの人の痛みにさりげなく寄り添うものだった。この痛みも必要な通過点なのだと。だから《結局は大丈夫》。ポップミュージックの持つ普遍的な力を感じさせる楽曲だ。
②Soranji
2022年12月に公開された映画『ラーゲリより愛を込めて』の主題歌として書き下ろした曲。この映画の物語に向き合うということは「生」や「死」に向き合うということとイコールであり、ゆえにこれほどまでに深遠な歌が完成したのだと思う。祈りにも似た大森の歌声に、穏やかに、けれど力強く寄り添う藤澤涼架(Key)のピアノがとても崇高な響きで耳に滑り込んでくる。《汚れながら泳ぐ生の中で/まあ よくぞここまで大事にして/抱えて来れましたね》という歌を聴くたびに、何度も涙がこぼれそうになる。先のことを考える余裕がなくても、今日すべてを終わらせてしまいたくなっても、《この世が終わるその日に/明日の予定を立てよう》、そんなふうに今日を生きてみようと、大森は歌うのだ。自身の、そして大切な人の「生」を、まずは《明日》へと繋ぐこと。誰もが諳んじられるようなシンプルな言葉で《生きてて欲しい。》と告げる歌だからこそ、まっすぐに心に沁みてくる。
③私は最強
もともとは、2022年8月公開の『ONE PIECE FILM RED』にて、ウタ(Ado)が歌う劇中歌として制作された楽曲。この映画では全7組のアーティストたちが、それぞれの個性を際立たせた劇中歌を提供していて、この楽曲は一聴するなりとてもミセスらしいサウンドに仕上がっていた。その楽曲のセルフカバーである。ウタの歌唱は自身を最大限に肯定する、とてもポジティブで力強い歌だったが、大森の歌が表現するそれは、自己肯定感というよりは、心の奥に潜む自信のなさや不安を滲ませ、それをかき消すように、自分自身を鼓舞するかのようにも響く。たとえば《怖くはない/不安はない》の裏にある自信のなさ、《私は最強》と自らに言い聞かせなければ一歩を踏み出すことのできない弱さも抱きしめて歩き出すような歌である。歌詞の裏に隠された感情を、ミセスが最強にミセスらしいメロディで歌う曲であり、若井滉斗(G)の高らかなギターサウンドも、とびきり解放的に響く。
④ケセラセラ
2023年4月から放送されたドラマ『日曜の夜ぐらいは…』の主題歌として書き下ろした楽曲。同年の第65回日本レコード大賞受賞作品となった。「なるようになる」という意味のタイトルと、ストリングスやホーンが彩る華やかなサウンドで、真正面からすべての人の人生をセレブレイトするかのように響く。MVでは、様々な人が日常の中で理不尽な思いを感じたり、ひとり泣きたくなるような日々を送っている姿が映し出される。それを大森扮する神様らしき存在がやさしい眼差しで見つめる。そして、そんな人々に、時にささやかだけれど嬉しい出来事が降ってくる。このMVも含め、泣いて、笑ってを繰り返すのが人生だとこの歌は告げる。そんな自分の人生を《愛せるのは私だけ》。それに気づけば《生まれ変わるなら?/「また私だね。」》と思えるのだろう。涙と笑顔を肯定するミセスならではの人生讃歌。
⑤Magic
アルバム『ANTENNA』からの先行リリースとして、2023年6月にリリースされた一曲。一聴して、無駄な力みも不安も臆病さも、すべて洗い流してくれるような爽快さを感じるポップソングだと感じられた。《Hey!》が《平気》や《平和》にかかる、言葉遊びのようなリリックも、ストレートにライブでの高揚感をイメージさせる。《いいよ もっともっと良いように》と言葉の語感を活かして紡いだ歌詞も、誰もがすぐ口ずさみたくなるようなポップネスに溢れていて、実際にライブで起こるシンガロングは格別だ。壮大な自然を背景にして制作されたMVも、この楽曲の爽快さを際立たせ、イントロから思わず引き込まれる。
⑥ライラック
2024年4月に放送がスタートしたTVアニメ『忘却バッテリー』のオープニングテーマとして書き下ろされた曲であり、同年の第66回日本レコード大賞では、前年の“ケセラセラ”に続き2連覇となる大賞を受賞。《あの頃の青を/覚えていようぜ/苦味が重なっても/光ってる》という歌詞に象徴されるように、この楽曲は、2018年にリリースした“青と夏”へのセルフアンサーソングといった趣を持つ。スキルフルなギターリフを軸に紡ぎ上げた緻密なアンサンブルが、バンドの成長、成熟を感じさせ、少し大人になったミセスが青の時代を振り返りながら、現在地を祝福するような美しい楽曲となった。MVには、いかようにもあり得た未来を想像させるように、そのどの世界線にいる自分も肯定するかのように、様々な職業人に扮したメンバーたちの姿がある。そして《僕は僕自身を/愛してる》《愛せてる。》と歌い、この楽曲はポジティブな余韻を残して終わる。フェーズ1とフェーズ2とを繋ぐ、ミセスのひとつの標石となる楽曲である。
⑦ビターバカンス
2024年12月に公開された映画『聖☆おにいさん THE MOVIE〜ホーリーメンVS悪魔軍団〜』の主題歌。もともと中学生の頃から原作のファンだったという大森は、「ブッダとイエスの癒され日常から我々も学ぶものがある」と、この楽曲の制作に取り掛かったという。アップテンポで進む楽曲が、目まぐるしい日常を表しながら、その中でなんとか自分の感情を失わないようにと、さりげないメッセージが随所にちりばめられる。リスナーへの一方的なメッセージではなく、大森の歌詞は常に自分自身にも向き合っているように感じられる。だからこそ深い説得力を持つし、最後の《息が詰まるような日々が続いたら/ちょっぴり休めばいい/休めばいい 休んじゃえばいい》という歌にも素直に頷けてしまう。スーツを着てビジネスマンに扮した3人が登場するMVも、楽曲のテーマを明確に、そしてコミカルに表現している。
⑧ダーリン
ミセスのデビュー10周年「MGA MAGICAL 10 YEARS」に刻む最初の曲として2025年1月にリリースされた楽曲で、前年末に放送されたNHK『18祭』のテーマ曲として書き下ろしたもの。まず、ミセスが提示した「本音」というテーマを受け、18歳世代の若者たちがメッセージやパフォーマンスを寄せた。そこからインスピレーションを受けた大森が楽曲を完成させていった。だからこそ、いつにも増してまっすぐに青春時代の葛藤や痛みに寄り添う楽曲となり、1000人の若者たちがこの歌をバンドとともに歌う姿は感動的だった。他者との間に生まれる寂しさや苦しさ、そして楽しさや嬉しさも、「決して一人じゃないということの裏返し」と、この曲にコメントを寄せていたミセスだが、この楽曲での《darling》(=愛しい人)とは、自分の「本音」に向き合うもうひとりの自分への呼びかけのようにも思えるのだ。孤独に苛まれる夜に、自分で自分をギュッと抱きしめるように。自分自身を愛せるようになれば、その愛は自ずと他者にも向くのだと、大森の歌声が語りかけてくるようだ。
⑨クスシキ
フェーズ2のミセスはリリースする楽曲ごとにまるで違ったアプローチでリスナーを楽しませてくれているが、この“クスシキ”には心の底から驚いた。期待を上回るスケール感と、極限まで突き詰めた緻密なサウンドプロダクト。TVアニメ『薬屋のひとりごと』第2期のオープニングテーマゆえ、その作品世界に添ったものであるのは間違いないのだが、琴や二胡をも取り入れた、このオリエンタルな摩訶不思議さは、まさに“クスシキ”=奇しきポップミュージック。あらためて大森のソングライティングの奥深さを感じた。現代のポップスとしての濃密な情報量を誇りながら、どこか悠久まで感じさせるセンスに思わず唸る。そして大森のこだわりが細部にまで行き届いた壮大なMVにも驚かされる。再生回数は、公開からわずか5時間で100万回を突破し、今もなおその勢いは衰えていない。
⑩天国
2025年4月に公開された、大森の初主演映画『#真相をお話しします』の主題歌。これまで何度も映画主題歌を手掛けてきたミセスだが、自身が主演した映画の楽曲となると、向き合い方はやはり違ってくる。これほど重く、暗く、救われない思いを表現したミセスは初めてではないだろうか。たとえば“Soranji”での生の肯定感のようなものはここにはない。荘厳で美しいサウンドに乗る大森のファルセットも、美しさの中に狂気に似た激情がほとばしる。天国とは、人が勝手に思い描いている幻想でしかないのではないか──そう思わせるに十分な重厚なバラードだ。後半、えげつないほどに繰り返す転調が、天国へと近づいたと思わせる、(誤った)高揚感のようで恐ろしくなるほど。そしてラストは唐突に音が断ち切られて終わる。そこに思い描いていた救済としての天国も、楽園としての浄土もない。これは従来のミセスの、リスナーに寄り添った楽曲とは一線を画すものだ。純粋なる表現者としての大森元貴が描いた、誰もが無邪気に信じる「天国」という存在へのアンチテーゼなのか。MVのエンディングにも思わず言葉を失う。
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