ダブステップ時代のSSW像
本作のプレス・リリースには、「未来が聴こえるか」というキャッチ・コピーがある。だがぼくにとっては、ここに展開される音楽は決して革新的未来的音響などではなく、むしろ過去のさまざまな記憶を呼び起こす媒介として機能している。
ボイス・サンプルに細かいエディットとエフェクトを施す手口は、たとえば、NYの前衛パフォーマーであるローリー・アンダーソンを思い起こさせる。それを複雑なリズム・パターンとエモーショナルなコード進行でアレンジして、深く先行するダブワイズで処理した、エキセントリックであってもキャッチーで、深い憂いに満ちた表情で聴かせる音響構築の妙味は、マッシヴ・アタックやポーティスヘッドにも通じる魅力だろう。そして何より、シングルではあまり聴かせることのなかった、ブレイク自身のボーカルを全面的に打ち出した本作は、それこそ1930年代の黒人霊歌から受け継がれたブルースやソウル・ミュージックへの深い愛情を感じさせる。エレクトロニックなサウンドとソウルフルなボーカルのミクスチャーは、ソフト・セルやヤズーから受け継がれるUKポップの伝統ではないか。はるか時の彼方、奴隷たちが思いをはせた故郷・アフリカの空気さえも、そこからは聴こえてくるのだ。
本作は、そうした過去の膨大な音楽遺産を、その古ぼけたスピリットを、最新のテクノロジーとダブステップという最新の意匠でもって蘇らせた。そしてたぶん、音楽の「未来」も「革新」も、そんなところからしか訪れない。(小野島大)