矢野顕子@渋谷CLUB QUATTRO

all pics by 天田 輔
矢野顕子は自由だ。ソロ名義でデビューしてから38年だが、唯一無二の表現力と演奏能力という才能を土台に彼女が鳴らすその音楽は、実に自由奔放。38年のキャリアを経た今もなお、このスタイルを貫けるのはすごいと思う。『akiko』以来オリジナルアルバムとしては5年半ぶり、そしてレーベル移籍後1枚目のアルバムとなる最新作『飛ばしていくよ』を引っさげた東名阪クアトロでのワンマンライヴツアー、その名はズバリ『矢野顕子「飛ばしていくよツアー2014」』。2デイズにわたって行われた渋谷公演のうち、最終日の模様をレポートしようと思う。開演予定時間はちょっぴり遅めの19時半。開場BGMにYMOが流れるなか、贅沢な音の楽しみ方を知っているオーディエンスがクアトロに集まり、彼女の登場を今か今かと待っていた。
サポートメンバーの神谷洵平、千葉広樹、そして満面の笑みの矢野顕子の順に登場。1曲目は“かたおもい”だ。このツアーでは基本的にはキーボードを弾きながら唄う矢野顕子、ベースの千葉、ドラムの神谷の3人編成で曲が演奏される。そのためシーケンスによる音が取り入れられているのだが、今回のライヴでのドラム・ベースのグルーヴとシーケンスの浮遊感が同時に存在するアンビバレントだけどポップなサウンドは、アルバム『飛ばしていくよ』の世界観をよく体現していた。矢野顕子がキーボードであのイントロを弾くと歓声が起きた2曲目はそのアルバムにも別アレンジで収録されている34年前の名曲“在広東少年”。サポートメンバーと顔を見合わせて笑ったり、体全体でリズムをとりながら演奏する矢野顕子は楽しくてしょうがないというようす。貫禄を感じさせる凄まじい演奏でこちらを圧倒したあとのMCでは「こんばんは、矢野顕子です。Twitterで『渋谷晴れてます』って呟いたけど、あのときはウソじゃなかったんです、『じゃあもう傘いらないや』って思って来た方ごめんなさい」とはにかむ(この日の渋谷、ちょうど開場がスタートしたぐらいの時間にゲリラ豪雨のような強い雨が降っていました)。「レイ・ハラカミさんがなかなか仕事してくれないから最近は滞ってますが(笑)、既存の曲のなかで大好きな曲をこの強力なリズムセッションとともにお送りします」とyanokami(註:矢野顕子とレイ・ハラカミによるスペシャルユニット)の“おおきいあい”を披露。ベースのブリブリなイントロから始まる“愛の耐久テスト”へと続くのだが、それにしても、歌ではファルセットからドスを効かせた低音まで軽々と音の跳躍を繰り返し、アウトロではキーボード×ベース×ドラムのセッションを繰り広げたのちにグリッサンドで曲を締めるそのさま、かっこよすぎる。
アルバム『飛ばしていくよ』は砂原良徳、AZUMA HITOMI、BOOM BOOM SATELLITESらスタイルの異なる様々なトラックメーカーが参加しているのだが、ここでその中からsasakure.UKがゲストとして登場。「こんばんは、sasakure.UKです、まずは僕が作った曲を聴いてください」と一言挨拶すると、矢野ら3人はステージから捌け、“カムパネルラ”をサンプラーを操りながら1人で演奏。そもそも矢野顕子のワンマンライヴでsasakure.UKが独奏しているというこの状況がすごいのだが、最初は黙って聴き入っていたオーディエンスが徐々にリズムをとり始めている様子が揺れる頭からうかがえる。ステージに戻ってきた矢野顕子の「お名前はどのようにして?」という問いに対して、sasakure=出身地の福島では空っ風がよく吹くからササクレが頻繁にできた、U=アンダーグラウンド、K=本名から、という由来を少し緊張気味に答えると、
矢野顕子「今日気になった方はAmazonでワンクリックしてくださいね。タワレコで買ってくださいね」
sasakure.UK「YouTubeも見てくださいね」
矢野顕子「YouTubeは私たちに(お金が)入らないからダメよ!」
とさすがの矢野節にさらにタジタジになるsasakure.UK。そんな2人で計3曲をセッション。ピコピコという電子音が近未来感を演出したり、スネアの音が行進曲のような昂揚感を醸し出したり、sasakure.UKのサンプラーは曲に彩りを与えてくれるが、どんどん変わっていくその色を乗りこなす矢野顕子の表現力も圧巻だ。矢野顕子の曲のなかでsasakure.UKが一番好きだという“電話線”は、矢野顕子曰く「何百回もやっているのに1回も同じ演奏をしたことがない曲」。sasakure.UKが「この曲が作られたときは黒電話だったかもしれないけど、今回のは2014年のiPhoneやスマートフォンみたいなもっと未来っぽい電話をイメージして作りました。昔の“電話線”と現代の文化を合わせた様子をお楽しみください」と言っていた通り、2人の力によってアップデートされた“電話線”は甘酸っぱくもハイブリットという、この2人でしかなしえない余韻を残してくれた。
sasakure.UKが去ると、「このタオルを振るための曲を作ります。……夏までに(笑)」と言って物販のタオルをアピール。サポートメンバーの2人が再びステージにインすると、“リラックマのわたし”や“Never Give Up on You”などを演奏。“ISETAN-TAN-TAN”ではイントロからクラップを巻き起こし、《ISETAN-TAN-TAN》という軽快なリズムでさらに会場の温度を上げ、アウトロにはダメ押しのアドリブセッション。「私の力が及ばず雷雲を止めることはできませんでしたが、来てくれてありがとうございました! この曲で飛ばしていくよ!」とそのまま突入した“飛ばしていくよ”がラストを飾ったのだが、リズム隊の力強くも背中を押してくれるようなビートも、シャウト混じりの躍動的な歌声も、もはや「飛ばしていくよ」なんてもんじゃなくて、クアトロごと上空に吹っ飛ばしてしまいそうなくらいの圧倒的な熱量をもって鳴りわたった。
アンコールではアルバムにも収録されているオフコースのカバー“YES-YES-YES”を演奏。鳴りやまない拍手に応えて矢野1人が再登場したダブルアンコールでは「やる曲は何もございません!」と笑い、会場に「いもむしごーろごろ♪」と唄わせてそれに即興の歌とピアノを乗せるというサービスっぷり。「矢野顕子は今あなたの伴奏をしております!」と笑うその表情は音楽家としての充足感に満ちていた。(蜂須賀ちなみ)

■セットリスト
01.かたおもい
02.在広東少年
03.おおきいあい
04.愛の耐久テスト
05.カムパネルラ(sasakure.UK solo)
06.Captured Moment(with sasakure.UK)
07.ごはんとおかず (with sasakure.UK)
08.電話線 (with sasakure.UK)
09.リラックマのわたし
10.Happiest Drummer
11.Never Give Up on You
12.ISETAN-TAN-TAN
13.飛ばしていくよ

(encore)
14.YES-YES-YES