カール・バラー @ 渋谷クラブクアトロ

pic by Mitch Ikeda
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開演5分前に渋谷クラブクアトロに入ると、エントランスには「Thank you! Sold Out!」の文字が。会場はギチギチの超満員、リバティーンズ・コスプレ(例の近衛兵ジャケットです)に身を包んだ気合十分の男子の姿もあちこちに散見される。タワーレコード新宿店のフロアをパンクさせた前回のインストア・ギグも凄かったけれど、カール・バラー久々の正式来日となった今回はさらに輪をかけてすごかった。彼がどれほど日本のファンに待ち望まれていたか、リバティーンズがどれほど日本のファンにとって未だリアルであるかをまざまざと証明する光景が広がり、少し胸が熱くなってしまった。

それにカールは、リバティーンズは、日本の私達にとっては今此処のリアルであると同時に最新の伝説でもある。それはカールとピートからなる完全体のリバティーンズを日本ではほぼ永遠に見ることが適わないという宿命の産物でもあるし、しかしそうであっても彼らは存在し続けるんだという確信のせいでもある。いずれにしてもこの日、私達は彼らのリアルの所在と伝説の「半分」を目の当たりにすることができたのだ。

開演時刻ほぼオンタイムでカールがステージに登場する。1曲目はソロ新作『カール・バラー』からの“Je Regrette, Je Regrette”だ。カールはギターを持たずスタンドマイクで歌い、バンドはなんと6人編成である。キーボードがいる。チェロ奏者がいる。しかもベーシストはなんとウッドベースまで操る。これがカール・バラー・バンドの最新形である。続く“Run With The Boys”も新作からのナンバー。軽快な8ビートに乗ってキーボードがカラフルなメロディをまき散らし、チェロがヴォーカルをなぞるように並走し、女声コーラスも華麗に決まる。ここまで書いた時点で、カールのソロがリバティーンズとかけ離れたものであることが理解いただけるんじゃないだろうか。

いや、むしろリバティーンズのどしゃめしゃパンキッシュなパフォーマンス(と乱暴なレコーディング音源)の中にかき消されていたカール本来のポップ・センスが、ようやくベールを脱いで立ちあがってきた、と言ったほうが正しいかもしれない。そもそもカールにしてもピートにしても根っこは古のキャバレー・ミュージックからギタポ、映画音楽まで雑食してきた人達で、本来ロマンティックなポップ・ミュージックが大好きなサウンドメイカーなのである。それはカールの新作や、ピートのベイビー・シャンブルズにおけるバラッド・ナンバーなんかを聴けば明らかだ。そこがリバティーンズとリバティーンズ以降の凡百のガレージ・ロックンロール・バンド達を分ける決定的な差でもあったわけで、そんな2人がぶつかり化学反応を起こした結果がリバティーンズというカオスだったのだと、改めて思う。

3曲目で早くもリバティーンズ・ナンバーが鳴らされる。しかも“Man Who Would Be The King”という変化球! まさかこの曲をやるとは! カールが今夜のステージで最初に選んだリバティーンズ・ナンバーが“Man Who Would Be The King”であった時点で、ひとつの確信が浮かび上がってきた。そう、彼はリバティーンズの楽曲を単なるファン・サービスとしてセットリストに織り交ぜてきたわけではない。ソロとして独り立った今、彼はリバティーンズを自分の現在形の必然因子として正しく、建設的に再定義しようとしている。そんな決意を感じたのだ。

“Man Who Would Be The King”からシームレスで繋がれた“Carve My Name”、その2曲の相性の良さにも驚かされた。シームレスで繋ぐことができるとはつまり、彼のソロ・キャリアとリバティーンズが等しい音楽性の元で脈々と繋ぐことができる証明に他ならない。この頃にはカールのステージにチェリストとウッドベーシストがいる違和感は全く感じなくなっていた。中盤では“Deadwood”、“So Long, My Lover”といった彼の最新の鉄板ナンバーが披露される。そして2曲目のリバティーンズ・ナンバーは“Up The Bracket”だ。こんなちゃんとした“Up The Bracket”、初めて聴いたかもしれない。それはもちろん、遠目にはアルバート・ハモンドJrにしか見えないギタリストが「ちゃんと」弾いているからだ。続く“Irony Of Love”はカールの最新モードの究極形とでも言うべき超絶エレガントな佳曲。最早それはプリファブ・スプラウトみたいなことになっている。

そして後半戦は一転、マックスに振り切れたロックンロール・ナンバーを立て続けにブチかましにかかる展開になる。しかしそれもひりひりと摩擦係数を上げたあげく木端微塵にぶっ壊れるようなかつてのリバティーンズのそれとは違って、どこかユーモラスで温かい空気に満ちたものだ。制御不能なピートみたいな人が隣にいないと、カールは本来とてもフレンドリーで優しい男だ。ロックンロール・スターの不良なカリスマと同時に、隣のあんちゃん的な親密さをも兼ね備えているのがカールという人なのだ。「ドモアリガトゴジャイマスー!」とご丁寧なMCを何度も挟みつつ、アルコールを一口飲んでは残りを「他の子たちにも回してあげて」と言いながら最前列のファンにあげまくり、タバコをぷかぷか吹かしながらファンの掛け声にいちいちジョーク混じりで応えていく。

「カール! アイ・ラブ・ユー!」と大声で叫んだ男子に向かって「おーありがとう。じゃあ次の曲はお前のために歌うよ。お前に捧げるからちゃんと聴いてろよ」と、客席の彼を指さしながら始まったのが“Death On The Stairs”! 捧げられた男子、嬉しすぎるだろう! そして本編ラストはダーティ・プリティ・シングスの“Bang Bang You’re Dead”。ここまででわずか48分。しかしわずか48分とは思えないほど様々なタイプの曲を、じっくり聴けたような印象を受ける内容だった。

しかしこの日はアンコールも凄かった。なにしろ7曲もやった。しかもそのうち4曲がリバティーンズ・ナンバーだった。アコースティックで爪弾かれる“France”の白眉。“Time For Heroes”で巻き起こった地鳴りのような歓声。そして今日これほどチェリストがいたことに感謝した瞬間はない“Music When The Lights Go Out”! 感涙! 個人的クライマックスはここだった。そしてラスト・ナンバーは遂にやった“Don’t Look Back Into The Sun”! 頭っから大合唱! 当然でしょう!

今回のカール・バラーの単独来日は、彼と日本のファンの久々の再会を祝う温かい空間であったと同時に、カールの、そしてリバティーンズの歴史上においても凄まじく意義深い公演だったんじゃないかと思う。リバティーンズ空中分解後、ピート抜きのリバティーンズのステージにも、ダーティ・プリティ・シングスのステージにも感じることができなかった「第二章」が、カールとリバティーンズの本当の第二章が、私達の目前で幕開けようとしている。そんなことを感じる希望のステージだったのだ。(粉川しの)