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 床にぺったりと座り込み、ピアノの伴奏と呼吸を確かめ合うようにして、静かに歌い始める。タイトルである《アコルディオン》という言葉を発しながらひざ立ちになり、やがて立ち上がって、フルレングスのワンピースの裾の和風の柄と裸足が、ようやくあらわになると、拍手が起こった。弊社のフェス初登場となる一青窈、いわゆるロック的な粗暴さとは無縁、《しゅるりしゅるり》と腕を流麗に動かすなど、優雅なオーラが会場を包みこんでいった……のだが! 2曲目の“翡翠”では、ワンフレーズ歌い終えないうちに、「歌詞忘れちゃった!」。どっと沸く客席。「こんなに沢山の人の前で歌うの初めてで……ごめんなさい!! もう一度フレッシュな気分で(笑)」と歌い直すもまたサビ前で絶句、というハプニングも交えつつ、一曲一曲、その迫力と軽やかさとの絶妙なコントラストで、一青窈は客席をぐいぐいと惹きつけていった。
 情念的な曲を艶然と歌い上げるのに、本人にはいたって飄々とした軽やかさがあるから、重厚ではあるが閉塞感をまったく抱かせないステージになっており、屋内フェスであるにもかかわらず風が吹いてくるような心地よさを感じた。ラスト2曲が圧巻。周知のデビュー曲“もらい泣き”では歌詞の一言一言がはっきりと聞こえてくることに改めて驚かされた。そして、“ハナミズキ”。「2年前、9月11日ニューヨーク……」と語り始め、世を儚み、だからこそ「せめてあなたとあなたの好きな人が、100年でいいから続けばいい」とうたった。「せめて100年」。この無謀だけど謙虚で、切なくて真摯な願いを込めて、彼女は初めて会うフェスの観客一人一人に向けて切々と語りかけるように、うたった。耳に心地よいだけのポップなんかではなく、彼女のうたには言いたいことがはっきりとあると再認識させられるステージだった。(大前多恵)

「両国から車できました」 「できあがってまーす」