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復活祭!17:40  岡村靖幸
8/3 20:30 UP (8/6 11:30 写真追加)
復活の瞬間を待ちわびたファンがフィールドを埋め尽くした17時40分。「NEXT ARTIST 岡村靖幸」の文字がスクリーンに映し出されるたびに会場内から怒号と歓声が飛び、手拍子が湧き上がる。それから5分が過ぎ、10分が経っても、その熱病は治癒不可能のままだった。そう、岡村靖幸神話がここに蘇るのだ。しかし、本当に蘇るのだろうか?誰もが感じるそんな疑問が17時50分、遂に、遂に、遂に愚問に変わった!
「お母さん、お母さん、お母さん、お母さーん!」という意味不明のヴォイス・コラージュがオホーツク海まで届くかと思われたそのときメンバー登場! ギター、ベース、ドラム、キーボード、そしてプログラマーの5人がグラス・ステージの大観衆と共に岡村ちゃんを待ちうける。ものすごい渇望感!  そして、遂に、遂に、遂にあの呪文のようなリフレインが鳴った。そう、オープニング・ナンバーは“come baby”!!! それはこっちの台詞だ、散々じらしたのはあなたじゃないか!とツッコミを入れる間もなく岡村靖幸、遂に、遂に、遂に登場! 兵庫曰く「96年に武道館に立ったときよりも鋭角的」という、その美しき肉体フォルム! しかも踊ってる! しかもマイクを握るその小指がそり立っている。カッコいい! 曲の途中でサングラスを外した、その眼光もセクシィ! 岡村神話、復活である。
キックの重低音が強調された2003年仕様のエレクトロ・ファンクに乗せて“come baby”“Punch↑”“ステップUP!↑”“マシュマロハネムーン”“セックス”をメドレーでつないでいく。べーシストがパーカッションを叩く間、ギターソロの間、キーボード・ソロの間、岡村ちゃんのステップは止まらない。黒のストライプのスーツに身を包み、先の尖った白いブーツを履きこなし踊る、踊る、踊る。それだけでぼくは感極まってしまった。ハネムーン・ベイビーを作ろうぜ、というわけのわからないMCを絶対いつか自分の恋人の耳元で囁こうと誓った。
 岡村ちゃんのかくも長き不在―――。いうまでもなく、強烈なナルシシズムが岡村靖幸の表現世界の核だった。しかし、過剰な自意識で自分を美しく保つには、この世界は純潔を失いすぎた。美しくある必然性が、醜くなっていく時代と共に失われてしまったのだと思う。イノセンスが踏みにじられる時代の中で、表現のモチベーションを失ったのだと思う。例えば、今回ぼくがレポートしたスガシカオは明らかに「イノセンスの喪失以降」という命題と対峙しているファンク・アーティストだ。岡村ちゃんの復活への渇望は、いうなれば、恋愛におけるイノセンスへの渇望感なのである。必死に踊り、歌う岡村靖幸の姿が感動を運ぶのは、だからではないか。「ベイベ、ベイベ、ベイベ」のコール&レスポンスもなぜか涙を誘う。誰もが優しい言葉を恥かしそうに口にするのなら大声で叫んでやる。愛してるぜ、ベイベッ!!!!!!
レポートに戻ろう。15分を越えるメドレーの後でメンバーはステージを立ち去った。ん? プログラマーだけがステージに残り、「暑いね、大丈夫ですか?」とMCを。その間、汗をふき、ミネラル・ウォーターを飲む岡村ちゃん。一体、何をどうするかと思いきや、ピアノに腰をかけ、メランコリックな旋律を奏でる。美しいバラードの予感。会場からまたもや歓声があがる。すべてのオーディエンスが全集中力を傾けて岡村ちゃんの言葉を待つ。そして、聞こえたこんなフレーズ。「♪カラス、なぜ泣くの? カラスは山に」………。岡村ちゃんの声と節回しがあるから独特のエモーションを宿しているわけだが、ほら、他に名曲があるんじゃないかな、岡村靖幸さん? そんな声をグッと飲みこんだわけだが、その後もメロウな旋律が響き、次の曲への期待感が募る。ピアノを美しく爪弾く、ブルージーなバラードだ。必死にぼくが聴きとった歌詞はこんな感じである。「勝ち組、負け組に世の中がわかれているけど……勝ち組の連中はいい携帯を持って、いいマンションに住んでいる……でも、いい携帯を持っても大切なポイントはどんな話をするかじゃないか。君と笑ってるためには僕は浮浪者になってもいい……いつでも君に横にいて欲しい」
新曲なのか即興なのかわからないが、2003年の最もイノセンスなブルースが鳴っていた。そして、次は……と思ったら足早にステージから立ち去っていく岡村ちゃん。あっけにとられる会場。トータル・タイム約30分くらいだろうか。グラス・ステージに落胆の声が飛び交った。それはやがて再会を祝う拍手に変わったが、もっと観たかった、もっと聴きたかったというのが本音だろう。いや、ぼくもそうだ。
しかし、岡村靖幸復活―――そんな歴史瞬間を本フェスの参加者が目撃したことは間違いない夏の事実、だ。(其田尚也)