ロックの歴史を陰も陽も俯瞰し咀嚼した上で、無限の音の可能性の中から黄金律だけを鳴らすような、軽やかにして透徹したバンド・アンサンブル。聴く者の心の奥底の憂いや翳りを鮮やかにかっさらって、ダイナミックな絶景の真っ只中へと導いていくような、ある種の神秘性すら感じさせるメロディ・メイキングとソングライティングの才気――。
昨年の時点でBBCが「2020年期待の新人」の5位にその名を挙げ、コロナ禍直前の昨年2月に実現した初来日公演ではアルバム・リリース前にもかかわらず渋谷ストリームホールをソールド・アウトさせるなど、その破格の大器ぶりを十分すぎるほどに感じさせていた新鋭=インヘイラー。コロナ禍によるレコーディング延期などを経ていよいよ届いた1stアルバムは、「期待の新人」の枠組みを遥かに超越した存在感を備えたマスターピースだった。
2019年のメジャー・デビュー曲“アイスクリーム・サンデー”をはじめ、すでにシングル7作(インディー時代も含めると9作)をリリース。母国アイルランドのみならず世界的に熱視線を集めている、ダブリン発の4人組、インヘイラー。
ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ、ザ・コーティナーズ、DMA'Sのサポート・アクトやブロッサムズUSツアーのサポートなどを通して早くら頭角を現してきた彼ら。フロントマン=イライジャ・ヒューソン(Vo/G)の父親がかのU2・ボノである、というトピックによる注目度はしかし、その楽曲の訴求力と音像そのものから滲むクリエイティビティによって瞬時に凌駕されるだろう。そういうアルバムだ。
BPM128のリズムとアンセミックな歌声がハイパーな加速感と覚醒感を喚起するタイトル曲“イット・ウォント・オールウェイズ・ビー・ライク・ディス”。幾度も繰り出される四分音符のキメの躍動感が聴く者を爽快に鼓舞する“マイ・オネスト・フェイス”。「どうすれば冬の憂鬱を晴らせるんだろう」という鈍色の心象風景を、飛び道具やギミックに頼ることなく、ビートとメロディの力で《やるべきことは一つだけ/元気だしなよ、ベイビー》のパンチラインへとごく自然にクロスフェードさせてみせる“チア・アップ・ベイビー”……。
ザ・ストーン・ローゼズ、ジョイ・ディヴィジョン、デペッシュ・モード、インターポール、ザ・キュアー……といった先人たちの濃密なエッセンスを感じさせつつ、それらをクリアかつブライトな2020年代のポピュラリティへと結晶させる、絶妙な時代感覚。ボーカル/ギター/ベース/ドラムといったバンド・サウンドのテクスチャーのひとつひとつを、あたかも車のオーバーホールの如く隅々まで検証し磨き上げた上で、独自の美学をもって再構築してみせたような清冽なスケール感。
これまで数限りなく聴いてきた4ピース・バンドのサウンドのどれとも異なる、しかしずっと昔からこのアルバムに出会うのを待っていたような錯覚すら感じさせる音の景色が、今作の楽曲群には確かに広がっている。(高橋智樹)
ディスク・レビューは現在発売中の『ロッキング・オン』8月号に掲載中です。
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