今週の一枚 キース・リチャーズ『トーク・イズ・チープ(リミテッド・エディション・デラックス・ボックス・セット)』


キース・リチャーズ
『トーク・イズ・チープ(リミテッド・エディション・デラックス・ボックス・セット)』
3月29日(金)発売


初出時、これほど〈待望〉という言葉がぴったりの一枚はなかった。ストーンズ・アルバムで、ほぼ1曲披露されるキース・ナンバーは特別な魅力で、これを嫌いというストーンズ・ファンに会ったこともない。誰もが彼のソロを待ち続け、応えて出されたのが78年のシングル“ラン・ルドルフ・ラン/ハーダー・ゼイ・カム”で、それはそれはスペシャルなシングルとなったわけだが、アルバムまで発展することはなく、よけい妄想を膨らませるだけで終わってしまった。

そんなキースの重い腰を上げさせたのが、ストーンズ史的に最大の危機的状況だった。80年代半ば、キースが主導した『ダーティ・ワーク』(86)は“ハーレム・シャッフル”のヒットはあったもののツアーはなし、ミックの気持ちはソロに傾き『シーズ・ザ・ボス』(85)『プリミティヴ・クール』(87)と作り、88 年にはソロで日本公演を行うなど、キースとの関係が悪化。逆にそれがソロへの大きな原動力となった。

その前にチャック・ベリーの『ヘイル!ヘイル!ロックンロール』を共に演ったスティーヴ・ジョーダン(Ds)を相棒に迎えたアルバムは、いかにもキースらしい無駄な装飾や演出のないもので、「今でもずっと聴いてるけど、ノスタルジックな感じは全然しないよ」とキースが言うのも納得で、流行りや音楽シーンとはいっさい関係ないスタンスで作られ、時間を超越したグルーヴが、まるで今生まれたてかのように活き活きと響いている。今回のリマスターもプロデューサーとしてさまざまな経験を積んできたスティーヴが手がけ、エッジを効かせたり、前後のメリハリを、くっきりとさせつつ、キースならではの〈ダンゴ・サウンド〉感は残してオリジナルの躍動感を引き出している。ちょっと溜まったホコリを一拭きし、磨き抜いた新しいホコリを塗したことで元のタイムレスの魅力が際立つようになった。


さらに重量盤LPや80頁のハードカバー本、7"シングルなどが入ったボックスや2CDバージョンでは6曲の未発表トラックが収められているが、ミック・テイラーやブーツィ・コリンズが加わったナンバー、エディ・テイラーの“ビッグ・タウン・プレイボーイ”や60年代の英バンドには大人気だった“マイ・ベイブ”のカバーが詰まっている。とくにチャック・ベリー・サウンドを語る上で欠かすことの出来ないピアニスト、ジョニー・ジョンソンが大フィーチャーされるあたりはとくに嬉しい。


当時、さすがキース、と狂喜したが、新たに30年分の発酵が加わり、届けられた。まずは“メイク・ノー・ミステイク”で毒味を。 (大鷹俊一)