セックス・ピストルズの元マネージャーのマルコム・マクラレンが他界した。亨命64歳だった。
インディペンデント紙によると、マルコムはしばらくガンとの闘病を続けていたそうで、4月8日のスイスでついに息を引き取った。遺体はロンドンへ送られ、ハイゲイト墓地にて葬られる。
マルコムは46年にロンドンに生まれてストーク・ニューイントン地区で育った。セント・マーティンス・カレッジ・オブ・アートやゴールドスミス・カレッジでアートを専攻した。
75年から77年にかけてセックス・ピストルズのマネジメントを手がける以前は、デザイナーで当時は伴侶だったヴィヴィアン・ウェストウッドとレット・イット・ロックというブティックをロンドンで経営していた。ヴィヴィアンとの間は67年に息子ジョセフももうけた。
やがてレット・イット・ロックは、トゥ・ファスト・トゥ・リブ・トゥ・ファスト・トゥ・ダイと名前を変え、やがて一番有名な店名であるセックスへとなる。セックス・ピストルズのフロントマンとしてジョン・ライドンのオーディションが店内で行われたというのはこのセックスでのことだった。店内のジュークボックスのアリス・クーパーに合わせてジョンがモノマネをしてみせた。
また、セックス・ピストルズを手がける直前までマルコムはニューヨーク・ドールズのマネージャーも手がけていた。
バンドのマネジメントに飽き足らず、マルコムはやがて自身の音楽プロジェクトも手がけるようになり、83年に『ダック・ロック』をリリース。“Buffalo Gals”“Double Dutch”“Madam Butterfly”などイギリスでは大ヒットした曲をリリースすることになった。
80年代、90年代、00年代とアルバムをリリースし、最新作が昨年の『Shallow-Musical Paintings』だった。
インディペンデント紙によるとジョン・ライドンは「ぼくにとってマルクはまずなによりも、ものすごく面白い人だったということを憶えておいてほしいな。なによりもまず、マルコムはエンタテイナーだったわけで、そんな人がいなくなってしまったことがぼくは寂しいし、みんなそう思うはずだよ」とコメントを出している。
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