メニュー


 気温が最高潮に向かってじりじりと上がりつづけるグラス・ステージに期待と興味の混ざった奇妙な熱気が陽炎のように揺らいでいる。
そう、3発目のアクトは日本の歌の歴史を変えてしまったあの男が、一体どんなパフォーマンスを…、と思ったところで森山直太朗、ふわっと木の葉を揺るがすそよ風のように何も持たずにステージへ登場……そして歌い出したのは、“さくら”!! いきなりの直球勝負に場内がワッと沸く。キーボードの伴奏だけで歌声が強く、どこまでもどこまでも伸びていく。まるで、いままで見たことのないひとつの楽器のように空気を震わせてしまう彼を見て思い浮かべるのは、例えばビョークとか、ごく少数の「運命に選ばれてしまった」アーティストだ。みんながじっとステージを見つめている。暑さなどどこかへ消えてしまったみたいだ。
曲が終わってみんなの声援を噛みしめるように長く長くお辞儀をすると、バンドが登場。“いつかさらばさ”“太陽”、想像以上にロックで力強いサウンドは緩やかに直太朗を支え、初フェス参戦の緊張をみじんも感じさせない。
ちょっと初々しいMCをはさんで“時の行方”、“生きとし生ける物へ”。「もはや僕は人間じゃない」、各所で取り沙汰されるこの必殺フレーズが、ひときわテンションを上げてひたちなかの空へ放たれると、その切迫感が胸に突き刺さってくる。僕には彼がそう歌うことの真意がまだ理解しきれていないのだが、彼自身が今、さらなる未知の領域へと舵を向けている最中なのだろう。そして、自分自身と表現へのそうした真摯な向き合い方は、こういう言い方をしてもいいのなら、やっぱりロックなものだろうとも思う。
“夏の終わり”、そして“愛し君へ”。ここにはいない「貴方」「君」への想いを歌い上げる最後の超名作バラード2曲は、まるで夢の中をたゆたうように場内に響いていた。マイクを片手に持ち、歌の途中にふっと虚空を見つめるその仕草は、大げさでなく周囲の時間を止めてしまった。彼の残すビブラートの振動だけが、空気を、そしてみんなの心を震わせている。
「ありがとうっ」と言い残して彼は去った。それはこのロック・イン・ジャパンの歴史に、そして森山直太朗というアーティストの歴史に新たな物語が書き加えられた瞬間であったと思う。素晴らしいステージを見せてもらいました。ありがとう。(松村耕太朗)

1. さくら
2. いつかさらばさ
3. 太陽
4. 時の行方
5. 生きとし生ける物へ
6. 夏の終わり
7. 愛し君へ