しかし、ヒップホップにリアルを取り戻す圧倒的な才能が遂に現れたと言っていい。本作の主人公、タイラー・ザ・クリエイターならびにOFWGKTAが画期的なのはそこだ。“ヨンカーズ”のゴキブリを食って、首を吊るクリップが象徴的だが、自殺願望と殺人願望と卑猥な妄想に満ちた本作は、暗く偏執的でグロテスクなリリックで溢れ返っている。けれど、それは、いわゆるギャングスタのような額縁に入れられた物語などではなく、LAを舞台に一人の少年の日常としてのヤバすぎるリアリティを放っている。トラックも大半はタイラーによるものだが、この突き放したような暗さは確信犯だろう。この時代にこれだけシンプルなラップ・アルバムが一行一行、戦慄を引き起こしていく事実。本作を聴き終えた後、消えることのない切なさがなによりもこの新しい才能の器を証明している。(古川琢也)
第一の刺客、必殺圧勝OFWGKTA、およびこのタイラー・ザ・クリエイターのサクセス・ストーリーと奇行暴行珍行の数々については挙げ始めるとキリがないので、とりあえずはつつがない日本入国とサマソニ参戦だけを祈願しておくことにする。OFWGKTAが依然として謎多き集団である一方で、タイラーのこの正式デビュー・アルバムは瞬く間にビルボードを席巻、しかもメインストリームに阿ることなくミニマル&モノトーンなトラックを淡々と並べた恐ろしくソリッドな作品でそれを成し遂げてしまった、というのが凄い。シンセのループと打ち込み、そしてタイラーのラップのそれぞれが1本の線だとしたら、基本的にその3本の線が絡まり合うだけで構成されているのが本作である。それで十分だと言わんばかりの、そして実際に十分過ぎる作品である。リリックも噂通りとんでもないので対訳付き日本盤をお勧めする。エミネムのような生まれながらのモンスターと比べると愉快犯的でカジュアル、そしてだからこそ身近な落とし穴を感じさせる彼の詞世界には、「自分対世界」もしくは「自分の中の悪魔」といった明確な憎悪の境界線がない。軽やかに暴発する悪意、そのロシアンルーレットは当然のように己にも及ぶ。さくっと自分で首を吊る“ヨンカーズ”のPVを観るまでもなく、彼のディスはヒップホップ特有の他人を蹴落とすパワーゲームとは程遠い、超平等な言葉だ。そんなタイラーが尊敬するアーティストとしてジョイ・ディヴィジョンを挙げているのは、ちょっと出来過ぎな話だと思う。(粉川しの)