日本の商業映画の世界に藤井道人という監督がいて、日本のメジャー音楽シーンに
RADWIMPSまたは
野田洋次郎がいる。これはこの国のカルチャーにおいて誇るべきことだと思っている。そして両者が、違うフィールドにいると感じさせないくらい自然に作品を共にし続けていることには「誇らしい」を越えて「救われる」感じがする。映画『汝、星のごとく』と、主題歌であるRADWIMPSの“夕星-ゆうづつ-”が、まるでお互いの存在を支え合うように誕生したこの機会に、ふたりの対談が実現して本当に嬉しい。これまで、この瞬間、そして未来へと続く、映画と音楽の担い手の美しすぎる関係を感じてほしい。
インタビュー=古河晋 撮影=森山将人(TRIVAL)
出自が近い感覚はどこかにある。インディーズ感があって、サラブレッドではない叩き上げで、一匹狼として業界に乗り込んできて。すごく信用できる(野田)
──おふたりは、野田さんが役者として出演した『100万円の女たち』から始まり、『余命10年』『パレード』とタッグを組んできました。今回の『汝、星のごとく』も含めて、どの作品からも、ふたりが表現者としても人間としても近いDNAを持っていると感じてきたんですが、おふたりとしては、そういう共鳴をどんなふうに感じていたんですか? 藤井 そう言っていただけるのは嬉しいんですが、僕からすると非常におこがましいというか、全然、野田さんのDNAの足元にも及ばないです。でも、最初にご一緒した時から不思議な居心地のよさは感じていて。そこから10年が経って──音楽と映画って近いけれども少し違うんですが、ゼロイチを作る苦しみを一緒に話せるような間柄を築かせてもらえたと思います。だからこそ今回の映画も、野田さんにお願いしたいと。
──苦しい部分を語り合える感じは、昔からあったんですか?藤井 基本、僕のお悩み相談みたいな感じなんですけどね(笑)。
野田 (笑)でも、出自が近い感覚はどこかにあるのかなって。インディーズ感があって、サラブレッドではない叩き上げで、一匹狼として業界に乗り込んできて。売れっ子監督になってもそれがブレないところにも共感しますね。常に牙を持ち続けて、抗い続けて、体制に対してアンチテーゼの心を持ちながら作品を作っていて。すごく信用できます。
──メジャーで表現を続ける際の、インディー時代の牙を失わない戦い方が似てるんでしょうか。野田 そう思いますね。藤井くんの愚痴にもそれはある気がする(笑)。
藤井 (笑)
野田 なにくそっていう魂がずっとありますよね。俺自身もそうですし。あと、当たり前なんですけど、自分の作りたいものをちゃんと持ってる。そういう映画監督で居続けるって、この国の商業映画の世界では難しい気がするし。「これは作りたい」「これは作りたくない」をちゃんと言えて、実現できる場所にいる人からオファーをもらえるのは嬉しいですよ。
──世の中、貫くか曲げるか、変わるか変わらないか、二択を迫られることは多いですよね。監督としては、変えないぞという強い意志があるのか、どうしてもそうなってしまうのか、どういう感覚なんですか?藤井 変えるぐらいだったらやめてるかな、とは思います。ただ、誰かと一緒に変わることは嫌じゃないし、新しいことはすごく好きです。野田さんもそうだと思いますけど、観ている人にどういう自分を届けたいかというのは大事に考えなきゃいけないところだと思うんです。そこがブレるくらいだったらやらなくてもいい。何かひとつでもやる理由があれば、誠実に向き合うっていう。頑固に!っていうよりは、曲げないとこは曲げない。そういう意味では、今回、東宝みたいな大きい会社が、僕らのようなインディーズのやり方を許してくれたのは楽しかったですね。
──野田さんは、藤井監督より年上で、キャリア的にも長い、お兄さん的な立場で付き合っている?野田 年齢は1個しか変わんないのに、マジで後輩ぶるんですよ。
藤井 (笑)
野田 だから別に先輩らしいことは言えないんです。自分だったらこうだな、とか言うくらい。たぶん、藤井くんの中に答えはあるんですよね。でも背中を押してもらいたいんだろうなと感じた時は、迷いなく「絶対それでいいと思う」って言います。社会や会社の常識が道を塞ぐことはあると思うんですけど、最終的に「なんで始めたか」っていうところに立ち返ると、答えは明白だよねって。そういう確認作業は、酒の場で話したりしますけどね。
藤井 野田さんと酒の場で話す時って、自分が思っているAに対して「Aだよね」が欲しいわけでもないんです。野田さんはそういう事象に対してどう考えているのかを聞きたい。すごいと思うのは、野田さんの話すことには「こうするべきだ」がないんですよ。「自分だったらこうだけど」ということは話してくれるけど、結局、藤井なりの人生があるし、答えを選ぶのは僕だっていうことをわかっていて。でも──頑張ってきた人しか持たない悩みと言うのはおこがましいけど、どこか孤独感というか、生みの苦しみをわかってる人にしか話せないことってあるんですよね。
野田 特に僕らみたいなインディーズタイプって、アンチテーゼや反逆心をガソリンにしていろんなことに立ち向かってきたんですよ。でも、藤井くんも僕も、いつの間にか音楽の世界、映画の世界で真ん中にいた。『紅白(歌合戦)』に出たり、アカデミー賞の最優秀監督を獲ったり、倒すべきだった何かに自分がなっている瞬間が来るわけです。藤井くんと話すのって、そういう葛藤なんですよね。次はどこに何を倒しにいけばいいのか。そもそも敵なんか必要なんだっけ?みたいな。そういうことを、答えはないけど、その都度で確認しているんだろうなって思います。
RADWIMPSは10代の時からシーンを駆け抜けていて、僕は1個下なので、リアルタイムに目の当たりにしていて。芸術家やクリエイターからすると、みんな本当はそうなりたいじゃないですか。だから、羨望の的であり嫉妬の的だったなと思います(藤井)
──おふたりの出会いは2017年の『100万円の女たち』ですが、藤井監督はもともと野田さんのことをどう見ていたんですか?藤井 同世代っていうかオン世代なので、ミュージシャンとしての姿はもちろん知っていて。でも、当時の自分のガールフレンドが野田さんの曲を好きだったから、野田さんのことはちょっと嫌いでした(笑)。
野田 それ言ってたね(笑)。
藤井 嫉妬してました(笑)。あと、RADWIMPSは10代の時からシーンを駆け抜けていて、僕は1個下なので、リアルタイムに目の当たりにしていて。芸術家やクリエイターからすると、みんな本当はそうなりたいじゃないですか。だから、羨望の的であり嫉妬の的だったなと思います。で、2015年に『(トイレの)ピエタ』が公開されて、俳優としての野田さんを見て、『100万円〜』のオファーをしたんです。こんなにも変わらないままでいられるのはすごいなって思いました。最初は今ほどお互いのことは知らなかったですけど、時間を共有していく中で、誰に対しても変わらないっていうことがどんどんわかってきて。こんなに大変なことを、こんなに当たり前にやる人っているんだって。しかもあの時、ツアー中の撮影でしたよね?
野田 平日ずーっと撮影して、週末はツアーやって、月曜日の朝に帰ってきて撮影するっていう(笑)。
藤井 「おかえりなさい!」って(笑)。音楽関係の人がどんな感じか知らなかったので、怖かったらどうしようとか考えてたんですけど、すごくニュートラルにいてくださいましたね。
──その時期の野田さんは、なぜそんなにも自然体なまま、新しいことに挑戦できていたんですか?野田 なんでだろう? 『ピエタ』は明らかに分岐点ではありました。メジャーデビュー10年を迎えるタイミングだったんですけど、それまでのRADはメディアも出ず、閉じ切った中でどれだけすごい音楽を作るかってことをやり続けていて。だけど、なんか変わりたかったんですよね。10年、自分の中にある感情を音だけで表現してきて、違う選択肢はありえるのかなって考えてたところに役者のオファーをもらって。不思議なことに、同じタイミングで新海(誠)さんから『君の名は。』の話が来て、翌年には『100万円の女たち』に出て。もちろん叩かれたし、叩かれることもわかりきっていたけど、あの決断は正しかった気がするんです。自分のことをもっと知りたかったし、挑戦したかったから。