ブルーノ・マーズ @ 恵比寿ガーデンホール

圧巻というほかなかった。ついに、というか、ようやく待望の初来日が実現したブルーノ・マーズ。各種テレビ番組に出演して、お茶の間の注目もかっさらって迎えた一夜限りの来日公演。発売と同時に応募が殺到し、瞬く間にプラチナ・チケットとなった今回の公演だが、会場となった恵比寿ガーデンホールの周りには「チケット譲ってください」という紙を持った人々がたくさん立っている。数々のヒット曲を送り出してきた27歳のシンガーソングライターのライヴをやっと観ることができる、そんな大きな期待が会場の周辺には渦巻いている。

18時30分、客電が落ちる。荘厳なSEに乗ってバンドメンバーがステージに入ってくる。バンドは、ブルーノ・マーズを含め、総勢9名。ギター、ベース、キーボード、ドラムに、3人のホーン・セクション、コーラスのフィリップ・ローレンスといった編成になる。そして、ステージ中央でブルーノ・マーズその人が、大きく両手を広げて、すさまじい歓声に応えてみせる。そんな熱気のなか始まった1曲目は、新作『アンオーソドックス・ジュークボックス』から“Moonshine”。あの声が目の前で披露される。そんな感動が客席には広がる。ただ、ブルーノ・マーズ本人は高音のコーラスも見事に歌いきるものの、さすがに9人もいるだけに音がなかなかまとまらず、どこか騒然とした雰囲気のまま、あっという間に終わってしまう。しかし、続いて演奏された“Natalie”で、早速バンドはその真価を発揮し始める。アグレッシヴなビートに合わせて、巨大なハンドクラップが巻き起こるなか、まるでそのサウンドはパンク・ロックのよう。初めはヴォリュームの小さかったブルーノ・マーズのヴォーカルも、その本来の存在感を見せる。この曲が終わったところで、ブルーノ・マーズは「アリガトウ」と日本語でMC。大きな歓声が起こる。そして、踊りたいんだと言って始まったのは“Treasure”。80年代サウンド直系のこのダンス・ナンバーによって、客席には大きく左右に手を振るウェーヴが起こる。曲の終盤では、ホーン隊&コーラスを従えて5人で振り付けを合わせて、踊ってみせる。一つ一つの音を、グルーヴを、全身で楽しむような姿が観ているこっちをも嬉しくさせる。

そして、何より最初の3曲で明らかになった彼の生身から伝わってくる人柄がいい。圧倒的なソングライティング・センスと音楽的才能、天性の声を持ちながら、彼には偶像としてのヒーロー感がない。下町にいそうな気さくな青年とでもいうような庶民派の佇まいであり、でも、ひとたび楽曲が演奏されると、その才能は惜しげもなく崇高な深遠さを見せる。4曲目は、彼の大きなサウンド・カラーの一つであるレゲエの魅力が詰まった“Show Me”。こうした曲の場合、バンドのスモーキーな魅力が前面に出ることが多いが、ブルーノ・マーズのバンドはそうした部分が一切ない。確かな演奏能力を見せながらも、あくまでポップの正解として楽曲を鳴らしていく。そのすがすがしさが素晴らしい。ブルーノ・マーズ自らギターを手に取って始まったのは、彼のライヴではお馴染みである、R&Bの名曲“Money (That's What I Want)”から、自身がトラヴィ・マッコイに提供した“Billionaire”へのメドレー。ギター・ソロもブルーノ・マーズ自身が弾き、あらためてその音楽的能力の高さを思い知らされる。“Billionaire”では、歌詞に「Tokyo」と「Japan」を盛り込んでみせる。

プロポーズの定番曲となった大名曲“Marry You”(実際、この日もこの曲の時に会場でプロポーズした人がいたという)、最前列の観客にしゃがみ込んで歌ってみせた“If I Knew”とロマンチックな楽曲に続いて、ギターのリフが印象的なロック・ナンバー“Runaway Baby”で更に会場を興奮の坩堝に落としていく。アコギ1本の弾き語りから始まった映画『トワイライト・サーガ/ブレイキング・ドーンPart1』提供曲“It Will Rain”、全編ピアノ弾き語りで歌った“When I Was Your Man”といったバラードを立て続けに2曲歌った後は、いよいよショウはクライマックスに。ファースト・アルバム『ドゥー・ワップス&フーリガンズ』のオープニング・ナンバー“Grenade”ではイントロだけで大きな歓声が上がり、圧倒的な演奏とコーラスで、この名曲の持つ神々しい世界を伝えていく。新作『アンオーソドックス・ジュークボックス』からのファースト・シングル“Locked Out Of Heaven”は、ブルーノ・マーズというミュージシャンが如何に驚異的な音楽的反射神経を持っているか、一発で教えてくれる。そして、最後に演奏されたのは、この曲を聴かずには帰れない大名曲“Just The Way You Are”。Aメロからブルーノ・マーズは、観客にシンガロングをゆだね、もちろんサビは大合唱。ブルーノ・マーズも感激を隠せないほどの、大きなシンガロングが巻き起こる。ブルーノ・マーズは深々と頭を下げ、観客に投げキッスをし、最後にメンバー紹介をしてステージを去っていった。アンコールはなし。約1時間強でライヴは終わった。

“The Lazy Song”や“Talking To The Moon”など、なんでやってくれないのというファーストの名曲群はまだまだあった。けれど、本人もショウの間、何度も言っていた通り、近いうちに日本に戻ってきてくれるような気がしている。きっとその時は、スケールも含めてとんでもないライヴになるだろう。いい曲と素晴らしい歌、ポップ・ミュージックの本質の力をこれほどなく感じた夜だった。(古川琢也)

セットリスト
Moonshine
Natalie
Treasure
Show Me
Money (That's What I Want)〜Billionaire
Marry You
If I Knew
Runaway Baby
It Will Rain
When I Was Your Man
Grenade
Locked Out Of Heaven
Just The Way You Are