グリズリー・ベア @ LIQUIDROOM ebisu

2009年発表の『ヴェッカーティメスト』で大きな評価を獲得して、その年のイヤー・エンド・リストに軒並みランクインし、大きな期待が寄せられるなか、昨年発表した4作目となるアルバム『シールズ』で見事にその期待を超える作品を完成させてみせたグリズリー・ベア。2009年のサマーソニック出演以来となる4年ぶりの来日公演が実現した。4年という期間はポップ・ミュージックの世界でも決して短くない時間だが、その4年の間に醸成されたグリズリー・ベアの真価を見たいと願うオーディエンスで恵比寿リキッドルームは、ばっちり埋まっている。

入場に長い列ができていたのだが、開演予定時刻の19時を10分ほど過ぎた頃だろうか、客電が落ちて、場内は一気に歓声に包まれる。サックスを手に先頭で入ってきたクリス・テイラー(bass, backing vocals, various instruments, producer)を先頭に、ステージ向かって左から右への順番通りに、エドワード・ドロスト(vocals, keyboards, omnichord)、ダニエル・ロッセン(vocals, guitar, banjo, keyboards)、クリストファー・ベアー(drums, backing vocals)が入ってくる。4人が横一列に並び、後ろにサポート・メンバーであるアーロンが要塞のようなキーボードのセットに身を収めると、ついに1曲目が始まる。シンセのフェイド・インからクリスのドラム・スティックによるカウントで始まったのは“Speak In Rounds”。まず驚かされたのは、ドラムとベースの低音だった。会場の一番後ろで観ていた自分のところにも、振動が床を通してビンビンに伝わってくる。2009年のサマーソニックのステージを思い出しながら、こんなバンドだったっけと記憶を辿る。そして、それでいながら、まったくドンシャリにならないアンサンブルに感動する。ダニエルの素描のように軽快に奏でられるコードは、圧倒的な存在感を持っているし、エドのヴォーカルもヴィヴィッドにこちらに迫ってくる。さらにコーラス部分で、ビートが性急さを増すと、本日一度目のカタルシスがもたらされる。非常にあたたかいコード進行を持つ曲なのに、その音は尖りまくっている。ロックは更に先へと進んでゆくことができる、そんな意志表明のように“Speak In Rounds”が終わる。

2曲目は、ダニエルがリード・ヴォーカルを務める“Sleeping Ute”。最新作の冒頭を飾るこの曲に客席からは大きな歓声が送られる。ダニエルの、どこか郷愁をはらみながらも攻撃的なギターがたまらない。楽曲の後半ではダニエルのやわらかなアルペジオと共に四声コーラスも披露。続く、脱臼したクラウト・ロックのような“Cheerleader”でも、ラストの「オーオー」というコーラスを三声で畳み掛ける。特に一番高いキーを担当しているベースのクリスのファルセットは、このバンドのサウンドに一つの記名性を与えている。そして、前半のクライマックスとなったのが、次に演奏された“Lullabye”だ。直前の台湾の公演ではやっていないというのを聞いていたので、心配していたのだけど、東京で披露してくれたパフォーマンスは見事だった。21世紀以降の、9・11以降のインディ精神でもってヨーロピアン・プログレを大復活させてしまったような、そんな状態と言えばいいだろうか。セカンド・アルバム『イエロー・ハウス』の楽曲だが、古さはまったくない。むしろグリズリー・ベアの革新性を象徴するのがこの楽曲だ。このバンドの持っているライヴでのダイナミズムが最大限まで発揮される。ドラムのクリストファーはドラムと一緒に鉄琴もプレイし、ベースのクリスはフルートやクラリネットまで操り、音源でも爆発しているデカダンスがライヴでは更に爆発する。最後、フェイドアウトしていくシンセの音色に一音も聴き漏らすまいというように静まり返る場内、そして、音が止むと同時に大喝采が巻き起こる。この1曲だけでも、今日この会場に足を運んだ価値はある、そんなふうに思わせてくれる圧巻のパフォーマンスだった。

中盤も、新旧の曲を織り交ぜて、素晴らしいパフォーマンスが続いていく。この日初めてエドワードがギターを手に取り、明滅するストロボの中ですさまじいセッションを繰り広げていった“Yet Again”、ファースト・アルバム『Horn of Plenty』の楽曲でありながら、リアレンジして演奏された“Shift”、ビーチ・ボーイズを彷彿とさせる陽性のコーラスをまるでアリーナ・ロックのような力強さで鳴らしてみせる“A Simple Answer”。今回のライヴを観て改めて気づかされたのは、特にダニエルがリード・ヴォーカルを担当する曲に顕著だけれど、その実験性で語られることの多いグリズリー・ベアのサウンドだが、根っこにはオーセンティックなロックへの愛とリスペクトが溢れていること。“A Simple Answer”はまさにそうした曲の一つだし、続いて演奏された美しく静謐なバラード“Foreground”もそうした側面を持っている。

そして、ショウはこのあたりから終盤に突入していく。最新のビデオ・クリップも戦慄の内容だった“Gun-Shy”、真っ赤に照らされたステージで焦燥感溢れるビートと共に始まった“Ready, Able”を挟んで、ショウの大きなハイライトとなったのは、“While You Wait for the Others”~“What's Wrong?”~“Two Weeks”という流れ。『ヴェッカーティメスト』でのブレイクの大きなきっかけとなった2曲のアンセム、“While You Wait for the Others”と“Two Weeks”を一挙にここで投下する。“Two Weeks”では、ステージの照明がすべて消え、客席だけが照らし出される。まるで、それはこのコーラスは、客席にいるあなたたちのものであり、思う存分味わい、楽しんでくれ、というメッセージのようだった。“While You Wait for the Others”にしても、“Two Weeks”にしても、そのコーラスの美しさは言うまでもない。そして、本編の最後を飾ったのは、最新作『シールズ』から“Half Gate”と“Sun In Your Eyes”の2曲。“Half Gate”では、マーチング・ドラムと賛美歌とサイモン&ガーファンクルが合体したようなサウンドですさまじい高揚感をもたらし、“Sun In Your Eyes”では穏やかなバラードから一転、ジャズ・ロックとでもいうべきプログレッシヴな展開に突入。そのライヴ・バンドとしての底力も含め、最新型のグリズリー・ベアの姿を叩きつけて、本編は終わった。

熱烈な客席からの歓声に促されて始まったアンコール、グリズリー・ベアの場合、アンコールは本来の意味のアンコールというか、本編で一つショウが終わり、アンコールは雰囲気が変わる。エドワードが弾きだしたオーセンティックなギターから始まったのは、“Knife”。終演後、バンドは日本語で「皆さん!今日は本当に沢山の方が私達の東京での初めてのソロショウに来てくれて、本当に本当にありがとうございました!!!!ライブ中に皆さんの一人一人の笑顔が良く見えて、最高に興奮しました!こんな経験は一生忘れられません!また必ずすぐに東京に戻って来ます!本当にありがとうございました!」とツイートしていたが、一つ本編のショウを終え、肩の力を抜いて観客と歓喜をシェアするような雰囲気がある。もちろん“Knife”も幽玄なコーラスを媒介としてロックの異次元に突入していく展開があったし、続いて演奏された“On a Neck, On a Spit”も途中から四分打ちに突入し、性急なビートで走りまくるのだが、そこにもどこかフランクな空気がある。そして、その究極と言えるのが、最後の最後に演奏された“All We Ask”だろう。オフマイクでアコースティックで演奏されたそれは、まさに彼らのツイートから溢れ出る気持ちの通り、目の前の観客を祝福するように鳴っていた。それは時代の先端を担った表現が、体温をもって観客とミュージシャンを垣根なしに繋いでみせる幸福な瞬間そのものだった。(古川琢也)