鬼束ちひろ @ 中野サンプラザ

2011年11月、6thアルバム『剣と楓』を引っ提げた全国ツアーを行った鬼束ちひろ。その後は昨年5月の洋楽カヴァー・アルバムのリリース以外、目立った活動のなかった彼女が、その沈黙を破ってついに我々のもとに戻ってきた。約1年3カ月となる全国ツアー「CHIHIRO ONITSUKA TOUR SHOW 2013 悪戯道化師(いたずらどうけし)」の初日@中野サンプラザ公演。前回のツアーが約10年ぶりだったことを考えると、これだけ短いスパンで彼女の生の歌に触れることができるのは、とても喜ばしいことなのかもしれない。……が、おとなしく席についた観客で埋め尽くされたホール内には、「これから何が起こるのか!?」といった静かな期待と緊張がピーンと張りつめている。そして19時06分。開演を知らせるブザーが鳴り響き、場内暗転。ピアノ+ギター+4人のストリングス隊から成るバックバンドに続いて、流麗なピアノの調べに乗せて鬼束ちひろが登場すると、その一挙一動に場内の視線がグーッと集中した。

いきなりアカペラの歌を披露して、場内の空気を一変させてしまった彼女。その後も、大小のミラーボールが吊り下げられたステージ上で、ピアノやストリングスを基調としたバラードを次々と披露していく。この日の衣装は、黒のキャミソール&バイカーパンツというカジュアルな出で立ち。にもかかわらず、体内のエネルギーを絞り出すように身をかがめ、ゆらゆらと手を揺らしながら歌う彼女の姿は、なにかの儀式を遂行している巫女のように神々しいオーラを放っている。高音になるにつれてひどく掠れる歌声は決してベストコンディションとは言い難いが、そんな苦しそうに吐き出される声すらも、凄まじい説得力。歌声ひとつで場内の空気をビリビリと震わせ、聴き手の胸を締め付けていく切迫感には、もう圧倒されずにはいられない。

まだ公演が控えているので詳細を明かすことはできないが、この日やった曲はアンコールを含め14曲。このツアーのために書き下ろした新曲“悪戯道化師(いたずらピエロ)”の他、“月光”などのヒット曲、ファンから根強く愛され続けている楽曲、未発表の新曲などがバランスよく散りばめられていた。さらにデビューのきっかけとなったオーディションで披露した曲であり、今回のツアー会場限定で発売されているシングル『悪戯道化師』のカップリング曲として収録されているジュエルの“Who Will Save Your Soul”をはじめ、「こんな曲もやるの!?」といった驚きのカヴァー曲も披露。自身の輝かしいキャリアを総括しつつも、そこに甘んじない現在の立ち位置とファンへの嬉しいサプライズもしっかりと提示した、隙のないセットリストだった。勿論そのどれもがガツンと心を揺さぶるパワーを持った曲ばかり。「土壇場になって弾き語りをしたいと言った大好きな曲です。自分がひとりぼっちだと思っている全ての人に捧げます」と放たれた中盤の曲では、会場のあちこちからすすり泣く声が聞こえてきた。

その一方で、MCでは「私の昔からの大ファンの子が花冠を作ってきてくれました」と、赤い花で飾られた冠を嬉しそうに被ってみせる一幕も。さらにカヴァー曲を披露する前に「笑ったら殺す!」と言ったり、「練習のしすぎで声がしゃがれてます。ごめんね」と言ったりして、客席の笑いを誘うシーンもあった。この日印象深かったのは、そんな姿からも感じ取れた彼女の気取らないモード。もともと彼女の音楽には「鋭さと優しさ」「憎しみと愛」「陰と陽」といった両極が強烈なコントラストを描いて同居していて、ライヴでも何かにとり憑かれたように歌ったかと思えば奔放なパフォーマンスで観客の手拍子を誘ったりもする彼女だけど、この日のライヴでは、フランクな姿勢のほうが少しばかり強い色味を放っているように思えたのだ。それはそのまま、現在の彼女のモードと言えるのかもしれない。最新アルバムのリリースから早2年。洋楽カヴァー・アルバムのリリースを経て、再び新曲を手に我々のもとに戻ってきた鬼束ちひろ。わずか3公演という短いツアーではあるが、ここで聴き手と繋がる感触を生で確かめることにより、さらなる新曲を生み出す糧にしようとしているのではないか。ライヴ終盤に差し掛かるにつれてリズミカルに腰を振り、ジャンプし、ステージの端から端まで動き回ってエネルギーを解き放っていく彼女の姿には、そんなポジティヴなエネルギーに溢れているように思えて仕方なかった。

アンコールでは「さすっがに疲れた」と言い放ちながらも、その顔に大きな達成感を滲ませていた彼女。これからライヴに足を運ぶ人にとっては間違いなく新生・鬼束ちひろに出会える幸福な時間になるだろうし、今後の快進撃を期待させるパワフルなアクトだった。それにしても、歌い出し一発で聴き手の度肝を抜くこの人のブルージーすぎる歌声と、圧倒的なオーラはやっぱりハンパない。(齋藤美穂)