ソウルの名門スタックス・レコードで活躍したR&Bシンガーのウェンディ・レネが地元テネシー州メンフィスで卒中に倒れ、12月16日に他界した。享年67だった。
本名をメアリー・フリーアソンというウェンディはウェンディ・ストームとして芸名を命名される予定になっていたが、スタックスの同門アーティストだったオーティス・レディングがウェンディ・レネという名を思いついて提案し、これを気に入ったウェンディはその後自身のソロ活動にこの芸名を使うことになった。
ウェンディはスタックスでガール・グループのザ・ドラペルズとしても活躍したが、ソロでも活動し、ファースト・ソロ・シングル"アフター・ラフター・カムズ・ティアーズ"は1964年当時はローカル・ヒットにしかならなかったものの、今ではスタックスの名盤として知られていて、レゲエへの影響が色濃かったことが窺われる名曲にもなっている。
1967年、ウェンディはスタックス専属のソングライターのジェイムス・クロスと結婚。この年の12月にウェンディはオーティスとオーティスのバック・バンドのバー・ケイズのバック・コーラスを務める予定になっていたが、子供を出産したばかりだったため急遽この仕事をキャンセルすることになった。オーティスとバー・ケイズのメンバーのほとんどはこのライヴの公演地に向かう飛行機が墜落して他界した。
"アフター・ラフター・カムズ・ティアーズ"はその後ウータン・クランの1993年の記念碑的なファースト『燃えよウータン』の"涙のブラザー"でもサンプリングとして使われているほか、リッキ・リーも"アフター・ラフター・カムズ・ティアーズ"のカヴァーを発表している。
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