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    小沢健二“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”と岡崎京子『リバーズ・エッジ』について

    小沢健二“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”と岡崎京子『リバーズ・エッジ』について
    いよいよ2月16日(金)に公開される映画『リバーズ・エッジ』の試写を昨年末に観たあと僕は以下のブログを書いた。
    −−−
    岡崎京子のコミック『リバーズ・エッジ』を初めて読んだとき僕は18歳。
    人間の汚いところを包み隠さず描いているところに本当の美しさを感じた。
    いろいろなことに「何も感じない」気がしている青臭い自分に、無感情を情熱として、無感覚を痛みとしてリアルに「感じ」させてくれるこの物語を書いた人がこの世にいるということに、そしてこの物語に共感する人がたくさんいることに、不思議な安心を感じた。

    そんな『リバーズ・エッジ』が、発表から20年以上の時を経て実写映画化されると聞いて、その世界が見事に再現されたとして、たとえば今、10代の人たちが観たときにどのようなメッセージを受け止める作品になるのか、正直なところ全く想像がつかなかった。
    実際に映画を観て、まずあまりにも見事に『リバーズ・エッジ』の世界がそこにあることに驚いた。
    しかし、それ以上に2018年に映画化されることが大きな意味を持つ作品になっていることに驚いた。

    愛とか生きている実感よりも、陰惨なニュースが毎日のように流れてくることや、世界終末時計の残り時間が縮まっていくのを肌身に感じることの方が、よっぽど普遍的に世代を超えて共有できるリアルなこと。
    二階堂ふみや吉沢亮をはじめとする若い俳優たちは、その普遍的なリアルを岡崎京子が生み出した登場人物を通して、確かな肉体性を持って表現していた。
    また行定勲監督は、その肉体性が彼女らの魂の底から生まれていることを証明する見事な仕掛けの演出をしていた(それが何なのかは是非、劇場で)。
    もし原作がタイムリーに読まれている時期に映画化されていたら、この肉体性ある演技は絶対に生まれていなかったはず。
    どこまでも変わらない世界の閉塞感の中で為す術もなく汚れた美しさを曝け出しながら、それでも生き延びようとする僕たち。
    その「僕たち」を20年前よりも大きな断絶を超えて繋いでくれる映画が生まれたことに、再び不思議な安心を感じた。

    そして小沢健二による主題歌“アルペジオ(きっと魔法のトンネルの先)”も凄い曲だった。
    この曲については、また改めてじっくり書きたい。
    −−−
    というわけで、この小沢健二の新曲を絡めて、もう少し『リバーズ・エッジ』について書きたい。

    この曲、歌詞に大きく注目が集まっていて、僕も素晴らしい歌詞だと思うのだが、僕が個人的に一番凄いと思っているところとは違う、わかりやすくドキュメンタリー・タッチなところに注目が集まっている気がする。
    僕がこの曲の詞で本当に素晴らしいと思うのは《きっと魔法のトンネルの先/君と僕の心を愛す人がいる》という3度出てくるサビメロの後にくるフレーズが、3つとも違っているところ。

    《本当だろうか? 幻想だろうか? と思う》
    《本当の心は 本当の心へと 届く》
    《汚れた川は 再生の海へと 届く》

    「汚れた川」は、無感情と無感覚が広くゆっくり澱み、悪臭を発しているような、『リバージ・エッジ』の中でも引用されるウィリアム・ギブソンの詩の一節《平坦な戦場》が言い当てていた、あの時代の空気。
    そんな時代に小沢健二の音楽や岡崎京子のコミックを愛する人がいた。
    作品という魔法のトンネルの先にあるそれが本当のことなのか、かつては信じられない小沢健二がいた。
    しかし本当の心は本当の心へと届くことを知った今の小沢健二がここにいる。
    『リバーズ・エッジ』で描かれた「汚れた川」は海へと続いている。
    当時、『リバーズ・エッジ』の物語が予感させたのは、その川の水が流れ込んでいく海は哀れで無機質な場所かもしれないということ。
    でも、それが未来であることには変わりなく、リアルで残酷な手触りを緩めることなく、この物語のラストは希望をくれた。
    そして今、小沢健二はその未来から『リバーズ・エッジ』の読者や岡崎京子本人、さらにはハルナや山田君や吉川こずえたちに語りかけるように歌う。
    「汚れた川」は「再生の海」へと続いていると。

    平坦な戦場、その先で僕も今も生き延びています。
    ありがとう、岡崎京子と小沢健二。

    (古河晋)
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