2020年を迎えたこのタイミングで、ロッキング・オンが選んだ2019年の「年間ベスト・アルバム」上位10枚を、10位〜1位まで、毎日2作品ずつ順に発表していきます。
年間5位の作品はこちら!
【No.5】
『ハイパースペース』ベック
「ベックらしさ」を緩やかに束ねた傑作
約2年ぶりの新作となったこの『ハイパースペース』は、ベック史上最も顕著に「絶妙のバランス」が取られたアルバムだと言えるんじゃないだろうか。折衷主義の大家としてオルタナティブの25年間をサバイブしてきた彼は、『カラーズ』や『ミッドナイト・ヴァルチャーズ』の一方に、『モーニング・フェイズ』や『シー・チェンジ』が対照を成して位置していたように、常に前作と方向を異にする新作を作り、その振れ幅の中でキャリアを飛躍させてきたアーティストだった。翻って本作はそんな過去の振れ幅の全てを大らかに内包した一作で、ベックの旅路の終着点にも感じる。同時にそれは、ベック的折衷主義がポップスの常態となった時代に相応しい、答え合せの傑作でもある。
全11曲中7曲を共作したファレル・ウィリアムスの影響ももちろん大きいだろう。ネプチューンズ的でファンキーなトラッに、“Loser”までひとっ飛びで先祖返りした緩く脱力したフォーク・ギターが乗る“Saw Lightning”や、『モーニング・フェイズ』を彷彿させるウォーミーなサイケデリックにセンシュアルなヴィンテージ・ソウルの風合いを持たせた“Dark Places”など、互いの持ち味を高め合う理想的コラボになっている。しかも単なる足し算ではない証拠に、シンプルで風通しの良い音作りが徹底されている。スカイ・フェレイラやクリス・マーティンら、多くのゲストを招いたことも、ベックのやりすぎ、詰め込みすぎの個人プレイに代わる俯瞰性を与えたのかもしれない。一方の歌詞に目をやると、《彼女がいなくなってもう影しか見えない》と歌う“Dark Places”に象徴されるように、15年連れ添った妻との結婚生活の破綻が本作に暗い影を落としていることが窺えるが、そうして極めて内省的なアルバムになる可能性もあった本作が、かくも軽やかで開けたアルバムに仕上がったことは本当に感動的だ。
ただし、本作はシンプルではあってもローファイではない。グレッグ・カースティンとタッグを組んでオートチューンを駆使したモダンR&Bをやる“See Through”にせよ、クリスとベックの声の波形を美しく重ね合わせる“Stratosphere”にせよ音響は最先端の設計で、つくづくバランスが取れている。彼方にデヴィッド・ボウイ的宇宙を見出すラストの“Everlasting Nothing”がその極地だろう。(粉川しの)
「年間ベスト・アルバム50」特集の記事は現在発売中の『ロッキング・オン』1月号に掲載中です。
ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。