打首獄門同好会の結成15周年を記念した「獄至十五ファイナルワンマンツアー」は、2月29日・Zepp Tokyoで最終日を迎えるはずだったのだが……「新型コロナウイルスの感染拡大防止の観点から開催を中止します」という旨が、2月26日に公式ツイッターでアナウンスされた。とても残念! しかし、その直後の「インターネット生配信による無観客ライブを開催いたします」という発表は、がっかりしていた我々を歓喜させた。ライブの中止というのは、本人たちにとっても非常に悔しいのはもちろん、それに伴う経済的損失もかなり大きい。各々の置かれている状況を考慮した結果、何らかの代替案を検討したものの、泣く泣く断念せざるを得なかったミュージシャンも少なくなかったに違いない。そのような中、たくさんの人々の無念も背負いながら、実に粋で感動的なことをやってのけたのが、打首の無観客ライブ生配信であった。
もともと用意されていた内容のライブが、そのまま生配信されたのではない。セットリストや演出の全てを練り直し、様々なゲストに声をかけて、配信の画面に表示される歌詞の字幕のために先代のVJサカムケも動員して実現したのが、この緊急企画であった。「みんなに楽しんでもらいたい!」ということに対する打首の情熱には、本当に頭が下がる。本番当日も、準備が着々と会場内で進められていた。「この3日間にして、キャストが勢揃い。ミラクルですよ」と言い、急なオファーにも拘わらず、駆け付けてくれたゲストたちに心から感謝していた大澤敦史(G・Vo/以下、会長とする)。「47都道府県ツアー(対バン形式で、昨年の3月から12月にかけて行われた)を乗り切ってないと、このスキルはなかったと思う。スタッフも対応できなかったと思うんですよ」と楽屋で語っていた表情は、いつものように和やかだったが、どこか緊張も滲ませていた。
14時半頃からサウンドチェックがスタート。「臨場感、ライブハウス感のあるサウンドにしたいんです」と、生配信されることも考慮した要望を的確にスタッフに伝えていた会長。河本あす香(Dr)、Junko(B)が響かせる重低音、ビート、歌声も絶好調。打首のライブといえばユニークな小道具や演出も欠かせないが、そのような要素に関しても、生配信に対応したアレンジが、どんどん加えられていった。ゲストたちに小道具を手渡すタイミング、各々の本番中の動き、立ち位置など、事前に決めておかなければならないことは、とても多い。「無観客のフロア感を出すために、ここで引きの映像が欲しいです」など、カメラワークに関しても、会長は緻密に考えていた。通常であれば、こういう細かな事柄は、何回も打ち合わせやリハーサルを重ねて作りこんでいくのだろうが、短い準備期間と当日の調整によって、みるみる内に完璧な状態となっていったのだから、スタッフも含めた打首チームの底力には舌を巻く他ない。先ほど会長が言っていた、「47都道府県ツアーを乗り切ってないと、このスキルはなかったと思う」という言葉の意味を、強烈に実感させられた。「サクサクと進めないと、時間が足りなくなるな……」と、時計を気にしつつ進められたリハーサルは、本番の35分前くらいに終了。「俺ら、今から速攻で着替えますので、こんな感じでよろしくお願いします!」と言って、楽屋に戻っていったメンバーたち。ものすごい集中力で進められたリハーサルであった。
ついに迎えた開演。画面の前で待ち構えていた人は、映像を観てびっくりしたのでは? 映し出されたのはステージではなく、フロアの後方に並んで座っている大抜卓人(FM802のラジオDJ)と赤飯(オメでたい頭でなにより/Vo)の姿であった。「間もなく、無観客ワンマンライブが始まろうとしております」という実況中継と、ふたりが交わすトークは、まるでプロレスの番組。そして、この日のために急いで制作された《新型コロナウイルスが憎い~ すこぶるニクイ~》と熱く歌い上げるSEが流れた後、会長、あす香、Junko、VJ風乃海が登場。“こどものねごと”を皮切りに、次々と届けられた曲たちは、打首からファンに向けてのメッセージが込められていたのだと思う。“ニクタベイコウ!”、“私を二郎につれてって”、“音楽依存症生活”、“筋肉マイフレンド”と“糖質制限ダイエットやってみた”、“TAVEMONO NO URAMI”……披露された曲の数々は、新型コロナウイルスに立ち向かうために最も有効なのが「栄養」と「健康」であること我々に力強く示していた。
歯科医師のラッパー・Dr.COYASSをステージに招いた“歯痛くて feat.Dr.COYASS”は、健康の基本であるオーラルケアの重要性について考えさせてくれた。そして、お遍路の服を着たメンバーたちが、日本中の人々の健康を祈願しながら演奏した“88”を経て突入した後半戦。摩訶不思議な空間が、さらに作り上げられていった。「あれれ⁉」、「無観客のはずなのにい!」と、実況席の大抜と赤飯が驚きの声を上げる中、コウテイペンギンの赤ちゃん・コウペンちゃんがフロアに現れた“布団の中から出たくない”。コウペンちゃんが、フロアの片隅に敷かれていた布団に辿り着いて、木彫りの猫の像を見つけたところでスタートした“猫の惑星”。大抜と赤飯が「はごろもフーズ シャキッとコーン」の缶を模したヘルメットを被りながら聴いている姿がシュールだった“Shake it up 'n' go ~シャキッと!コーンのうた~”。新型コロナウイルスによって世の中が揺らぐ前の慌ただしい日々が懐かしくなった“はたらきたくない”。あす香がドラムを叩きながら無人のフロアを煽り「岩下の!」と叫んだのに対して、「新生姜!」という元気いっぱいの声が照明、音響、映像送出スタッフたちから返ってきた“New Gingeration”……片時も目を離すことができなかった。
コール&レスポンスも含めて、打首のライブは、観客の協力で成り立っている部分も数多い。しかし、この生配信は、無観客ライブだ。「あの曲、どうするんだろう?」と、いろいろ気になっていたのだが……問題は思わぬ形でクリアされていった。観客がいないので、駄菓子のうまい棒を振ってもらえないことを会長が嘆いていると、「ちょっと待てよお~。諦めんなよ!」と言い、実況席から飛び出してステージに駆け寄った赤飯。手渡されたうまい棒を両手に握り締めながら激しく踊った彼によって、“デリシャスティック”は見事に成立した。そして、“島国DNA”も、彼がマグロをブンブンとワイルドに振りまわしたおかげで大盛り上がり。しかし! ここでまた、大きな問題が発生したのだ……。
きのこ軍、たけのこ軍に分かれた観客がフロア内で大暴れする“きのこたけのこ戦争”。この曲は、一体どうすれば良いというのだろう? いくら赤飯が頑張ったところで、忍者のように分身の術が使えるわけではない。会長が頭を抱えた時、「俺に任せろ!」という勇ましい声が響き渡った。すると、戦闘服に身を包んだ豊島“ペリー来航”渉(バックドロップシンデレラ/G・Vo)が登場。「俺がきのこ軍の大将をやってやるよ!」と言って、きのこの山のぬいぐるみを握り締めた。そして、たけのこの里のぬいぐるみを手にした赤飯が、彼を睨みつけたところで演奏がスタート。ふたりが激しく身体をぶつけ合ったり、サークルモッシュをしたり、転げ回ったりしていた様は、我が国に於ける戦後最大の内戦と呼ばれている「きのこたけのこ戦争」の両陣営の間にある溝の深さを生々しく示していた。
《カモンカモンカモン福沢諭吉》というコール&レスポンスに応えた赤飯と渉に、大量の紙幣が降り注いだ“カモン諭吉”。明るく躍動したカバー曲“おどるポンポコリン”の後、会長はマイクに向かってじっくりと想いを語った。「ひとつ願うとするならば、普通の日々を願いたいですね。普通に暖かい春を迎え、田植えをし、普通に夏が来て、すくすくと育ち、普通に秋には、それが実る。冬になる頃には、我々は美味しい新米を普通に美味しくいただきたい。2020年、どうか残りの月日が、普通に幸せな日々でありますように。日本の大豊作をお祈りさせていただいてもよろしいでしょうか? もし今日よりでっかい声で叫びたくなったら、一緒にまたライブ会場で大きな声を出しましょう!」。そして、“日本の米は世界一”で締め括られた本編。メンバーたちは一旦ステージを後にしたが、照明、音響、映像送出スタッフの間から起こった「最初から! 最初から!」という声を聞いて、すぐに戻ってきた。
アンコール1曲目に届けられたのは、HEY-SMITHのホーンセクション・満(Sax)、イイカワケン(Tp)、かなす(Tb)をゲストに招いた“パ”。昨年の47都道府県ツアーで最も好評だったコラボが、この曲なのだという。ホーンで彩られたサウンドが、最高に気持ちよかった。そして、「お風呂に入って寝る」という平凡な日々の幸せを鮮やかにイメージさせてくれた“フローネル”で無観客ライブは終了。スタッフ全員がステージ上に集まり、誰もいないフロアを背景とした記念撮影が行われた。
この生配信は、約10万人が視聴していたらしい。「#打首生配信」がツイッターのトレンド1位に輝き、その他にも彼らに関する様々なつぶやきが飛び交っていた。「お客さんを集めてライブをすることができない」という事態に対して諦めるのではなく、斬新な発想で素敵な企画を実現させてしまった彼らの姿は、たくさんの人々に勇気を与えたのではないだろうか。「生活密着型ラウドロック」というジャンルを打首は確立しているが、ともすれば暗くなりがちな日常生活の中にある楽しさにスポットを当てられる彼らだからこそ、ピンチを極上のエンターテインメントへと転じることができたのだと思う。本当にかっこいい人たちだ。今後も唯一無二の魅力を煌めかせながら、我々をワクワクさせてくれるに違いない。(田中大)