ニュー・オーダーの来日公演が最高だった。単独来日は8年ぶり。コロナ禍で再三の延期となり、ようやく実現した日本ツアーだった。東京公演は過去のどの来日公演よりも大きな会場で動員が心配されたが、ふたを開けてみれば満員の盛況。彼らの根強い人気を再確認したし、観た人全員が心から満足できたコンサートだったと断言できる。
とはいえもう10年ほどニューアルバムを出しておらず、新曲も5年ほどリリースしていないバンドである。ライブに臨む前は、もう彼らは進化の止まったバンドではないかという懸念を抱いていたのだが、大きな間違いだった。演奏された曲こそ馴染みの古いものばかりだったが、そのほとんどに新たなアレンジが施され、楽曲に新たな表情を加えていた。もちろん原曲がわからなくなるような根本的な変化ではなく、楽曲の肝となるようなメロディやフレーズなどは残し、新たに付け加えられたアレンジやリズムが、馴染みのヒット曲に新鮮な驚きとフレッシュなフィーリングを加えていた。そのへんのバランス感覚はさすが百戦錬磨のベテランだ。バンドの進化とは必ずしも新曲を作るだけではない。そんなことを思い知らされたのである。ジョイ・ディヴィジョン時代の曲もプレイされたが、こちらは原曲に忠実にオーソドックスなロックバンド形式で演奏され、何を変えるべきで何を変えるべきでないか、彼らの考えがよくわかった。
インタビューはその東京公演の翌日に彼らの宿泊するホテルで行われた。午前11時開始の取材にバーナード・サムナーが寝坊して遅刻したため、フィル・カニンガム(G/Key)、トム・チャップマン(B/Syn)という新しいメンバー2人に先に話を聞いた。バーニーさんは「時差ボケで」なんて言い訳をしてるが、大阪公演も東京公演も完璧にプレイしたあとに「時差ボケ」なんてあるはずないでしょ……なんてことはもちろん言わない(笑)。
ライブが往年のヒット曲を昔と変わらぬアレンジで演奏するような「懐メロショー」だったら、インタビューは全く違った内容になったと思う。でも昔話ではなく、彼らがアーティストとして、クリエイターとして今も変わらぬ意欲を持ち続けていることを改めて確認できたのはなにより収穫だった。“ステイト・オブ・ザ・ネイション”のレコーディング秘話はたぶん遅刻したバーニーの我々取材陣へのサービス精神と受け取った。新作に関するバーニーの発言をどう解釈するかは、読者のみなさんにお任せしよう。(インタビュアー:小野島大)
●昨日のライブを拝見しました。昔好きだった曲をいい感じで聴ければいいや、ぐらいの気持ちで臨んだんですが、良い意味で全然そんなライブではなく、ニュー・オーダーというバンドが昔のまま止まっているのではなく未だに前進と進化を続けていることが確認できて、大変嬉しかったです。昨日のライブの手応えはいかがでしたか。
トム「僕らにとってはすごく重要なライブだったんだ。なぜなら元々は2020年に来日する予定だったのがパンデミックのせいで公演ができなくなって、でもその後もっと早く日本に戻って来られると思っていたのが今になってしまって。だから今回こうやって再び日本のファンに向けて演奏ができることは、バンドにとって本当にとても大事だったんだよ」
フィル「コロナで日本に来られなくなったあと、機会をうかがっていたら時間がかかってしまって、ずっとやり残した仕事という感じがあったからやっと来れて嬉しかったね」
トム「それから今、ニュー・オーダーは常に進化し続けていると言ってくれたけど、それはバンドのDNAに刻まれているものだと思う。常に前進して実験して、曲のアレンジを変えたりもしながらね。そこはバンドにとって大事な部分だから気づいてもらえて良かった」
●2016年の来日公演も大変良かったんですけど、そのときはわりあいオリジナルに忠実なアレンジだった記憶があるんですが、今回曲によっては大胆なアレンジを施していて、ずいぶん変わっていました。
トム「そうだね、バンドのメンバーはみんな創造的な人間で、過去にとどまるつもりは全くない。大事なのは前に進むこと、実験することだ。時には曲に新しい要素を加えたりもしながらね。新しいアレンジや音楽的アイデアを試して作り直したり、新しいものを作り出すことが大切なんだ。過去の栄光にあぐらをかいたり、現状に甘んじるつもりはない」
フィル「個人的にもその方が新鮮さを保ってずっと面白がっていられるし、観客にとってもそうだと思う。同じことはビジュアル面にも言えて、バーナードはクリエイティブディレクターのウォーレンと共にかなり時間をかけて、音楽に合わせてビジュアルもアレンジし直して新鮮さを保っているんだよ」
●“ステイト・オブ・ザ・ネイション”を聴いて特に思ったんですが、今のニュー・オーダーはシンセポップとかエレクトロとかポストパンクとかではなく、骨太でグルーヴ感たっぷりのファンクバンドではないか、という気がしました。
フィル「いいね!」
トム「ファンクっていうことで言うと、僕とフィルがもたらしている部分も結構あるんじゃないかと思う。僕はベーシストとしてシンセベースのグルーヴに乗っかったり、ある意味それを補完したり、あるいはメロディックなパートを演奏したりもできるから、それが音楽にファンク的な要素を加えているのかもしれないね。そしてフィルは知っての通り素晴らしくファンキーなギタリストだしね(笑)。だからそういうところから来ているのかもしれないし、つまりはニュー・オーダーが新たな顔ぶれで、それぞれが新しいアイデアや新しいサウンドを持ち寄っているということだと思うよ」
●やっぱり今の演奏面もアレンジ面に関しても、お2人の功績っていうのは大きいわけですね。
トム「さすがにそういう風には考えてないよ(苦笑)。あくまで謙虚に、この素晴らしいバンドに参加できて嬉しいというだけなんだ」
●今までのニュー・オーダーのイメージを一新するようなサウンドでしたが、しかしそれでもニュー・オーダー以外のなにものでもない、というのが素晴らしかったと思います。あなた方の考える「ニュー・オーダーらしさ」とはなんですか。
フィル「何だろう……まずサウンド的には確かに良くなってると思うんだよ。というのも楽曲を手直しする際に、ニュー・オーダーの初期の映像や録音を確認することがあるんだけど、正直に言ってテクノロジーは飛躍的に発展しているしサウンドシステムも大幅に向上している。だから今ライブで演奏すると、言ってみればニュー・オーダーの進化版のように感じられるんじゃないかな」
トム「やっぱりバンドの精神じゃないかな。既成概念にとらわれずに考えること、ルールに縛られないという姿勢を昔からずっと大事にしてきて、それがバンドにとってプラスに働いているんじゃないかと思う。言われたことをそのままやる多くのバンドとは違って、自分たちがやりたいことをきちんとやってきたという。そしてこれからもそうなんだ」
●テクノロジーの進化が大きいという話がありましたが、打ち込みと生楽器の混ぜ方、フィジカルな部分とテクノロジーに頼る部分のバランスの取り方が非常にうまいなと思いました。そこのところはどういうことを気をつけながらやってますか?
フィル「実は結構大変で、簡単ではないんだよ(笑)。多くがコンピューター上で作られていて、ライブの場ではバンドの演奏をそこに組み入れる必要があるからね。場合によってはレコードには入っていない要素を加えることもあるから、かなりの作業が必要になる」
トム「時間もかかるしね。サウンドのレイヤーの数も相当で、1つのサウンドではないし、バーナードとスティーヴンが作り込んだシンセサイザーのレイヤーを1つずつ確認しながらレベルを合わせたり、実はかなり大掛かりな作業なんだよ」
フィル「たとえば1番下にドラムループがあって、打ち込みのビートがあって、スティーヴンの生演奏がその上にあって、次にベースシンセサイザーがあってトムが弾くベースがあって(笑)。そうやってひたすらレイヤーが積み上がっていく。キーボードがあって、ギターのレイヤーがあってさ。そのすべてを組み合わせるのは本当に大仕事なんだ。でもそれこそがニュー・オーダーのサウンドになっているわけだからね。だから時々ジョイ・ディヴィジョンの曲をやるのは実はすごく楽しい。バンド演奏だけでレイヤーがないからさ」
トム「かなり自由だよね」
フィル「いい感じでニュー・オーダーの曲と対照をなしているんだ」
※ここでバーナード登場
バーナード「遅れて申し訳ない。昨夜は時差ボケで眠れなくて」
●昨日のライブがめちゃくちゃ良くて、バンドとして進化していて、今のバンドとしてニュー・オーダーがちゃんと機能していることがわかりました。その理由というか秘密みたいなものをうかがっていたんです。
バーナード「昨日のライブはすごく良かったんじゃないかな。我々も楽しかったし、観客も最高で会場も良くて、かなり手応えを感じたよ。オーディエンスから良い反応が返ってくるというのはすごく重要で、ライブというのは7割ぐらいがバンドだとしたら残りの3割は観客が担っているからね、そういう意味でもすごく良かった。
それから進化ということでは、昔のままで止まらないように非常に努力をしているんだ。ニュー・オーダーがレトロなバンドになることは決してないよ。前を向いて、どうすれば新しくなるか、まだ人々が聴いたことがないものを作るにはどうしたらいいか、常に考えているからね。リリース当時は最先端のテクノロジーを使っていても、今となっては時代遅れになっているものもあるから、新たなサウンドを加えたり現代的なものにアップデートするために色々と手を加えている。
歌詞についても、それほど多くはないけれど単語を1つ2つ変えたりしながら改良しているしね。そうやってサウンドもアレンジもアップデートしているんだ。それからテンポも若干いじっていて、言ってみればDJのようなやり方で曲から曲へとスムーズに繋がるように、もしそのためにオリジナル曲のテンポを速める必要があればそうすることもあった。
ただし“ブルー・マンデイ”だけは例外で、あの曲はあれ以上できることがない。一通り試みたけど、あれ以上良くなりようがないんだよ。でもたとえば“ビザール・ラヴ・トライアングル”のアレンジなんかは劇的に変わっているし」
トム「“トゥルー・フェイス”も違うよね」
バーナード「そう、“トゥルー・フェイス”の映像についても、我々のビジュアル面を手掛けているウォーレン・ジャクソンが、VHSカセットに録画されていたオリジナル映像をAIで新たなバージョンにアップデートしているんだ。だからかなり鮮明な映像になっていただろ?」
●コンテンポラリーなバンドでいるために必要なこと、心掛けていることはありますか?
バーナード「新しい機材を使うことと、それから経験と共に蓄積された自分の音楽の知識、この記憶装置を駆使することだね」
●たとえば今の新しいバンドやサウンド、映像などを常に吸収するといった努力をしているんでしょうか。
バーナード「新しいものを聴くっていう努力ではないね。年を取れば取るほど、16歳の頃に聴いていた音楽に戻っていくような感じだな(笑)」
フィル「それに今の新しいバンドにしたって結局あの時代のものを真似していたりすることが多いしね。音楽的に全部やり尽くされて一巡して、それが繰り返されているという世界に生きているからさ」
バーナード「こう言うと年寄りくさく聞こえるだろうけど(笑)、今時のポップミュージックの多くは少し浅いと言わざるを得ない。その多くが内容ではなくてイメージに基づいているように思えるんだ。一方古き良き時代は(苦笑)、もっと音楽的な価値があった。今のポップミュージックはイメージを売るためのセールストークで、たとえばディズニーのプリンセスがたくさんいて、彼女たちがいかに魅力的でセクシーかを売り込むために音楽が使われているというような。そういったものには魅力を感じないんだ」
トム「それに音楽はもはや謎に包まれていないと思う。子どもの頃に聴いていたアーティストにはどこか謎めいた部分があった。インターネットもないしそのアーティストについてもそれほど知識がないなかでは音楽がすべてであって、そこに惹きつけられたんだ。今はそれがない。すべてが入手可能になったからね」
バーナード「もちろん例外はあって、たとえばカニエ・ウェストのファーストアルバムなんかは例外として挙げられると思う。ただ残念ながら……」
フィル「彼はイカれちゃったけど(笑)」
バーナード「残念ながら彼は道を外れてしまったわけで、それはすごく残念だよ。初期はすごくいいものを作っていたからさ。とにかく例外はあるけれど、大多数は中身が欠落していると思うよ」
●最後の質問になります。これは絶対ファンのために訊かなきゃいけないことなんですが、新しいアルバムの予定はあるんでしょうか? もしあるとすればどういう進行状況か教えてください。
バーナード「新しいアルバムは作っていない。ん……どう言えばいいのか難しいな……新しい音楽を作りたいバンドもいれば、そうではないバンドもいる。僕は作りたい派だよ。ということだけ言っておこうか」
●なるほど。ただ昨日のライブを観ていて、必ずしも新曲を作ることだけがバンドの進化ではないというか、クリエーションではないということが非常によくわかりました。
バーナード「かなり長いこと新しい音楽を作っていないせいで、アーカイブを掘り起こしてこれまであまりやってこなかった曲を発掘することになったわけだけど、そのおかげで今回“ステイト・オブ・ザ・ネイション”をやることになったんだ。あれはここ東京で書いた曲で、実はかなり面白いいきさつがあるんだよ。
当時(1985年)来日公演を終えたあとも滞在して東京でレコーディングしたんだ。すごく良いスタジオだったんだけど、レコード会社の人が『昼間は取材をして夜に曲を書いてレコーディングしよう』と言ったんだ。僕らは『それはいいけど、いつ寝ればいいの?』と応じて、そしたら『確かに寝る時間がないね。じゃあ寝ないでやろう』と(笑)。こっちはもう『それはどういう意味? 5日間だよ?』っていう。そしたら『レコード会社もスタジオのスタッフも全員寝ないから』と言うから、いやもう『はぁ?』と。『昼間は取材、夜はスタジオ、オーストラリアに行ったら寝れるから大丈夫』とか言われて。それで『いやいやいや、そんなの無理』と言って実際僕らは寝たんだ。でもここが重要なポイントなんだけど、レコード会社の人もスタジオの人も本当に5日間寝なかったんだ(笑)。
だから3日経過した頃にはスタジオの人たちは寝不足でボロボロで、通訳の人もまともに訳せなくなっていて、もう完全にカオス状態で、食事も午後3時に用意されたものを午前3時に冷め切った状態で食べるような状態で。本当にめちゃくちゃなセッションだったけど、とにかくそこから“ステイト・オブ・ザ・ネイション”が生まれたわけ。ただまだ何かが足りなくてそのあとロサンゼルスでジョン・ロビーというプロデューサーと完成させたんだけどね。ちなみにジョン・ロビーは初期のニューヨークエレクトロレコードを数多く手掛けた人物だよ。というわけで完成したのはロサンゼルスだけど生まれたのは東京だった。だからそれを東京、日本で披露するというのもいいんじゃないかと思ったんだ」
●なるほど。そんないきさつがあったんですね。
バーナード「あとは“クラフティー”の前半を日本語で歌うっていうのもね。申し訳ないけど1曲全部は無理だった(笑)。通常ヨーロッパとアメリカでアルバムをリリースするときは日本盤にボーナストラックを収録するんだけど、あのアルバムのレコーディング後は何も残ってなくて、だから別の曲じゃなくて日本語で歌おうということになって。それで通訳2人、男性と女性に発音を書いてもらって、それを見ながら歌ったんだ。それで今ので合ってるか訊いても、日本の人はノーと言わないから、女性の通訳さんがノーって言ってくれなくてね(笑)。『合ってますか?』と僕が訊くと『んん……』とだけ返ってきて。『違ったら違うって言ってくれて大丈夫だから』と言っても『んー』て言うから、じゃあ『んー』はダメって意味だよねって言うと、『むむむむ』(踏ん張るみたいな声)と(笑)。
というわけですごく難しかった。今回1曲丸ごとはできなかったけど、日本語で歌うのは興味深かったよ。不思議なことに英語の歌詞よりも日本語の歌詞の方が覚えていて。僕の頭はどうかしてるんだ。とにかく日本との文化の違いは興味深いし、それにここが好きだしね。まあ食べ物がちょっと興味深すぎる場合もあるけどさ。昨日は腸(モツ?)が出てくるすごく変わったレストランで不思議だった」
●ありがとうございました。次はぜひニューアルバムのインタビューでお会いしたいです。
バーナード「(ニヤリと笑う)」
ニュー・オーダーの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』5月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
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