映画『百瀬、こっちを向いて。』の主題歌として書き下ろされたタイトル曲“こっちを向いてよ”。瑞々しいピアノの旋律、爽やかに高鳴るストリングスの音色に耳を傾けていると、何とも言えず甘酸っぱい気持ちで胸がいっぱいになる。映画の世界観とリンクするものをイメージしたのだという歌詞で描かれているのは、実らなかった初恋が人の心にいつまでも残す独特な感覚だ。美しい記憶としての側面を勿論帯びつつも、「とってもいい思い出です!」と100%の実感を込めながら白い歯をキラリと光らせて言い切れるものでもないのが、多くの人にとっての少年少女時代の恋模様。抜き忘れた小さな棘のようにずっと心の片隅に仄かな痛みをチクチク生じさせる存在なのだと思う。綺麗な部分ばかりではなく、むしろ残酷な性質を少なからず持ち合わせているあの非常に厄介な体験の感覚が、この曲を聴いていると静かに蘇る。思春期真っ只中のリスナーは当然強く感情移入するだろうが、すっかり汚れてしまって初々しさの欠片も持ち合わせていない大人も、特別な気持ちにならずには聴くことが出来ないと思う。(田中大)