「まだ聴いてない人、人生の汚点ですからね。」 - NICO Touches the Wallsというバンド

NICO Touches the Wallsという、音楽と真正面からとことん向き合うバンドがいる。
否、いた。

NICOと私の出逢いは2008年、Broken Youthという曲。
きっかけはもはや曖昧だがイントロの高揚感、コード進行、ヴォーカルの声、歌詞、全てが好みだった。
特に歌。私は命を削りながら歌うような、魂で歌うようなヴォーカリストが好きだ。
Vo./Gt.光村龍哉の歌声はどストライクだった。


ただそこから私は少しNICOを離れる。
というよりそこまでハマらなかった。

当時どハマりしていたのは何を隠そう奥田民生ユニコーンである。

民生さんのアルバムは全部買ったし、片道1時間強の通勤中はずっと聴いていた。ユニコーンはリアルタイムで聴けない悔しさがあった。

そんな時ユニコーンが奇跡的に再始動を遂げる。今から約10年前の出来事だ。
バンド全盛期のファンの皆様に気を遣うことなく、遠慮も一切せずチケットを取り武道館ライブに行けることになった。
開場中、ステージの上に設置された電光掲示板にファンから寄せられたコメントが流れるように表示される。
その中で、今も忘れられない印象的な一言があった。

「○○、今日はお留守番してくれてありがとう。パパとママは今日、高校生に戻ります!!」

ニュアンスなので一言一句同じではないが、開演前に涙が止まらなくなった。
高校時代に同じバンドを好きだった2人が出会って結婚して子供ができて、その後バンドが復活する奇跡。
そして何より音楽によってどんな時代にも戻れること。「あの時のあの曲」でどんな思い出も蘇ってくること。
バンド本体が終わったとしても、残してくれた音楽が人生の一部になる。




さて本題。
このたびNICO Touches the Wallsが15年のバンド活動に幕を下ろした。

多くのファンが言うように、予兆はあった。あったけど気づかないふりをしていた。認めたくなかった。もしも言葉にしたら現実になってしまいそうだった。だからきっと誰も言わなかった。
もう4人揃うところが見られなくなるなんて。

私がNICOを改めて聴くきっかけになった曲は、
かけら―総べての想いたちへ―
Brokenからの振り幅。すぐに虜になった。その当時の全アルバム・シングルを買い集めた。

記念すべきチャレンジ武道館公演にも足を運んだ。
そこで見たのは24歳とは思えない抜群の演奏技術、暗幕のかかった客席、喜び以上に悔しさを滲ませるメンバーの様子、今でこそ圧倒的な歌唱力だが当時はまだ少し不安定だった光村龍哉の歌声。
すましているのに人間臭いその姿をどこまでも追いかけたくなった。
次こそ武道館を満員にさせたい。
勝手だけどそう思った。


そこからバンドはどんどん進化していった。
1年に2枚のフルアルバム発表、1ヶ月に及ぶ籠城型ライブ、リベンジ武道館にアレンジ武道館、アコースティックの追求。40分間にわたる人力マッシュアップの「ミステリーゾーン」。

進化の過程は他の方もまとめているし、私の知識・語彙力では表せないので割愛する。悔しい。

ただ進化していくNICOについていくためにワンマンもイベントもフェスも含めて100回以上ライブを見てきた。
武道館を満員にするという、私が勝手に描いた夢も叶えてくれた。
音楽誌でも「ライブバンド」として紹介されることが増えていった。

中でもアコースティックアレンジに関しては並々ならぬ熱量を感じた。
既存曲をアコースティックアレンジした映像を特典として付けたり、ACO編成でキャリア初のビルボードライブまで行なった。
彼ら自身ACO Touches the Wallsと名乗り別バンドを強調していたが、実際にNICOとACOは全くの別バンドのように思えた。NICOは緊張感を持たせつつも音楽で遊ぶバンドだったが、ACOはそれ以上の自由度で様々な音楽ジャンルを取り入れた。
彼らによって私の中にあるアコースティックの概念が変わった。
ただ楽器を持ち替えBPMを落とすだけの話ではない。
そして音数が減っても聴かせられる程の演奏技術の向上。
何よりACO Touches the Wallsとして4人でステージに立つ姿は、肩肘を張らずに純粋に音楽を楽しむ少年のように見えた。

「ACOは不器用な僕らが手に入れた最強の武器」
最後となったツアー、MACHIGAISAGASHI’19 仙台公演のMCでそう話すほどACOには無限の可能性を感じた。これから更に飛躍していくはずだった。

とにかくNICOは上手い。曲の構成も表現もアレンジも。
でもそれだけでなく曲から、ライブから、見た目とは裏腹に人間らしさを感じられるバンドだった。

そして彼らは夢を歌うバンドだった。
“夢”という言葉が多かったな、と今になって思う。
「好きなことをしている人はかっこいい」と夢を持つ私たちの背中を押してくれた。肯定してくれた。
もしかしたらその言葉で自分たちを奮い立たせていたのかもしれない。


NICOはとにかく自分たちにしかできない音楽を追求していった。突き詰めた。
そして最後にして最高傑作となるアルバム「QUIZMASTER」を完成させた。

はっきり言って大衆受けはしない。だけど音楽センスのあるリスナーから大絶賛されるアルバム。音楽史に残る名作。
言ってたもんね、「僕らのファンはセンスが良い」って。

近年は一部から大型フェスでメインステージに立つことへの疑問もあった。確かに知名度、動員数から考えたらそうかもしれない。ステージの大きさが全てではないけど、色々言われるから私たちファンだって毎年心配していた。

でもそれ、メディアの力を借りず、流行りに流されず、もがき苦しみながら磨いた正真正銘の実力だからさ。
ろくに知らない人たちが、知った口をきかないでほしい。
ちゃんと聴いたことあるの?そんなセンスあるの?
度々そんなことを思った。


ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2019での光村龍哉の言葉をそのまま引用する。

「QUIZMASTERをまだ聴いてない人、人生の汚点ですからね」


本物の音楽を知る人達は彼らがメインステージに立つことを望んでいたんだよ。





2019年11月15日正午、彼らは新たな景色を探してNICOという空間から飛び立って行った。
バンド名にある"壁"を取り払って。
数々の名曲と短い文章を残し、ファンを置いてけぼりにして。

32歳の私がNICOと密に過ごしたのは22歳からの10年。
22歳なんて立派な大人だ。
それでも売れる売れない関係なく、彼らと一緒に音楽で遊ぶことが楽しかった。ダサいのは重々承知だけどNICOとの10年間は遅れてやってきた私の青春だった。
同世代の彼らとはお互い白髪が増えたりしわくちゃになったりしても音楽を通じて一緒に過ごしていくんだと夢見ていた。


15年続けたものを終わらせるのは相当な覚悟がいるはず。休止ではなく終了することにしたのも、発表するタイミングも、発表の仕方も、悩んで悩んで決めたはず。
そこまでして決めたのだから応援したい。
メンバーにはそれぞれ好きなことをしてもらいたい。
そしてその先で必ず幸せになってほしい。





なんてムシがいいことを言っているが、NICOが終わったなんて信じられないし、信じたくない。頭では分かっていても心が追いついていない。




私はきっとまだ受け入れられていない。




曲だって普通に聴ける。Brokenもかけらも、demonもストラトもローハイドも夏の雪も。どんなに思い入れのある曲も普通に聴けてしまう。
きっとNICOが過去のバンドになってしまった事を受け入れられていないからだ。


だから「ありがとう」が未だに言えない。

NICOには感謝しかない。沢山の幸せをくれた。沢山の人に出逢えた。踏み出す勇気をくれた。人生が豊かになった。生きる喜びを知った。

だけど今、感謝の言葉を口にしてしまったら、本当にお別れしなくてはならない気がして、どうしても言えない。

それこそユニコーンみたいにそれぞれが経験を積んで渋くてお茶目なおじさまになった頃に、他のバンドも並行しながら適度に力を入れながら、また私たちをわくわくさせてくれるんじゃないかと思っている。

NICOは今止まっているだけ。
そう思わないと心のバランスが保てない。
明るい未来を描かないと今にも崩れそうだ。


「生きていれば必ずまた会える」
この言葉を都合よく解釈して、また会える日をいつまでも待ち続けるんだ。


4人で決めたことを素直に応援できない捻くれ者なファンでごめんね。
でもそれくらい貴方達は私の人生に必要不可欠な存在になってたんだよ。

10年前ユニコーンのライブで、会ったこともない誰かの一言で、音楽がどれだけの影響力を持つのかを知った。

私も言いたい。
「○○、今日はお留守番ありがとう。ママは今日、青春時代にタイムスリップしてきます!!」
ってまだ見ぬ我が子に言いたいんだよ。

光村龍哉
古村大介
坂倉心悟
対馬祥太郎

この4人が再び揃うまで、私は何年でも待つよ。

4人で壁に向き合い、時に寄りかかったりしながら濃密な時間を重ねてきたんだもん。それぞれでやってみたら、きっと物足りなくなるんだから。
ああやっぱりNICOが一番だな、ってなるんだから。
そうなったらいつでも戻ってきてね。

だから今はNICOとの日々を振り返りながら、「あの時のあの音楽」を思い出しながら、リアルタイムで出逢えた喜びを噛み締めたい。
これからやってくるであろう困難もNICOの曲と乗り越えていきたい。


私はこれからも4人が残してくれた”何にも代え難い宝物”を聴き続ける。



NICO Touches the Wallsをまだ聴いてない人、人生の汚点ですからね。



この作品は、「音楽文」の2020年1月・月間賞で入賞した千葉県・memeさん(32歳)による作品です。


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