あなたに持っていてほしいもの - 星野源が開けてくれた心の鍵

正直言って、私はすごくつまらない人間だ。
自分の意見を言うことはもちろんできないし、全部他人に同調していた。「これを私はしたいんだ」なんて、言えなかった。

彼を初めて認知したのは2014年、中学校3年生のときだった。俳優だと思っていたその人は、調べてみたら音楽家で、俳優で、文筆家だった。いろいろなことをやってすごいなぁというのが第一印象だった。
初めて聴いた曲は確か「知らない」だったと記憶している。何気なく聴いたその歌は、私の心を包み込んで離さなかった。抱きしめられているような心地すらした。受験期だったから、プレッシャーやら不安やらそういう何かがあったのだと思う。
〈 まだ歩けるか 〉
と歌う彼の声に、涙が止まらなかった。

それから彼の歌をもっと聴きたい、彼のことをもっと知りたいと思うようになった。
彼のファンになってから、ふと感じたことがある。

私は彼がすごくうらやましかった。

「やりたいことをやるのが好きです。」
「才能があるからやるのではなく、才能がないからやる、という選択肢があってもいいじゃないか。」

彼のエッセイ本に書いてあった文章。自分の意見を言えない私にとって、その言葉はあまりにも残酷で、輝いて見えた。俺はこうするけど、お前はどうする?と問いかけられたような気がした。
どうして私にはそれができないんだろうと考えたとき、一つの思いが出てきた。

私は、一人になるのが恐かった。

自分の意見を言ったところで、誰かと食い違ったら?誰にも賛同されなかったら?きっと一人になってしまう。ただでさえ元から友人が少ない私にとっては致命的なことだった。

そして、この思いに拍車をかけたのが2015年の春、晴れて高校生になったときだった。
初めて通学に電車を使った。初めての土地にほぼ毎日行くことになった。初めての人と出会った。たくさんの初めては次第に私の心を閉ざしていった。
そして、もう一つのきっかけはクラスで自己紹介をしたときのことだった。
"好きなもの"というお題で、私は彼の名前を出した。大変失礼な話だが、当時の彼は今ほど世間に浸透していなかったので、教室からちらほらと「だれ?」という声と頭上にクエスチョンマークが浮かぶ様子が見られた。少し微妙な空気が流れる教室に「あぁ、やっぱり自分のことなんて言わなきゃよかった。もっと無難なものにして誰からも覚えられないようにすればよかった。」と心から思ってしまった。

言葉とは時に武器になる、とよく言うが、このときほどそれを痛感したことはない。周りからしたらなんて事ない一言も、私にとっては切れ味の良いナイフであり、一発で撃ち抜く銃だった。

そういうことが積もりに積もって、私は学校に行くのが苦痛になった。朝、涙が出るのを母に隠しながら支度をして家を出るようになった。学校にいるときは笑顔を見せていたが、常に寂しいような切ないような気持ちだった。高校に進学したことなんて私にとっては無意味だったんだと思った。辞めたいとも思った。

そんな毎日を過ごしていたある朝、限界を迎えたのか母に泣きながら「行きたくない」と言ったことがある。母は驚いた顔で「どうしたの」と言って泣きじゃくる私の背中をさすってくれた。初めてするずる休みだった。何もすることがなく、手持ち無沙汰な私は布団にくるまりながら音楽をかけた。
シャッフルでかけた一曲目。軽快なリズムの中で、開口一番彼が私に言う。

〈 無駄なことだと思いながらも それでもやるのよ 〉

偶然か必然か、今の自分の状況と不自然なほどに一致していて驚いた。やりたいことをやってるあなたにも、やりたくないことをやってるときがあるの?

〈 日々は動き 今が生まれる 〉
〈 暗い部屋でも 進む進む 〉
〈 僕はそこでずっと歌っているさ 〉
〈 へたな声を上げて 〉

「僕も一緒だよ」と言われたようで。
傷心中で、悲劇のヒロインぶった私がここまで思考を飛躍させるのは容易なことだった。

〈 みんなが嫌うものが好きでも それでもいいのよ 〉
〈 みんなが好きなものが好きでも それでもいいのよ 〉

本当に好きなものは南京錠で閉じ込めて、みんなが好きなものが私も好きとしてきた私の心の鍵がゆっくりと解かれる。ぴったり合う鍵というより、針金でひとつひとつ、着実に進んでいくようだった。
鍵穴から、光が漏れる。

〈 誰かそこで必ず聴いているさ 〉
〈 君の笑い声を 〉

「僕がいるから」と彼が言う。
もう少し、あと少しで鍵が開く。

〈 神様は知らない 僕たちの中の 〉
〈 痛みや笑みが あるから 〉
〈 そこから 〉

かちり、と音がして、鍵が開く。
落ちた南京錠を拾い、もう片方の手で彼が私に手を差し伸べる。

神様は超えられる試練しか私たちに与えないという。その試練を超えることができるのは、自分自身の力と、誰かの支えがあるからだと私は思う。
あなたは私に手を差し伸べてくれたから。
「明日は学校行くよ」
今度は私の番なんだ。
何もしないまま日が暮れ、夜が深まっていく。ずっとダラダラしていたから眠れるかなあと思いつつ、また布団に入る。暗く長いトンネルの向こう側に見える出口のように、煌々と光る満月が印象的な夜だった。

〈 日々は動き 今が生まれる 〉
〈 未知の日常を 進む進む 〉

翌朝も憂鬱な気持ちは変わらなかった。そんな一瞬で変わるわけないかと自分に言い聞かせながら朝の支度をする。
今までの日常を変えるため。

〈 夜を越えて 朝が生まれる 〉
〈 暗い部屋にも 光る何か 〉

あなたが導いてくれた光に辿り着くため。

正直言って、私はすごくつまらない人間だ。自分の意見を言うことはもちろんできないし、全部他人に同調していた。「これを私はしたいんだ」なんて、言えなかった。
今までは。

「今日寒くない!?なんか買お!何飲む?」
友達が私に問いかける。
「私ミルクティー飲みたいな」
そう答えた私に友達がニッと笑う。
「いいね!私もそうしようかな!」

手にしたミルクティーの温かさは、あの時、あなたが導いてくれた光の温かさとよく似ていた。

星野源さん、あなたが私の心の鍵を開けてくれたことで、私は変われた気がします。
それは他の人からしたら小さな一歩かもしれないです。でも、私にとっては貴重な一歩でした。
あの時の南京錠と鍵代わりの針金はあなたに持っていてほしいです。もう私が心に鍵をかけないように。もしそうなっても、あなたがまた開けられるように。

私の心には、今でも彼の歌が響き、温かい光が降り注いでいる。


この作品は、「音楽文」の2018年2月・月間賞で入賞した東京都・ちゃきさん(17歳)による作品です。


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