ヤマサキセイヤが歩き続けるために。 - キュウソネコカミと私の人生はまだまだ続く。

人の上を歩き、私の心の中を歩く。
思いやりとマナーを考えながら、私は彼を支え続け、彼は歩き続ける。

今日もヤマサキセイヤ含めキュウソネコカミは輝いていた。

5年ぶりに帰ってきた梅田シャングリラ。RIJFのGRASSステージに立った彼らがキャパシティ350人の箱で音を鳴らす。

これが西宮から来たキュウソネコカミなんだとふと感じる。

5年前に、同じ場所で音を鳴らしていたときの彼らを当時の私はまだ知らなかった。人生に転機は付き物であるように、バンドとの出会いも一期一会なのだろうか。毎日をただ過ごしていただけの学生時代のある日、彼らと出会った。某動画サイトを適当に眺めていたときに関連動画に出てきたそれ。「サブカル女子」。皮肉たっぷり、しかしボーカルの言葉が、声が、直接耳に届く。「私のことか?」。

その日から今日までの数年、キュウソネコカミと共に生きてきた。

記憶に新しい、NHKホールで見た新しくも挑戦的な5人の輝きや、神戸ワールド記念ホールで行われた、ソールドアウトにならず悔しかった国内ファイナル (もちろん言うまでもなく最高であった)。遡れば2年前、なんばHatchで聞いた1年ぶりワンマンライブの音、もっと言えば、たくさんのロックフェス、公開ラジオ。

多くはないかもしれないが、いろんなところで彼らを見てきた。どれを思い出しても、彼らは彼らのままでいてくれて、私もそんな彼らが好きだ。それは決して悪い意味ではなく、常にファンとの距離を一定に保ち続け、常にどこか親近感がわいてしまう、彼らは変わっていないと思わせてくれる言動をくれるところにある。しかし毎分毎秒の速さで、ロックバンドとして大きくなり続けていることももちろん知っている。この絶妙な距離感がまた、ファンを惹きつける魅力だ。

7月13日。NHK大阪ホールで行われた越えていけ編では、ホールならではの演出がたくさんあり、とても新鮮で、そしてキュウソの新境地を感じた。現実的な10年、20年後の彼らを考えることが出来た。

そしてThe band編。
初ワンマンをしたライブハウスを回って、物理的に彼らとの距離を感じることができるエモーショナルすぎるツアー。随時SNSにUPされる集合写真を見ているだけで熱いものを感じ、ライブ当日までに早くもエモーショナルだった。楽しみだけど始まってしまうと終わるという事実を受け入れられない。

2018年8月16日、19:00。それは始まった。

ライブも中盤、ここぞと言うときに耳に届いてきたメロディー。ブルースだ。350人全員で一節を歌う。ヤマサキセイヤは歩く。

昔から形変わらず何度も何度も人の上を歩いてきた。決して崩れることはない。彼は人の上を歩き続け、私の心の中をどんどん歩く。

「いつかは必ずさようなら。」(ブルース)

重い。

この言葉を聞くたびに、ロックは永遠だが、ロックバンドに「永遠」がないことを感じ、キュウソネコカミの覚悟や本気を感じる。同時に矛盾ながらロックバンドでありたいだけのキュウソネコカミを「永遠」に支えたいと強く思うのだ。

共に人生はまだまだ続く。
キュウソネコカミに出会えたおかげで、ただ生きていた日々から、いつか必ずくるさようならの日までをいかに愛して生きるか考えるようになった。

大好きなバンドが解散や休止といった寂しいことにならないようにいかに支え続けるか。

The bandが聴こえてくる。

ロックバンドでありたいだけの彼らと、音楽を鳴らし続けて欲しくて、新曲を心待ちにしている私を含めた大勢のファン。両者が同じ梅田シャングリラという小さな箱の中で、リアルタイムで音楽を、ライブを、彼らを感じることが出来るあの瞬間。エモーショナルで、その場の匂い、触れ合い、救い合い、汗、表情、といった「音源じゃ伝わりきらない細かい感動」がそこには溢れていた。

ヤマサキセイヤにはこの先もずっと歩き続けて欲しい。
私はこの先もずっと支え続けたい。

その為に、私は言い続ける。
「新曲ありがとぉぉぉ!!!!!」と。


この作品は、「音楽文」の2018年9月・月間賞で入賞した京都府・ハルカ ムラカミさん(24歳)による作品です。


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