そして物語は続く - 斉藤壮馬『in bloom』

歌手として活躍する声優は実に多い。先日CDデビュー4周年を迎えた斉藤壮馬もまた、その中の一人だ。加えて彼はシンガーのみならず、ソングライターの顔も併せ持つ。
10代の頃からバンドを組み曲を作り、多種多様な音楽を聞き漁ってきた斉藤と、彼を支えるプロフェッショナルたちの、造詣と遊び心が噛み合ったトラック。読書家として知られ、日常的に文章を綴り続けている彼ならではの、磨かれた言語感覚から紡ぎ出されるリリック。さらに、声優業を通じて培った技巧と表現力が光るボーカルワーク。
それらが三位一体となった斉藤壮馬の音楽は、人気声優が歌うポップミュージックとしてのさわやかで親しみやすい顔を保ちながら、その奥に音楽への並々ならぬ執着と偏愛を忍ばせている。同時に、優れた文学作品のように、独自の視点で世界を切り取ってもみせる。

2020年12月リリースの2ndフルアルバム『in bloom』は、全ての作詞作曲を本人が担い、斉藤壮馬の音楽活動第2章を謳って紡がれた作品である。テーマは「季節のうつろい」「世界の終わりのその先」。
音楽的なアプローチは、彼の血肉でもある00年代ジャパニーズロック、あるいはUKやUSの香りを感じさせるバンドサウンドを中心に、ファンク、ボサノヴァ、ヒップホップまでバラエティに富んでいる。柏倉隆史や高橋宏貴、小野武正らゲストミュージシャンのプレイも頼もしく、文字通り「花ざかり」、聞き応えのある一枚だ。
一方、アルバム全体を貫くのは、どこか退廃的で享楽的なムード。少しさみしげでけだるげ、それでいてみずみずしく美しいこの作品のたたずまいには、妄想と現実のあわいをファジーに溶かしてまるごと抱きしめるような、不思議な包容力がある。そこに一種の救いを見いだすリスナーは、きっとわたしだけではないと思う。

たとえば、ボサノヴァ調の『キッチン』、サックスのリフが耳に残る『ペトリコール』、ブリティッシュロックへの憧憬にあふれた『Summerholic!』といったナンバーは、一見キュートで軽やかな印象を与えるが、やけにアッパーな主人公がウキウキと過ごす部屋の外には、ひょっとしたら荒廃しきった終末世界が広がっているのかもしれない――そんな突拍子もない想像さえ誘う違和感が、音と詞の隙間に見え隠れする。彼らには何が見え、何が聞こえているのか。果たしてそれらは実在するのか?
日常からノーモーションで非日常へと接続するスリル。あるいは、心象風景の具現化。それはこのアルバムのジャケットで、本やレコード、絵画やファブリックに囲まれた居心地の良さそうな室内が、実は屋外に建てられた張りぼてのセットであることとも通じている。麗しくも翳りのあるアートワークは、『in bloom』の世界観を形成する重要なファクターだ。
かつての非日常が日常となってしまった今、虚実の境界があいまいな物語は、かえって生々しく肌に迫る。「世界の終わり」と「その先」は、日常の皮をぺらりとめくったすぐ向こう側に、当たり前の顔で存在しているのかもしれない。彼の描き出すそういった楽曲たちがもたらすのは、恐怖や諦念よりもむしろ、奇妙な安寧だ。
ゆるされている、何かに。つながっている、何かと。反転を繰り返す内と外、重なる個と全。すべてがとけあい、ひとつになってゆく。そんな感覚が、指先から染み入るように、静かに押し寄せてくる。さみしさと表裏一体のぬくもり。アルバム終盤、8分を超える壮大なシューゲイザー『いさな』は、そうしたイメージの集大成といえよう。

役者という生業ゆえか、斉藤壮馬は音楽活動においてもストーリーテラーだ。デビュー曲『フィッシュストーリー』は、「フィクションを歌い続けることの覚悟」をテーマに、オーイシマサヨシに制作を依頼した楽曲である。いわば、タイトルページに記された「この物語はフィクションです」という断り書きであり、「ぼくが歌うのはメッセージソングではありません」という逆説的なメッセージソング。アーティスト・斉藤壮馬の所信表明といっていいかもしれない。
楽曲に自身の思想は託していない。あくまで楽曲ごとの物語が存在するだけ。それだって作り手の想定が絶対ではないから、自由に読み解いてもらいたい。これが、デビューから最新作『in bloom』に至るまで、一貫して変わらない彼のスタンスだ。
世界の果てで、彼は物語を紡ぎ続ける。さながら吟遊詩人のように、書き、奏で、歌う。
街から人が消えてしまっても、季節はうつろう。雨が降り、太陽がそれを乾かす。やがて草木は芽吹き、可憐な花をつける。誰に見られることはなくとも。
いや、そこには彼の透明なまなざしがある。世界の営みそのものを慈しむような。

世界中が嘆き、苛立ち、混乱のさなかにあった2020年――街から人が、音が、光が失われていった年の終わりに、まるでつぼみがほころぶように生まれた一枚のアルバム。
新しい年を迎え、夏の気配が漂い始めた今もなお、混乱は収まるどころか広がり続けるばかりだ。相も変わらず「世界の終わり」に向かって沈み続けている日々の中、フィクションのようなノンフィクションを生きるわたしたちにとって、『in bloom』は廃墟に咲いた花のごとく、「その先」を照らす光のひとつになりうるのではないかと思う。
わかりやすい激励のメッセージはない。あるのは美しいエンドロールと、その先に待つ物語の予感――「終わり」の後も淡々と続いてゆくであろう世界のイメージだけだ。けれど、だからこそ救済たりうる、自身の抱えた空洞にフィットすると感じる受け手は、決して少なくないだろう。悪意の、あるいは善意のメッセージに押しつぶされてしまいそうな誰か、近くて遠い物語を必要とするどこかのあなたに、今こそ届きますように。


この作品は、「音楽文」の2021年7月・月間賞で入賞した東京都・西山ちかさん(37歳)による作品です。


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