横浜アリーナにばっくれる準備はできている - 終わらない旅をフレデリックと

《指を折って君をずっと待っているから》。



フレデリックの〝逃避行〟を聴きながら、私は2月24日を待っていた。かれこれ1年前からずっと、指折り待ち望んでいる日。《君とばっくれたいのさ》というサビを聴くたび、まだ見ぬ2月24日を想っては胸躍った。


私の誕生日ではない。恋人との記念日でもない。横浜アリーナにて、フレデリックがライブを行うその日だ。北海道に住んでいる私が新千歳空港を発ち、成田空港からさらに電車を乗り継いで、目指すのは新横浜駅。横浜アリーナは私の旅の目的地であり、フレデリックが1年にわたって巡ってきた長い長いツアーの終着点でもある。




昨年4月から今年の2月にかけて、彼らは4つのシーズンに区切ったツアーを敢行している。コンセプトやライブハウスの規模をそれぞれ変えながら。「シーズン」という区切り方は海外ドラマのようでもあるが、日本を彩る「四季」をもまた思わせる。しかし、それならば、なぜ四季になぞらえて4つのシーズンで終わるのではなく、年を跨いで5つめのシーズンをもって締めくくることにしたのだろう。「FREDERYTHM ARENA 2020 ~終わらないMUSIC~」と銘打たれた横浜アリーナ公演は、ツアーファイナルにあたる。フレデリックはなぜ、長旅の終着点に横浜アリーナを選んだのか。



横浜アリーナの収容人数は17000人。ミュージシャンならだれもが憧れるであろう武道館のキャパシティ、約14000人を遥かにしのぐ。ちなみにフレデリックは武道館のステージに立ったことがない。バンドドリーム溢れる武道館という地を踏まずして、そのキャパシティを優に超える横浜アリーナを晴れ舞台に選んだのは、ドラマー・高橋武が横浜出身であるのが大きい。


フレデリックは神戸で結成された。バンドの故郷、神戸ワールド記念ホールでワンマンライブを成功させたのは2018年のことだ。横浜出身の高橋武が正式加入したのは2017年。結成当初はkaz.という前任のドラマーがいた。kaz.が抜けた上京後に加入することになった高橋武は、神戸とのゆかりが直接ある訳ではない。2年前の神戸ワールド記念ホール公演は、フレデリックというバンドにとっての凱旋ではあっても、「現・フレデリックの4人」にとっての凱旋公演とは言い切れなかった。


横浜アリーナ。高橋武が自身の成人式で訪れ、高校生のころバンドの大会でも立ったという縁深いステージを、現在のフレデリックのカラーで染める。そうすれば、神戸と横浜というふたつの故郷への凱旋を、4人でともに果たせることとなる。一足飛びにいきなり武道館や紅白へ進むでもなく、まずは故郷へ恩返しをする。彼らの歩みはどこまでも着実である。


歩みの堅実さ。それこそが、今のフレデリックを紐解く鍵となる。故郷での横浜アリーナ公演を行う前に、彼らは1年に及ぶツアーを回る。単発ライブをドンと1本やって終わり、ではなく、4つのシーズンを歩むべき理由がきっとある。それぞれのシーズンに込められた意味を、ひとつずつほどこう。









まずはSEASON1。4/13、新木場STUDIO COASTにて行われた「夜にロックを聴いてしまったら編」は、「春」にあたる。開催日時はまさに春真っ只中であるし、ツアータイトルにもなっている〝夜にロックを聴いてしまったら〟の歌詞にも注目したい。本曲は、こんな冒頭から始まる。


《夜にロックを聴いてしまったら 春がはじまった》。


SEASON1は、これから「春」というはじまりの季節が、そして1年にも及ぶ長いツアーが幕を開けますよ、という開幕宣言だろう。リリース間もないアルバム『フレデリズム2』から数多く新曲が披露されたほか、アコースティック編成や、〝人魚のはなし〟をアカペラスタートにアレンジするなど、最新のフレデリックをこれでもかと魅せる。極上のロックを受けてあかるく花開いた光は、この先に続く季節を照らしていく。これからの道筋を照らす、指標となる一夜だった。






次いでSEASON2「リリリピート編」では、初めての全国ツアーで回ったライブハウスに凱旋する。6/4から7/9に敢行されたこのツアーは「夏」。真夏というより初夏のような期間であるのは、夏フェスとの被りを避けるためだろう。


「初心を忘れないのはいくらでも出来るけど、それを行動で示したい」という想いのもと、2015年に訪れた全国10ヶ所のライブハウスを回る。私が参加した札幌COLONYのキャパシティはなんと180だった。横浜アリーナの100分の1しかない。箱庭みたいにコンパクトなライブハウスのなか、〝SPAM生活〟〝DNAです〟と当時のセットリストに入っていた曲を現在のモードでなぞったかと思えば、新しいアルバムからの曲も惜しみなく演奏する。


「リリリピート編」という名にも関わらず、本ツアーでは〝リリリピート〟をやらなかった。その理由はきっと、歌われなかったこの曲に込められている。《リピートして 今までの関係も 全部リセットするわけないわ 全部背負ったまま》。昔と同じ会場をリピートしながら、今まで積み重ねたものを背負って各地に持ち帰る。これまでの道のりを見せつつも、今この瞬間が最も格好良いのだということを、つまりは過去に踏みとどまらず先へ進んでいく決意を示した。それが「夏」にあたるSEASON2の役割だったのではないか。






SEASON3「UMIMOYASU編」。10/11から10/22にかけて地方を回ったこのシーズンは「秋」。「UMIMOYASU」とは「海燃やす」のローマ字読みである。耳馴染みのないこの言葉はフレデリックの造語で、海を燃やすぐらい有り得ないことを起こそうという意味らしい。そんなUMIMOYASUは「海を燃やす、っていう有り得ない事を現実に変えるイベントを作りたい」という意向のもと、インディーズ時代から行われてきた対バンイベントだ。


私は仙台Rensaでの公演を観た。対バン相手はキュウソネコカミ。兵庫の先輩が沸きに沸かせたフロアへ、油を注いで轟々と炎をともすような圧倒的なアクトだった。「UMIMOYASU」というタイトルになぞらえ、前半ブロック最後の曲には〝アウトサイドの海〟が配置されていた。真っ赤な照明がステージいっぱいにひろがったとき、「海が燃えている」と思った。曲と演出だけでツアータイトルを回収する鮮やかさ。


〝アウトサイドの海〟を燃やし終えると、〝オワラセナイト〟で後半戦へ突入する。《終わらせないと なにもはじまんないからもったいない》。海を燃やしたい、というのがこのツアーの趣旨ではあるけれど、燃やしたらそれでゴールではないのだ。海を燃やす、つまり不可能なことを可能に変えてからが本当のはじまりなのだと、提示されるようだった。それがSEASON3、「秋」。






SEASON4「VISION編」は主要都市を巡るZeppツアー。11/16から12/14という期間は「冬」ど真ん中である。初日を飾ったZepp Sapporoでは大粒の雪が降っており、入場列にて待機していた観客は、それぞれのタオルを頭に被ってしのいでいた。かなり昔のグッズと思われるデザインから今ツアーのものまで、フレデリックの歴史が色とりどりに並んでいて、今までの歩みを垣間見た。


ステージへ幾何学的に張り巡らされたネオン管と、4つ置かれたアナログテレビのようなモニター。Zeppだからこそできる演出を活かし、耳だけでなく視覚にも訴える「VISION編」。気合十分に繰り出される曲のさなかにも、ネオン管を縦横無尽にライトが巡り、レーザービームが走って、曲の持ち味を引き立てる。アンコール1曲目、アコースティック編成で歌われたのはなんと本編1曲目だった〝VISION〟。同じ曲をまるで違った雰囲気で聴かせる表現力に、様々なビジョンを見せていくフレデリックの真髄に触れた。


アンコールラストは〝終わらないMUSIC〟。ここで思い出してほしいのがFINAL公演のタイトルだ。「FREDERYTHM ARENA 2020 ~終わらないMUSIC~」。私はてっきりこの曲をファイナルに取っておくのだと思っていたので困惑したが、「VISION編」が横浜アリーナへの最後の橋渡しだったと考えれば腑に落ちる。SEASON4の最後にこの曲を持ってくることで、FINALへ道を繋ぐ。4シーズンにわたって架けてきた最後の橋を、この曲で渡し終える。私たちの目へ、耳へ、そして心へ、最新のフレデリックのビジョンを手渡したSEASON4は「冬」。






SEASON4とFINALのあいだに、突如として「フレデリズムツアー特別公演 2020-LIGHT LIVE♩=90~130-」なる単発ライブも挟まれた。三原健司・康司が30歳を迎える前に、これまた故郷である神戸VARIT.へ凱旋する意味合いもあったのだろう。BPMが90から130の曲のみで構成されたこの公演は、〝たりないeye〟で締めくくられた。《君と見る景色が足りない》。特別公演ということで、5シーズンとは関連性がないのではと思っていたけれど、横浜アリーナへ目線が向いていることを確かめるには充分だった。






そして。2/24、横浜アリーナにて行われる「終わらないMUSIC」がファイナルを飾る。2019年4月、新木場から出発した列車を全国各地乗り継いで、年を跨いだ長旅はようやく新横浜にて終着を迎える。


夜にロックを聴いてはじまった春は、たくさんの街に花を咲かせながら夏を泳ぎ秋へ続き、そして冬となって季節を閉じる。これまで紡いできたすべてのシーズンにそれぞれ意味があり、色があった。季節巡るたびに異なる花を咲かせてきたフレデリックは、とうとう未知なる5つめの季節へ進んでいく。


1年にわたって紡がれてきた5つのシーズンは、横浜アリーナにて終焉を遂げることになるけれど、でもきっと、季節は終わったとしても音楽は終わらないのだ。四季になぞらえて4つのシーズンで完結させるのではなく、その先に5つめのシーズンを設けたのは、そのことを見せたかったからかもしれない。《トンネルを抜けたその季節へ 一歩踏み出して》、その先になにが待ち受けているかはまだわからない。

ひとつだけ言えるのは、この長い季節が終わっても、まだまだフレデリックの旅路は終わらないということ。









1年にわたるツアーが行われるとの発表がなされたとき、高橋武は〝逃避行〟という曲になぞらえてこんなツイートをした。


「長いツアーを経て、横浜アリーナに逃避行しよう。待ってます。」(2019/2/18)




この1年ずっと楽しみにしていた横浜アリーナで、果たしてどんな曲をどんな色で聴けるのか、どんな演出に彩られたどんな季節へ連れていかれるのか、そこで私がどんな表情を浮かべてなにを思うのか。2月24日が訪れるそのときまで、プレミアムパスを握りしめながら、フレデリックが辿り着こうとしている長いツアーの終着駅についてあれこれ想像していようと思う。






靴紐は結んだ。髪も束ねた。フレデリックに手を引かれて、まだ見ぬその先へ走っていく支度は整えた。


横浜アリーナにばっくれる準備は、できている。




この作品は、「音楽文」の2020年3月・月間賞で入賞した北海道・あおさん(22歳)による作品です。


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