失望に覆われた現実を救う虚構 - ゴリラズは愛と希望を選んだ

ゴリラズのニュー・アルバム『Humanz』を何度も聴いている。このアルバムに関する最初の大きなニュースは、収録曲「Hallelujah Money」のMVだった。トランプ・タワーのエレベーターで撮影されたというそれは、ドナルド・トランプの大統領就任式の前日、1月19日に公開された。
これは言うまでもなく当てつけだ。タイトル通りお金バンザイ!と歌われる「Hallelujah Money」は、奇しくもトランプを揶揄する歌になってしまった。しかも悲しいことに、この揶揄は当たった。政治的混乱はいまだ収まらず、イスラム圏7ヶ国からの入国を禁止した大統領令をはじめとした愚行も枚挙にいとまがない。こうした差別的言動を繰りかえすトランプの台頭は、多様性を否定する排外主義の象徴として、多くの人を不安に陥れている。
そうしたトランプの台頭が『Humanz』に影響をあたえたことは、ステレオガムのインタヴューでもデーモン・アルバーンが述べている。しかしアルバムを聴いてみると、トランプに言及した歌詞はない。ビルボードに語ったデーモンの言葉によると、トランプに名声をもたらしたくないという理由で、トランプのことを歌った歌詞は削除したそうだ。これを聞いて “なんと及び腰な!” と思った人も少なくないはず。でも筆者は、そこまでトランプ以降の世界を意識していることに驚いた。ゴリラズは、デーモンとジェレミー・ヒューイットを中心としたヴァーチャル・バンドであり、だからこそ現実世界の出来事が大きく影響をあたえることはなかった。ゴリラズとして私たちの前に表れるのは、2D、ヌードル、マードック、ラッセルという架空のメンバーで、デーモンでもジェレミーでもない。ゴリラズは頑なに虚構という箱庭を守っていた。ところが『Humanz』に関しては、トランプ以降の世界という現実が反映されている。それは、ゴリラズという虚構の危機を意味する。否応にも、デーモンは自身のパーソナリティーを出さざるをえなくなった。少なくともデーモンはそう感じたのではないか。
興味深いのは、そのような状況自体がひとつの風刺になっていることだ。ゴリラズといえば、これまでさまざまなアーティストをゲストに迎え、作品を作ってきた。そのおかげでゴリラズの音楽も非常に多彩なものとなり、文字通りの多様性を獲得してきた。これこそゴリラズの魅力なのは言うまでもない。
しかし『Humanz』には、そんな多様性を否定するトランプが少なからず関係している。そのせいで、これまでのゴリラズには見られなかった、現実世界の反映という結果がもたらされた。排外的姿勢を隠さないトランプのせいで生活が一変した人も少なくないことは、先述の大統領令によって、アメリカに入国できない人もいたという事実がハッキリ示していると思うが、こうした人たちの状況とゴリラズを取り巻く状況は重なるように見える。ここまで何度が書いたように、ゴリラズもまた、トランプの登場によって変化を迫られたからだ。

『Humanz』は「I Switched My Robot Off」というイントロからはじまり、続く「Ascension」で〈空が落ちてくる〉と歌われる。つまり「Hallelujah Money」のみならず、アルバム全体で現実世界に向けた揶揄や皮肉を表現しているのだ。だが、そうした揶揄や皮肉を積み重ねてたどり着くラストは、デーモンとノエル・ギャラガーが〈僕らには愛し合う力がある〉と叫ぶ「We Got The Power」だ。これはまぎれもなく、愛と希望を歌っている。しかも、ブリットポップ全盛の90年代にさんざんいがみ合ってきたデーモンとノエルがだ。そんな2人を祝福するように、ジェニー・ベスが情熱的なアジテーションを加える。少しばかり厭世的なところもあるデーモンだから、半ば世捨て人のような視点から失望や悲しみを歌うこともできたはず。しかし、そこでネガティヴな感情に浸らず、素直に愛と希望をあらわにするのが『Humanz』でのデーモンだ。そろそろ私たちも、そこまで切実にさせるものと向き合わなければいけない。


この作品は、「音楽文」の2017年6月・月間賞で最優秀賞を受賞した苅野 雅弥さん(28歳)による作品です。


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