スガ シカオとエレファントカシマシが歌う「東京」 - そこに生まれ育った人たちが歌う東京ソングは、生々しいけど信頼できるという話

スガ シカオエレファントカシマシのファンだ」と言うと、「嘘だ!」と言われる事が多い。
どこかシニカルで冷めた目線が売りのスガ シカオと、まっすぐで熱い男のイメージがあるエレカシとでは、ファン層がかぶる事などあり得ないのだそうだ。

俺自身がどう見られているのかはわからないが、どちらに対して意外がられているのだろうか。
「お前みたいなひねくれた奴が、エレカシのストレートなメッセージに共感するわけがない」と思われているのか、「お前みたいな熱血昭和男に、スガ シカオのアーバンで影のある魅力が理解できるはずがない」と言われているのか、それはわからない。
だが俺は、双方には意外と共通点が多いと思っている。

スガ シカオとエレファントカシマシ、確かにその音楽性はあまりにも違う。
ではなぜ、俺は双方にシンパシーを感じるのか。
それはスガ シカオと、そしてエレカシのほぼ全ての曲の作詞作曲を担う宮本浩次、この二人が歌う東京が好きだからだ。

スガ シカオとエレファントカシマシ両方のファンは全国に7人いると言われている。
今回はその貴重な七人の侍の中の一人である俺が、二人の共通点を挙げながら、おそらくその根底にあると思われる「東京感」について掘り下げてみようと思う。


まずはじめに、スガ シカオと宮本浩次は共に1966年生まれ。同学年の同い年である。
この1966年という年、丙午(ひのえうま)の迷信の影響により、その前後の年に比べて極端に出生率が低い。だが丙午のミュージシャンという括りで見ると、吉井和哉斉藤和義トータス松本スカパラ沖祐市と谷中敦など、気味が悪いほど豊作だ。彼らは「ROOTS 66」なる1966年生まれのミュージシャンが一堂に会するライブイベントを開催するなど交流がある。

そして、スガと宮本は二人とも東京で生まれ育っている。


スガ シカオは渋谷区の出身で、小学校卒業と同時に下町エリアに引っ越しているのだが、その時は生まれた街とのギャップに随分とショックを受けたようである。
都心渋谷と下町とでは、同じ東京23区でも景色や印象はかなり違う。1970年代後半、スガ少年が新たな暮らしをスタートさせた街には犯罪や貧困が溢れ、塾帰りの夜のアーケードには、まるで縦列駐車のようにたくさんのホームレスが寝ていたという。
中学以降の多感な時期をそんな下町で暮らしたという経験は、彼の作品性に大きな影響をおよぼしている。以下にその「下町の青春」が顕著に見える曲の歌詞をいくつか抜粋しよう。

〝雨がやんだ後の むっとした空気の中で
 はじめて見る街の 景色にドキドキしてた
 高いエントツと 機械油のにおい
 生まれた街の 靴じゃ歩きにくいみたい〟/『June』

〝君がずっと顔に ハンカチあててる理由は
 ぼくの街や河の臭いが たまらないわけではなくて
 たぶん 春の花粉のせい〟/『黒いシミ』

〝街の子供の影を食べるという オバケエントツの黒いケムリ
 胸に染み込んだ卑屈と無気力は ぼくらそのケムリを吸いすぎたせいさ

 君は ぼくの街 こんな街 好きになってくれるかな…〟/『オバケエントツ』

とまぁ、これはほんの一部だが、その他にも下町の景色やそこに生きる人々の日常を生々しく描いた歌が、その長いキャリアの中で相当数ある。ここでこの3曲を挙げたのは、歌詞の舞台になっているのがピンポイントで同じ場所ではないかと推測できるからである。

その一方で、スガ シカオのパブリック・イメージとも言える「都会的で繊細な描写をファンクというオシャレなサウンドに乗せて歌う」という作品も、変わらず大きな柱として持っている。
まるで『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケットのような、摩天楼の谷間を木枯らしに凍えて肩をすくめながら歩くカップルが目に浮かぶ『愛について』や、夜の渋滞の中をゆっくり進む車の明かりを川に例えた『光の川』などがいい例だろう。
ちなみに『愛について』の歌詞には〝夜がきて あたたかいスープを飲もう〟という一節があるが、「夜にスープを飲む」という発想がもう都会者の発想だ。俺なら「こたつにて あたたかい汁を飲もう」と作詞するだろう。

このように、本来なら一人の人間の中に同居しないであろう相反する肌感覚というものが、図らずも自身の生い立ちをもってして高純度で両立されている。


そして宮本浩次であるが、彼は東京都北区にある赤羽という街で生まれ育っている。
その中でも宮本が暮らしていたのは赤羽台団地という全部で55棟あるマンモス団地で、敷地内に小学校が2つ、中学校が1つあったという。
赤羽という街も、令和となった今もなお昭和の香りを残す典型的な東京の下町である。

そんな宮本少年、実は小学校3年生〜5年生までの間、NHK東京児童合唱団に所属していた。当時から歌唱力が抜きん出ていた宮本少年は、NHK「みんなのうた」にて『はじめての僕デス』という曲で、ソロとしてレコードデビューを飾っている。後のエレファントカシマシ宮本浩次、10歳の時である。

前述したように、赤羽台団地はその中だけで生活の全てをまかなえてしまうほどの巨大なコミュニティだ。だが宮本少年は、週に2〜3回のペースで地元赤羽から母親と共に電車に乗って渋谷のNHKへと通う生活をする。合唱団の一員として声楽指導を受けるためだ。
当時スガ少年が元気に遊んでいたであろう渋谷で、宮本少年は赤羽とは別の文化を体験する事になる。

当時の合唱団はほとんどが女子で、その中に男子は1割程度だったらしい。歌の上手いどこかお上品な子供たちの中に混じってレッスンを受け、中でも特別上手かった宮本少年はソロとしてレコードまで出してしまう。完全なるスター。それはそれはモテたらしい。

後に宮本は当時を振り返り「赤羽は現実の象徴で、渋谷は理想の象徴だった」と語っている。
無理もない。年端もいかない小学生が、地元からせいぜい電車で20〜30分の距離を移動しただけで夢のような世界が待っているのだ。
だからこそ、地元赤羽に帰った時に感じるギャップは相当なものだったという。

くしくも簡単に行き来できる距離の都心と地元だったからこそ、やりきれなさを感じていたのかもしれない。その思いが大人になってからも心の奥底では消えていないのではないだろうか。以下にそれが垣間見られる曲の歌詞をいくつか抜粋してみる。

〝オレは小学校五年の時 仲間から取り残されて 無意味なる気遣いの習慣を得た
 雲の切れ間の陽の光あびて テリトリーの違いが身にしみた〟/『ロック屋(五月雨東京)』

〝立派な大人になりたいな
 確かな仕事をしとげたいもんだな、ああ〟/『地元の朝』

〝地元のボウズ
 かつてはどでかい何かを追ひかけて。
 地元のボウズ
 愛情と友情と道徳の全てをうけもった。〟
 
〝地元のダンナ どこやら卑屈な笑顔でしみじみと。
 結局何にもしてねえ。
 高みをのぞんでは敗れゆくのが…〟/『地元のダンナ』

宮本は今でも「大スターになりたい」と口にする。俺たちファンから見ればとっくの昔から大スターなのだが、本人が言っているのはそういう事ではないのだと思う。
宮本が醸し出すあの唯一無二の哀愁は、もしかしたら10歳の頃に渋谷で思い描いた理想の自分に対する劣等感なのかもしれない。


このように、スガ シカオと宮本浩次の二人は少年期に東京の都心と下町との間を行き来し、その両方を深く味わったという点が共通している。
そしてそれぞれに大きなギャップを感じ、その体験が自身の原風景となって作品に表れているように思うのだ。


ここでひとつ、忘れてはならない曲を紹介しようと思う。
エレカシの東京ソングといえば、やはり『東京の空』だろう。

〝ああ 街の空は晴れて ああ 人の心晴れず〟

もうこのワンフレーズの殺傷能力よ。
12分超えという長尺の曲だが、この冒頭のワンフレーズで全て言い切られていると言っても過言ではない。そして全編にフィーチャーされたジャズトランペッター近藤等則による泣きのトランペットが殺伐とした都会の風を連想させる。

そして、宮本が描く東京の歌にはある特徴が多く見受けられる。それは都市と自然との調和である。

この『東京の空』にしてみても、殺伐とした都会の空を歌うのと同時に〝山越えて谷越えて〟や〝山の中 深い森の中〟といったフレーズが散見される。つまりコンクリート・ジャングルとしての東京を歌うのではなく、自然との対比によって都会の姿を浮かび上がらせている。

たとえば他の曲でも、楽しそうに花見に興じる人たちを遠目に見て羨ましがる『上野の山』や、〝東京はかつて木々と川の地平線〟と昔の東京の姿に想いを馳せる『武蔵野』など、その手法は多くの曲で見られる。単に散歩が趣味の宮本が好む視点というだけで、特に深い意味はないのかもしれない。だが結果的にそれが、東京が血の通わぬ偶像のような大都会ではなく、木々があり川があり、確かに人々が生活する街であるという事を認識させている気がする。

そして東京には、都心の高層ビル群の真ん中でありながら森が存在し、都市と自然が見事に調和した場所がある。なおかつそこは、エレファントカシマシというバンドにとっても縁の深い場所である。
そう、日比谷野外音楽堂。通称「野音(やおん)」だ。
エレカシはこの野音で、1990年から1年たりとも欠かす事なく毎年ライブを開催している。そんな野音はエレカシにとってまさに聖地である。その聖地が都会のオアシスとも言える野音である事は、宮本が「東京の象徴はここだ!」と宣言しているようにも思える。

「地方から上京」という経験を持たない宮本にとって、ここ東京はホームであり、今なお現在進行形で戦場だ。
戦いの最前線は東京で、喜怒哀楽を味わうのも東京、そして癒しを求めるのも東京だ。
『東京からまんまで宇宙へ』、ここ野音がその発射台である気がしてならない。


先程「地方から上京」というワードを出したので、「上京ソング」についても触れておこうと思う。
上京ソングは東京を歌う上での大きなジャンルのひとつと言っていい。だが、スガも宮本も東京で生まれ育っているため、上京の経験はない。
だがスガ シカオには、それを逆説的に捉えたトンデモ上京ソングが存在する。

『おれだってギター1本抱えて田舎から上京したかった』という曲である。

〝夜行バスの狭いシートに座って 東京の街をただ目指したかった
 荷物はアコギと夢と君の手紙 握りしめ泣きたかった〟

こんな歌詞から始まるその曲では終始、東京で生まれ育った事に対するコンプレックスが歌われている。

〝バイト先の店長を殴って 血まみれの指でギター弾いたり
 ウブな彼女田舎に残して 夜のベランダで叫びたかった

 そして東京に汚されていく歌 かき鳴らすのさ〟

「スガ シカオには一生手に入らなくて、俺には生まれつき備わっているものがここにあったか」という感じだ。

俺自身も田舎からの上京組なのだが、東京出身の友人に似たような話をされる事がある。
田舎を離れてひとり知らない街で暮らすストイックさとか、花の都で夢を掴むみたいなサクセスストーリーを歩む権利が、彼らには生まれつきないのだという。
また、「田舎に帰ったときは方言で話す」と言うと、まるでバイリンガルでも見るような羨望の眼差しを向けられる事がある。どうやら東京で生まれ育った彼らにとって、田舎を持っているというのは一種のステータスのようである。

彼らがもし田舎に生まれていたら、結局は東京に憧れるのだろうから、お互い単なる無い物ねだりなのだろうと思う。
だが日本の音楽史を振り返ってみても、未だかつてこんな上京ソングがあっただろうか?俺は知らない。聴いた事がない。

〝渋谷区初期衝動2丁目3ー2のマンション
 腐って生まれてきた不良債権のおれは
 すぐ前が首都高で排気ガス吸って
 こんな声になって 歌をうたっています〟

〝くしくも東京で生まれて
 貧乏で卑屈な下町で育った不良債権野郎は
 明日とか未来がスモッグで濁って
 見えないままずっと 歌をうたっています〟

だそうだ。
これは東京出身あるあるなのだろうか。
「わかるわぁ〜」となるのだろうか。
だがこんな歌、他の誰にも歌えないという事だけは俺にもわかる。

もしスガ シカオが地方出身の田舎者だったら、「東京最高!」という歌をアース風のド派手なファンクサウンドにのせて、ワイヤーで空中を舞いながら熱唱していたかもしれない。まぁそれはそれで大ヒットしそうだ。いや、田舎でファンクという音楽と出会えたかどうかは微妙か。そういう意味ではつくづく生まれ育った環境って大きいなと思わされる。


スガ シカオと宮本浩次の共通点について、なんとなくわかっていただけただろうか?
似ているのはその音楽性ではなく、それぞれが抱えるバックボーンである。そしてお互いそれが強く滲み出てくるのが、東京を歌った時なのである。

彼らは自らの意思で東京に出てきていない。東京は「生まれたら勝手にそこにいた」というだけの街だ。だから歌の中で表現する東京は非常に生々しい。
「義理」「人情」というイメージで下町を美化したりしないし、地方の人間が憧れる都心を花の都として描いたりもしない。良くも悪くも現実的だ。だからこそ信頼できると俺は思っている。


ついでにひとつ、「いるよね、そういう奴」という話をしておこう。
「東京出身だからハングリー精神がない」とか言う奴。

そんな事ないだろう。

エレカシは一貫して理想と敗北を歌い、あんなにも不屈じゃないか。

スガ シカオはデビュー前、お金がなさすぎてご飯に胃薬かけて食べてたじゃないか。

東京出身だからってなんだ!
ここまでになるのに苦労がなかったわけがないだろう。俺にはわかるぜ!東京出身じゃないけど。


そろそろこの文章も締めねばなるまい。
スガ シカオと宮本浩次、俺から見たら似ているふたり。
望むものがあるとすれば、やっぱりコラボ楽曲だろう。

長らく孤高のバンドだったエレファントカシマシだが、宮本がソロ活動を始めてからは他者からの提供楽曲による素晴らしいコラボレーションが実現している。
スガ シカオは意外と昔から、ジャンルレスに様々なミュージシャンとコラボして名曲を残している。

どこかの偉い人、いかがでしょうか?このコラボレーション。
もしもそんな日が来たなら、俺は盆と正月が一緒に来たような興奮をおぼえるのだが。

その際は是非、楽曲のテーマは「東京」で。


※スガ シカオとエレファントカシマシ(及び宮本浩次)作品から、『』内は曲名、〝〟内は歌詞より引用


この作品は、「音楽文」の2021年2月・月間賞で入賞した千葉県・内山慎吾さん(37歳)による作品です。


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