音楽好きのすべての人へ捧ぐ、おうち時間のすゝめ - クリープハイプの勝手にセットリストツアーを開催した話

天はステージの上にステージを造らず。

今、数々のライブやフェス、コンサート等々が中止・延期を余儀なくされている。振替公演も再延期になったり、ライブハウスが閉店せざるを得なくなったりと、誰にとっても先の見えない苦しい状況だ。

ステージはいつだってそこにあるのに、その上にステージを造ることができない。

ならば、どうするか。

誰かを攻撃したり不安にさせたり、はたまた自分を傷つけるか。もちろん違う。
手を取り合って、一緒になって、この状況を乗り越えたい。今が踏ん張りどころ。みんな、しんどい、よね。決してあきらめないで、できれば今を、楽しく過ごしてほしい。

この文章に出会ってくれた貴方のように音楽が好きなすべての人々へ、問いたい。
ライブに行きたい気持ちをどのように昇華しているのだろう?
ライブ映像を観るもよし、大音量で好きなあの曲を聴くもよし。お風呂で熱唱を繰り広げるもよし。思いがけず、新しい音楽に出会うことだってあるだろう。すてきな、そして不思議な巡り合わせ。様々な方法で、自分の気持ちに整理をつけていることだろうと思う。

だから今日は、そんな貴方のおうち時間を彩る、ぴったりの遊びを提案しにやってきた。

我は紙の上にステージを造れり。

「ライブがなければ、ライブをつくればいいじゃない」理論である。
その理論に基づき、私は、私の恋人と、そのお母様と3人で、クリープハイプの「勝手にセットリストツアー」を開催した。
さいわいなことに、まだいつも通りの(何がいつも通りかなんてもう分かんなくなっちゃうね。)毎日が送れているときに執り行ったものだが、ビデオチャットでもなんの不自由なく遊べるものなので、今回は「おうち時間のすゝめ」として提案している。なかなか会えない音楽好きの仲間を誘ってぜひ、各自のおうちで実施してほしい。

この遊びは、平たく言えば“勝手にセットリストを組む”というものであるが、ただ単にお気に入りの曲だけを並べるのではなく、“曲を取り合う”ことが最大のポイントである。

さて、用意するものは簡単、紙とペンと音楽プレーヤー。同じ熱量で語りあえる共通のアーティストを持った大切な人。2人以上なら何人でも楽しめるが、曲数の兼ね合いもあるので2~4人がおすすめかなと、経験者は語る。それと、実施したときに用意してよかったなと思ったのは、クリープハイプの曲の一覧。アルバム・シングルごとに全員の曲をまとめた表をエクセルで準備して印刷しておいた。オンライン上で行うなら、事前に作って共有しておくと遊びがぐっと楽しく、そして楽になるはずである。

ルールも簡単。ライブで行う曲数を決め、せーのでそれぞれが欲しい曲を指名して、他の人と被らなければ獲得できる。誰かが獲得した曲は、それ以降指名はできない。曲が出揃ったら、自分の獲得した曲でセットリストを組んで、発表する。

ここからは、私たちの記録とともに流れを確認していきたいと思う。
大切な人と繋がって、いざ準備が整ったなら、まずはシンキングタイム。曲の一覧をじっくり見つめて、自分が手に入れたい曲を考える。同時に、これは上位で指名しないと取られてしまうのではないか、と指名の優先順位をつけておくのもいいだろう。もちろん、この作業は事前に行っていてもかまわない。私たちは10分の制限時間を設けて、20曲のセットリストを組むべく、戦いを始めることにした。

制限時間終了を知らせるアラームがピピピと鳴り、いよいよ1曲目の指名へうつる。私たちは一斉に曲名を発表したが、オンラインで行うならば、ホワイトボードや紙に書いて一斉に見せ合うのもよさそうだ。
「「おやすみ泣き声、さよなら歌姫」」
私と恋人の声が重なった。クリープハイプのメジャー1枚目のシングル曲であるこの歌を、私はどうしても欲しかったし、恋人も絶対に欲しがっていると思っていたからこそのドラフト1位指名だった。
100以上ある楽曲の中から、最初の1曲が被ることになろうとは。その後の展開に思いを馳せながら、プロ野球のドラフト会議に倣って私たちはくじをひいた。2つのうち1つだけ、栗のマークが描いてある。オンライン上でやるならば、あみだくじか、はたまたジャンケンか、指名が重複したときに決める方法も決めておいた方がいいだろう。神様は、私の左手に栗を授けてくれ、恋人は外れ1位を選曲した。2人のドラ1指名をめぐる争いの横でひっそりと、お母様は「バンド」を獲得していた。返してほしい。

今回私たちが勝手にセットリストをつくっているクリープハイプというバンドは、2019年11月16日に現行体制での活動10周年を迎えた。それを記念したキャリア最大規模の全国ツアーが今年の2月から開催されていたのだが、ほとんどの公演が開催を見合わせることとなった。メモリアルは今しかないのに、と悔しい気持ちももちろんあるし、彼ら自身もとても悔しがってくれているのが伝わるので苦しい。
だからこそ、自分がつくるセットリストには、ボーカルの尾崎世界観が10年前のことに言及したあの歌を、10年前に正式加入した3人が“嬉しい”と表現した大切な「バンド」という曲を入れない理由がないのだ。頼むから返してほしい。
どんなにあがいても返してもらえないので、一覧表から獲得した曲に蛍光ペンで印をつけるかわりに、「バンド」の文字を引き裂くように線を引く。意中の曲を手に入れた嬉しさと、取られた曲への悲しさが1ターンごとに襲ってくるのが面白い。
しかも、2巡指名に至っては、私が、予定されていたクリープハイプのツアーのタイトル
「僕の喜びの8割以上は僕の悲しみの8割以上は僕の苦しみの8割以上はやっぱりクリープハイプで出来てた」
の引用元であり、現行の4人によって初めて制作された楽曲「君の部屋」を指名・獲得している間に、そして恋人が「社会の窓」を手に入れている間に、お母様が颯爽と最新シングル「愛す」をかっさらっていった。もう「バンド」はあきらめるからさ、頼むから「愛す」は返してください。好きな曲欠かせない曲は数あれど、最新シングルは1曲しかないのだから!

やった取られた被ったを繰り返しながら20曲分の指名任務を遂行した私たちは(結局くじを使ったのは全部で4回程度だったと記憶している)、セットリストを組む作業に移った。ちなみに、10曲分が終わったところで休憩と再考の機会を設けたのもあり、ドラフトだけでもかなりの時間がかかったので、セットリストを考え、発表するのは別日でもいいかもしれない。

2・30分ほどで各自がセットリストを組み終え、いよいよツアーが開催される。なんだかんだあったけれど、最強のセットリストだと胸をはって言える出来だ。ツアーは曲名を発表するのではなく、音楽プレーヤーでプレイリストを作成し、実際に曲を流して選曲や曲順ポイントを語っていった。本当は20曲まるまるかけたいところだが、とんでもなく時間がかかるので曲の途中を泣く泣く省略し、自分でもわくわくしながら次の曲のイントロを待つ。照明の色やMCの内容まで、細かすぎるほどのこだわりを語らう。机上でもこんなに熟考し白熱するのだから、ステージはステージになる前から、たくさんの人がもっともっと莫大な時間と労力を費やして成り立っているものであると痛感した。

3人分のツアーが終了したのは、開始から4時間と少しが経った頃だったので、参考にしてほしい。人数と曲数によっても大きく変わると思うので、予定に合わせて調節してね。

選曲はもちろん、セットリストにも個性が光るもので、おそらく同じ曲目でも全く異なるものができあがるのだろうと思わされるようなツアー内容だった。
一言で表すのは難しいが、恋人は曲の盛り上がりを意識していて、私は曲の関連性を考えてセットリストを作っていた。カップリング曲を最初と最後に盛り込み、「玄人が泣く!」と評されもした。

ただ、決して優劣をつけるわけではないが、返してほしいソングNo.1と2をもぎとったお母様のセットリストは泣く子も黙れば息子も唸るものだった。

「愛す」に続いて「バンド」が流れ、誰しもが10年前と今とに思いを馳せてこのツアーが締めくくられるのだと思ったとき、お母様が「これで終わりやと思うでしょ?」と笑った。

普通の10周年ツアーならこれで終わりだろう。だけど今はそうじゃない。今だからこそのこのツアーだから、最後にもう1曲、という言葉のあとに、優しいイントロが流れてくる。


この日の夜、3人分それぞれのセットリストをプレイリストで作成し、今でも毎日のように聴いている。ツアーが再開されたら、クリープハイプはどんな歌を届けてくれるのだろう。いつになるか分からないいつかのために、今を強く生きよう。楽しいことをしよう。
みんなに素敵な明日が待っていますように、最後の曲をかけて終わります。


今日はアタリ 今日はハズレ そんな毎日でも
明日も進んでいかなきゃいけないから
大好きになる 大好きになる 今を大好きになる
催眠術でもいいからかけてよ
明日も進んでいかなきゃいけないから
―クリープハイプ「陽」


この作品は、「音楽文」の2020年6月・月間賞で最優秀賞を受賞した京都府・hikaru.さん(22歳)による作品です。


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