スキマスイッチが無観客ライブで音楽に込めたメッセージ - この日のセットリストからひとりのファンが感じたこと

2020年2月28日。
わたしはこの日、友人たちと熊本に行くはずだった。
スキマスイッチのライブツアー「POPMAN’S CARNIVAL vol.2」の国内公演千秋楽を観るために。
やっぱり最終公演って特別だから、その光景をこの目に焼き付けたくて。

でもそれは叶わなかった。
叶わなかった、というと語弊があるかもしれない。
プラスに考えれば、「楽しみが先に延びた」。
昨今の情勢を踏まえて、公演が延期になってしまったからだ。
こればかりはしょうがない。ライブに関わるすべての人の健康と無事を考えると至極当然のこと。
それでも、発表が2月26日と急で(これも政府要請を受けての判断なので仕方のないことだが)、決まっていた目の前の楽しみがなくなってしまったことは精神的に堪えるものもあった。
ライブに行くこと、生の音に触れることを自身の生き甲斐のうちのひとつにしているわたしは、自分でも驚くぐらいに落胆してしまっていた。

それでも「日常」を過ごさなくてはいけない。
そう思っていた矢先、2月27日の正午にびっくりするようなお知らせがSNSの通知で飛んできた。

「スキマスイッチ 無観客ライブ生配信を実施」

この報に、わたしは目の奥に熱いものが込み上げてきた。
追って入ってきた詳細を見ると、ライブを開催する予定だった熊本の地で、ライブ配信を行うというもの。
ツアー本編と異なる形で、「今できる形で音楽を届けたい」という彼らの想い。
日々変わる情勢に振り回され、疲弊してしまったり、暗い気持ちになってしまったりする人も多いなかで、彼らは音楽で世の中に貢献していきたい。
そんな気持ちをこの報からわたしは受け取った。

ライブ配信当日。
本来、熊本の会場に行くはずだった友人たちと配信の様子を見届けた。
配信時間は1時間。ライブツアーは延期になっただけなので、まだ続く。
これから観る人もいるから、ネタバレのないようにという配慮でもあるのだろう。セットリストはツアーとはまた別のものとなっていた。
この配信で演奏された楽曲は、以下の8曲だ。

Revival
ボクノート
青春
星のうつわ
デザイナーズマンション
全力少年
Ah Yeah!!
奏(かなで)

今回延期になった公演を観に来る予定だった人、そうでない人、そもそもスキマスイッチのライブに足を運ぶレベルではないライトなファン層の人も観る可能性があるオープンなライブ配信ならではな、人気曲と彼らのライブの「良さ」が伝わるバランスの良いセットリストであったようにわたしは感じた。
そして、そんななかでも音楽に込められたメッセージに、彼らの意思の強さを感じられたような気がした。

時が解決してくれるとよく耳にするけれど
でも 解決が“忘れること”なら僕はそれを望んじゃいない
―Revival/スキマスイッチ

この声が枯れるまで歌い続けて
―ボクノート/スキマスイッチ

ライブ配信中にスキマスイッチのふたりは、「こういうテクノロジーがある時代でよかった」「僕たちもライブができて少しもやもやした気持ちが晴れたような気がする」といった旨の言葉を述べていた。
そして、「いつ落ち着くのか、またライブができるようになるのかわからないけど、(延期になった公演をすることは)諦めない」とも。

彼らだって、不可抗力で延期することになってしまった公演だ。自分たちは元気で、バンドメンバーもスタッフもみんな揃っていて、会場だって機材だって万全に揃っている状態。
ライブに行くはずだった自分だけじゃなく、彼らも同じように悲しみを感じているのだと発言の節々から感じることができた。
そして、その悲しみを「音楽」で共有し、今実現可能な形で昇華させる。
自分たちにやれることをやること、音楽を鳴らすのを止めないことが、彼らの考える「世の中に音楽で貢献できること」なのだと、わたしは受け取った。

さらに、彼らは音楽を通して、自身の想いをわたしたちに伝えてくれたような気もした。
1番最後に演奏したのは、「奏(かなで)」。
YouTubeの再生回数1億回を超え、カラオケランキングなどでも安定して上位に入っている彼らの代表曲とも言える楽曲。
音楽人生において、代表曲と言ってもらえる楽曲があることのありがたさ、「代表曲は作りたいと思って作れるものではない。みんなが代表曲にしてくれた」という旨を、今回のツアー「POPMAN’S CARNIVAL vol.2」のなかでも何度となく語っているのを耳にした。
ライブ配信を観るすべての人が恐らく知っているスキマスイッチの楽曲。
この曲のなかに、こんな歌詞がある。

君がどこに行ったって僕の声で守るよ

抑えきれない思いをこの声に乗せて
遠く君の街へ届けよう
たとえばそれがこんな歌だったら
ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける
―奏(かなで)/スキマスイッチ

ボーカルの大橋卓弥さんは、「僕の声で守るよ」と歌いながら自分の胸元の上のほうに手をやった。
「たとえばそれがこんな歌だったら」と歌いながら、手を強く握った。
「ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける」の後に、「つながっていける」ともう一度歌った。
スキマスイッチのライブに何度も参加している自分でも、初めて聴くアレンジだった。

この日の配信中に行ったMCは、時間の限りもあるからか本当に最小限だった。
だからこそ、歌とジェスチャーを通して伝えてくれたこのメッセージに胸を打たれた。
いつもたくさん自分たちのことを話して伝えてくれる人たちが、言葉よりも音楽で伝えたかったこと。
この1曲にぎゅっと濃縮されていたような気がした。
そして、「ありがとう」という気持ちと、こういうときに迅速に動いてメッセージを伝えてくれる彼らのファンでいられることを誇りに思った。

ライブの構成とは前後するが、「Ah Yeah!!」で鍵盤の常田真太郎さんが1番最後の歌のフレーズに合わせて胸を大きくトントンと叩いていた。
そのときの歌詞のフレーズがこれだ。

確かに感じ取れるんだ “僕が居る”って証拠
誰の胸にもひとつ 打ち鳴らせ、心臓の音
―Ah Yeah!!/スキマスイッチ

生きているといろんなことがある。
楽しいことも、辛いことも。
予想だにしない出来事だってある。

そんな人生のいろんなタイミングに、生きるためには決して「絶対必要」ではないのかもしれないけれど、そっと花を添えたり、寄り添ったりしてくれるのが音楽だとわたしは思っている。
スキマスイッチの音楽も例に漏れず、人生のさまざまなタイミングですぐそばにいてくれて、マイナスな気持ちをゼロにしてくれたり、プラスに変えてくれたりした。
今までも、今回も。そしてきっと、これからも。

彼らの音楽を伝える姿勢こそが、「“僕が居る”って証拠」であり、それをもって奏でられる音楽こそが、彼らの打ち鳴らす「心臓の音」。
そして、その熱量に引き寄せられて集まるバンドメンバーやスタッフたちの作り上げる今できる形での「ライブ」な空間に、生きる元気と希望をもらった。

少し大げさにも聞こえてしまうかもしれないけれど、たくさんの情報に溢れ、正しいものと誤ったものを取捨選択することばかりをしなくてはいけない今の状況において、目の前に100%「自分が信じたい」と心から思えるものだけが見えたこの1時間は極めてストレスフリーで、とても幸せな時間だった。
加えて、こんな光景を生で観ることができてきた今までの状況がとても幸せなものだったということを改めて感じたりもした。
それを感じさせてくれたという意味でも、この1時間は尊い時間であった。

ライブ配信の最後に、大橋卓弥さんは「またみんなで音楽を共有して楽しみましょう」と発言していた。
その「また」がいつやってくるのかは、この文章を書いている現時点ではまだ明確にはわからない。
だからなのかはわからないが、彼らはアーカイブという形でこの日のライブの様子をこの文章を書いている今(配信から1日経過後)も残してくれている。
この映像を見返せばいつでもスキマスイッチの想いに触れることができる。
それが今はどれだけ心強いことか。

「ぼくらは何処にいたとしてもつながっていける」

ライブ配信の最後にしてくれたこの約束を胸に、この日常のなかの非日常を乗り越えていきたいとわたしは思う。
そして、また音楽を共有して楽しめる時間がやってきたときに、今回彼らが見せてくれたミュージシャンとしての誠意に対し、ファンとして精一杯お返しをしていきたい。
笑顔でまた会えるその日を楽しみに。最後は大橋卓弥さんがよくライブの最後にいうこの言葉で締めたいと思う。

「絶対にまた会おうね!」


この作品は、「音楽文」の2020年4月・月間賞で入賞した東京都・蒼山静花さん(31歳)による作品です。


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