海中で教えを乞う異空間、魚図鑑ゼミナールの全貌 - 熱狂の渦に包まれた、サカナクションのライブレポート

先日、1月19日に開催されたサカナクションのライブツアー『SAKANAQUARIUM 2018-2019 魚図鑑ゼミナール』、島根県民会館公演に参加した。


サカナクションが何年間も評価され続けている理由は、その類いまれなるライブパフォーマンスにある。通常、ライブというのは必然的に、どのバンドも似通う傾向にある。例えば音響にしても演奏にしても、先人が確立させた『ロックバンドかくあるべき』という完成された枠組みの中でライブを展開するのが定石だ。


しかしサカナクションは、既存のバンドとは全く異なるライブを行う。


光の演出や音響効果、外的要素……。サカナクションは常にオリジナリティを全面に押し出したライブを行ってきた。さらにはMacを並べて演奏したり、サラウンドシステムも導入するなど、総じて「何だそれ!?」と観客の度肝を抜く仕掛けが恒例となっている。


……だからこそ、正直僕は不安だった。島根県民として今回会場に選ばれた『島根県民会館 大ホール』という場所はよく知っているのだが、はっきり言って音響設備は良くないし、キャパシティも小さい。この限られた環境下で、彼らがどのようなライブを行うのか疑問だったし、予想もつかなかった。



……開場前、ホール前は多くの観客でごった返していた。集まった観客の年齢層は一見若者が多い印象だったが、全体を見てみると老若男女問わず、幅広い層が集まっている。チケットはもちろん早い段階でソールドアウトしており、この日の期待値の高さを物語っていた。


会場内に入ると、ステージ上のおびただしい数の機材に目を奪われる。ギターやベース、ドラムといったメイン機材は元より、サンプラーや照明も各所に配置されている。さらにステージ後方には『魚』の文字とイラストが映し出された大型スクリーンが鎮座しており、この日のライブがいかに異質なものであるかを表しているようだ。


定時を少し過ぎた頃、会場内に学校のチャイムらしき音色が鳴り響いた。すると次の瞬間には暗転し、観客はみな一様に立ち上がり歓声を上げた。


スクリーンに映し出されたのは、美しい海の映像。重く響くブクブクという音でもって、本当に海中にいるような錯覚に陥る。しばらく雰囲気を噛み締めていると、画面上に『Chapter1:深海』の文字が投影された。この時点で観客は察したはずだ。今回のライブはベストアルバム『魚図鑑』をモチーフにしているのだと。


……少しだけ補足説明を書いておくと、今回のライブタイトルにも冠されている『魚図鑑』には、49もの楽曲が『深海』と『中層』、『浅瀬』といった3種類の項目に分類されて収録されている。


『深海』はゆったりとした雰囲気のスローナンバーで固められ、『中層』はライブであまり披露しないファン人気の高い楽曲を。そして『浅瀬』ではサカナクションの代表曲をと、3種類ごとに明確な区別が成されていた。


要するに今回のライブは、ベストアルバムの構成に沿って進行する、いわゆる『コンセプトライブ』の様相を呈していたのだ。


岡崎(Key)のキーボードの合図と共に鳴らされた1曲目は『朝の歌』だった。


〈あとどれくらい僕は深く潜れるだろう〉

〈眠りの中で迷うように泳ぐ〉


美しくも切ないメロディーに、ライブ前の緊張していた心がゆっくりと解きほぐされていく。加えて深海をモチーフにした歌詞は5年前の曲ではあるものの、まるで「今回のライブのために作られたのでは?」と思うほどに、強いメッセージを携えて響いていた。


その後も『mellow』『フクロウ』『enough』、そして次なるアルバムに収録予定の新曲と、インターバルをほとんど挟まずに披露していく。そのどれもがスローテンポかつ壮大なため、持ち時間が限られてしまう夏フェス等ではまず演奏しないレア曲ばかりだ。


ここで今回のライブの演出の大部分を担っていた、映像と照明についても記しておきたい。会場が小さなホールということもありライブ前は懸念していたのだが、結論から言えば全くの杞憂だった。むしろ今まで観てきたサカナクションのライブの中でも最も凝っていて、美麗な印象が強かった。


演奏中は常に何かしらの映像が投影されており、深海では深海魚の映像や、水面に墨汁を垂らすといったダークな雰囲気に徹していた印象。それに伴って、深海ではメンバーの顔はほとんど見えないほどに暗かった。中層からはまた違った映像が繰り出されるのだが、それは後述。


照明も壮観で、深海では会場全体を包み込むような青色の光で海の底を演出し、中盤からは緑色や赤色も加わってライブの盛り上がりを操作していた。


江島(Dr)の壮絶なドラムソロが終わるといつの間にかステージ前方には暗幕が張られており、打楽器を携えた草刈(Ba)と岩寺(Gt)のシルエットが浮かび上がった。打楽器を打ち下ろすスピードは次第に早まっていき、観客の拍手もそれに答えようと一体感を増していく。


盛り上がりが最高潮に達した次の瞬間、幕が下ろされた。目映い光がステージを照らし、今までおぼろげにしか見えなかったメンバーの顔が露になった。「SAKANAQUARIUM2019、島根ー!」と山口(Vo.Gt)が叫ぶと、割れんばかりの歓声に包まれた。さあ、ここからはいよいよライブの中核を成す『中層』へと移行する。


サイケデリックなダンスナンバー『21.1』がスタートすると、山口は「オゥ!オゥ!」ともはやサカナクションのライブではおなじみとなった言葉をしきりに発して上機嫌。この会場はホールではあるが、「ライブハウスなのでは?」と錯覚してしまうほどに、観客は皆一様に跳び跳ね、体を揺らしていた。


この『中層』では『ネイティブダンサー』や『ホーリーダンス』といった人気曲が多数演奏された。そのどれもがイントロの1音目から大歓声に迎えられ、会場全体がアットホームな雰囲気に包まれていたのが印象的だった。


スクリーンには『深海』と異なり、終始女性ダンサーが投影されていた。夕暮れや東京の街並みをバックに、楽曲に合わせて創作ダンスを披露していたのだが、これがまた美しく楽曲の雰囲気に合っているものだから、否が応にも目で追ってしまう。激しい光の演出も相まって、幻想的な空間が形作られていく。


中でも圧巻だったのは、山口の「新曲やります!」とのMCから披露された、次のアルバムに収録予定のダンスナンバー。先の見えない霧に支配されているような独特の空気を作り出しながら、サビで爆発する構成は、まさにサカナクションサウンド。ドラムを数回打ち鳴らした後にサビに突入するのだが、その際の山口がまるでボクシング選手のように前方に突きを繰り出すので、そこのイメージがかなり強かった。更には映像もアニメチックに変化しており、目でも楽しめた。大半の観客が所見であるものの、その楽曲のキャッチ一さからか、全員に受け入れられていた。



ドラムのカウントの後、山口おなじみの『オゥ!』という合図と共にスタートしたのは、『新宝島』。画面上には『Chapter3:浅瀬』と表示されている。ここからはクライマックスに向けて、サカナクションの代表曲を惜しみ無く投下する時間だ。


公式PVでは、昭和のテレビを彷彿とさせるダンサーが踊っていたのに対し、このライブでは映像を一新。ザラついた数十年前の風景や盆踊り、真四角のブラウン管テレビ、果ては海を回遊する哺乳類や白黒のアニメ映像といったジャンルレスな映像が、やけにザラついた画質で投影されていた。


『表参道26時』では、ファミレスで向かい合う男女の映像が定点カメラで収められた。二人は真顔で互いを見つめ合っているのだが、Aメロ、Bメロ、サビと進行するごとにそっぽを向いたりスマホを弄ったりと、徐々に態度が変わっていく。それはこの楽曲で歌われている、心のすれ違いを表しているかのようだ。


〈つまりは心と心で引っ張った故に切れた〉

〈二人は 所々ほつれてる服みたいだ〉


後半に差し掛かると互いの態度はさらに素っ気なくなり、今まで以上に溝は深くなっていく。そして楽曲が終わりを迎えた瞬間、テーブルには食べかけの食事が放置され、向き合っていたはずの二人は消え去ってしまう。中心に印字された『26:00 omotesando』という無機質な文字だけが、悲しく映る。


冒頭のイントロ部分で緑色の光に包まれた『ルーキー』は、昨今の夏フェスと同様の演出ながら、ホールの環境下で見るとさらに幻想的に感じる。担当楽器を打楽器に持ち替えた草刈と岩寺の息もピッタリで、全く同じタイミングでスティックを振り下ろしていた。


山口が後々MCで語っていたが、今回のライブでは左右のスピーカーに加えて、観客席を1列潰して低音用のスピーカーを別途配置していたそうだ(合計2.1チャンネル)。


そのため、打楽器の低音が心臓の奥の奥まで響いてくる。通常のロックバンドのライブではまず味わえない臨場感のあるサウンドが鼓膜を刺激し、山口の「いくぞー!」の合図と共に雪崩れ込んだラストのサビでは、指定席ということを忘れてしまうほど、全員が跳び跳ねて歌っていた。


『ミュージック』は、横並びのMacを使った演奏にシフト。こちらも各地のフェスでも行われていた光景だが、キーボードを叩いてパーカッションサウンドを出していたり、電子音を画面上で調節しつつ操作していたりと、良く見るとしっかり演奏していることがわかる。


スクリーン上には常に青い鳥が映し出され、悠々自適に空を飛んでいる。楽曲内では「鳥は何を思うか」と歌われているのだが、美しい景色を無表情で俯瞰している鳥にもそういった『思い』はあるのだろうかと、ある種のミステリアスさを感じてしまう作り。


ライブも終盤に差し掛かり、「アイデンティティ歌えますか?」という山口のMCからは、待ってましたとばかりにキラーチューン『アイデンティティ』が投下された。


「アイデンティティがない 生まれない らららら」、そしてサビの「どうして」の歌詞が投影され、観客は声がかれんばかりの大合唱で答える。『アイデンティティ』はライブでも毎回必ずセットリストに入れており、サカナクションの知名度を爆発的に高めた楽曲でもある。何度も披露されてきた曲なのは知っているが、この日の迫力は段違いだった。サカナクション側も、観客も。今まで聴いたことのないレベルの熱量でもって歌い合い、完全に一体化していた。


本編ラストは『陽炎』。スクリーンには今までの演奏でバックに投影されていたシーンを抽出し、コラージュのように等間隔で貼り付けられていた。山口はといえば、時に盆踊りをしたり、観客席に立ち入ろうとするなどテンションMAX。持てる力を振り絞るように歌いきり、大盛り上がりで本編は終了した。


ステージを降りた後、アンコールを求める拍手に迎えられながら再び現れたサカナクション。本編ではMCらしいMCはしなかったが、ここで長尺のMCタイムへ。


今回のMCの大部分を担っていたのが、島根県内のとある焼肉店『若富』の話だった。


サカナクションはライブ前日に島根に到着。しかし山口だけは打ち合わせの関係上、メンバーより1本遅い便で到着したという。そこで無性に「焼肉が食べたい」と思っていた山口がふらっと立ち寄った店こそが、若富だったらしい。


ピカピカに掃除された店内、低姿勢かつ若々しい接客、肉の美味しさ……。総じて若富のサービスがいたく気に入ったらしく、その興奮を矢継ぎ早に捲し立てていたのだが、別行動をしていたメンバーは山口の行動はInstagram経由でしか知らないらしく、イマイチ興奮が伝わらなかったのが面白かった(若富をベタ褒めしていた山口であったが、知り合いの観客いわく、店長及び従業員は山口の存在を知らなかったそうだ。後日サカナクションのボーカルであることを人づてに聞いて、驚いていたそう)。


今年のアルバムリリースについても言及していた。4月から行われるアリーナツアーは、そのニューアルバムの楽曲を軸とした構成となる予定で、今はレコーディングの最中だという。今回のライブではそのアルバムに収録予定であった『マイノリティ(仮)』という楽曲も演奏するはずだったが、レコーディングの仮定で形がかなり変化してしまったため、急遽『Aoi』に変更したという裏話も語ってくれた。


今回初めて訪れた島根県へと話が及ぶと、地元である北海道小樽市と同様の空気感であることを嬉しそうに話していた。加えて食べ物も美味しいため、また絶対に来ると宣言してくれた。山口がライブ終了後にツイッターで「島根県、初めて来ましたが大好きになりました」と述べていたが、かなり喜んでくれたようで良かった。


たっぷり話したMCの後は、アンコールの楽曲へ。


「最近ホンダのCMでサカナクションの曲が流れていて。そこで使われている曲をやります」と語ってから演奏されたのは『years』。


冒頭こそ爪弾かれたギターの音色が印象的なメロウナンバーだが、進行するにつれて次第に盛り上がっていく。観客はゆったり体を揺らしたり、リズムを取ったりしながら思い思いに聞き入っていた。


ここで終わりかと思いきや、なんともう1曲。「本日はどうもありがとうございました!」との山口の一言から始まった正真正銘ラストの曲は、『夜の踊り子』。


スクリーンには舞妓が踊る映像と『夜の踊り子』の文字が投影され、ダンサブルなサウンドも相まってボルテージは急上昇。泣いても笑ってもこれで最後の曲である。全員が今ある体力を使い果たそうと一丸となって歌い、踊り、大団円で幕を閉じたのだった。



ライブ終了後、スクリーンに映し出されたスタッフロールを見ながら、「やっぱすげえわ」と思った。この衝撃はYouTubeなどの画面で見ているうちには、本来の魅力の1割しか味わえないだろう。


彼らの真髄はライブにある。そしてその驚きは、他のどんなバンドでも味わえない。ライブを見たことのある人なら分かると思うが、やはり彼らは唯一無二の存在である。そして、今後も日本のロックシーンを牽引していく存在なのだと確信した。


このライブに行かなかった人は絶対に後悔する。そう断言したくなるほど、最高のライブだった。次のツアーはサラウンドライブとのことなので、こちらも間違いなく、かつてない衝撃を与えてくれるだろう。


次のアルバムも絶対に買わなければならない。ツアーにも行こう。グッズは何を買おう。……僕がサカナクションという名の深海から脱出できるのは、一体いつになるのだろうか。


この作品は、「音楽文」の2019年3月・入賞を受賞した島根県・キタガワさん (24歳)による作品です。


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