「グラストンベリーフェスティバル」

今年、グラストンベリーに行ってきたので書きます。
長いよ。

2016年6月22日、午前11時半。
ダイスケとユカ、そして俺はイギリスのロンドン、ヴィクトリアにあるバスステーションにいた。
バスを待つ長蛇の列の最後尾からは先頭がどこなのかわからない。
俺たちが予約したバスは正午出発の便だったが、列は便ごとに分けられる訳でもなく、遅々として進まない。
周りのグループの男女は様々な言語を使い大声で話している。

事の発端は2007年、映画『グラストンベリー』が日本で公開された。
ダイスケと俺はサマソニ等でロックフェスの楽しさを覚えた頃だった。
レディオヘッドとかビョークのライブ映像も含まれてるらしいぞ」
「見たい」
「じゃあ一緒に行こうか」
そんな軽い気持ちで足を踏み入れた映画館で見たものは、多種多様な人々。
本当の自分を探しに来た保険の外交員、バリケードを越えて無銭入場しようとする若者、それを追う警備隊、主催者に金をたかるパフォーマー、紐に繋いだ財布を道に置いて拾おうとする者をからかう奴、ドラッグを買うためにその財布を拾おうとするヤク中、フェスの期間中は音楽を楽しみセックスは控えると語る女性、波打つ大観衆、そして大量の汚物の滝。
「なんかすげぇもん見たな」
「でもなにがこんなにも人を惹きつけるのかがわからんね」
「いつか行こうぜ」
こんな感じで日本人のロック好きの間ではあまりにもベタな合言葉、
「死ぬまでに一度はグラストンベリー」
が、案の定俺たちの合言葉になった。

あれから9年、ダイスケはユカと結婚し、ミュージシャンを目指していた俺も就職した。
毎年夏には共にフェスに参加し、盆と正月を一緒にしたような一年のピークを毎回そこで迎えていた。
しかし、あの映画で見たカオスが何だったのか、それはまだ分かっていなかった。

とりあえず先にならんだ者から乗せるスタンスで、俺たちがバスに乗り込めたのは1時間遅れの午後1時となった。
ロンドンの街中を抜け、ハイウェイを抜け、どんどんグラストンベリーが近づいてくる。
湧き上がってくる興奮を抑えながら目を閉じ、聴くことが出来るであろうAdeleTravis、Of Monsters and Men等の曲を頭の中で再生させながら反芻する。
出発から3時間が過ぎた頃バスはゆっくりと減速し、停車した。
目を開けると森の中。
目の前にはどこまでも続く車列。
片側1車線の道はグラストンベリー方面へ向かう車で埋め尽くされていた。
それまで快調にぶっ飛ばしていたバスはピクリとも動かなくなり、ジリジリとも進まない。
会場まではあと20km。
渋滞が無ければ30分もすれば着くはずだ。
さすがにあと1時間、遅れても2時間ぐらいで着くだろう。
しかし、バスは少し進んでもまたすぐに止まり、エンジンを切って停車する。
道端に露店を見つけてバスを降りる奴らが現れる。
そんな時に限ってバスは進み、慌てて追いかけてきた奴らがまた止まったバスに乗り込むと何故か拍手に包まれる。
変わらない景色にしびれを切らして斜め前に座っていた奴が携帯用のスピーカーから勝手に音楽を流し始める。
誰一人文句を言う奴はいない。
むしろみんな大歓迎で耳を傾け、歓声を上げ、席に座ったまま小躍りし、曲名をたずね、再生してる奴はDJ気分になり、さらに調子に乗ってリクエストを募る。
それからは時間の流れが少し速くなり、AC/DCの「Highway To Hell」のリフがバス中に響き渡ったとき、誰かが声を上げた。
「グラストンベリー!!」
無数のテントと会場中のそこかしこににじむ光が見えたのはロンドン出発から8時間が過ぎた頃だった。

会場に着くと既にそこら中が泥だらけで、俺たちは早速長靴に履き替えた。
リストバンド交換のおばちゃんにチケットを見せると、「日本から来たのね! グラストンベリーは初めて? その小さなケースの楽器はバイオリン?」等と矢継ぎ早に質問される。
「初めてです。ギターだよ、トラベルギターだ」と答える。
おばちゃんからの「Have a good festival !」という言葉と共に俺はグラストンベリーの会場に入場した。
ダイスケ、ユカと共に歩き始めてしばらくすると様々なステージの中にあれが見えてきた。

ピラミッド。

「ついに来たな」
「すげえ」
「写真撮りましょう」
広大な敷地に鎮座するピラミッドを前にして、まともなボキャブラリーを失った俺たちはただ共に写真を撮った。
時刻は22時。
日が長いイギリスに暗闇が迫っていた。

俺たちはタンジェリン・フィールズというキャンプサイトのチケットを買っていた。
テントを持っていく手間が省けるという判断だったが、サイトは入場したゲートAとは完全に反対の位置にあるらしい。
ピラミッドを後にしてひたすら会場の中を歩く。
バックパックは肩に食い込み、調子に乗って持ってきたギターは小さいとはいえハードケースで腕がちぎれそうになってくる。
公式アプリの地図を見ながら進む。
ぬかるみに足をとられる。
何度も荷物を置いて呼吸を整え、また進む。
スタッフに道を訪ねるが誰もタンジェリン・フィールズを知らない。
行き止まりに突き当たってはスタッフに迂回しろと言われる。
結局タンジェリン・フィールズはゲートを出た会場の外にあることがわかり、ゲートBを目指す。
ゲートではリストバンドとチケットを提示し、再入場券をもらって外に出る。
ぬかるみはどんどん酷くなり、前に進むことさえも難しくなる。
まだ初日だというのに泥だらけになったテントが道の脇に捨てられている。
入場してから2時間程歩き、キャンプサイトに到着したのは23時過ぎ、ロンドンでバスを待つ列にならび始めてから12時間弱が経っていた。

テントで一夜を明かした次の日、俺たちは会場の下見を計画していた。
イベント自体は始まっているが、本格的にライブが行われるのは翌日の金曜日からである。
本番に備えてステージの位置関係と移動時間の確認をすること、そして何より有名なあの「GLASTONBURY」というモニュメントが置かれる丘に登ることを目的にしていた。
昨日は遠くから眺めるだけだったピラミッドの麓まで行き、ジョン・ピールやアザー、ザ・パーク等のステージを見て回る。
会場のいたるところに手作り感あふれる飾り付けやオブジェがあり、非日常の空間に迷い込む。
ザ・パークの奥、展望台でもあるタワーの向こうにあの「GLASTONBURY」の文字が見えてきた。
緩やかな傾斜を登りモニュメントにどんどん近づくと、キルトのパッチワークで出来ていることがわかる。
みんな群がって写真を撮っている。
GLASTONBURYのTの字によじ登ってスタッフのおばさんに下りろと怒られてる奴もいる。
俺たちも写真を撮り、さらに丘の頂上まで登る。
絶景。
どこまでも見渡す限りグラストンベリー。
ステージは豆粒、テントは米粒、遠くの人影はもはや見えない。
圧倒的な広さを前にして動けなくなった俺たちはその場に座りこんだ。
俺は持ってきたギターを取り出して歌った。
同じように近くに座っていた3人組のヒッピー風の奴らに声をかけられる。
「そのギターを貸してくれ」
口ひげをはやした華奢なやつ、入墨を入れまくったタンクトップ、メガネのオタクっぽいやつ。
どんな組み合わせだよと思いつつギターを貸す。
口ひげが「お前のために歌うぞ」と言って歌い始める。
上手い。
今度は入墨にギターを渡して歌い始める。
こいつも上手い。
「お前も歌ってくれ」と言われて自分の曲を歌う。
日本語の曲だが気にせず歌う。
歌い終わると何故か喜んでくれている。
俺たちは自己紹介し合い、口ひげはクリスティン、入墨はジェイムズ、メガネがレンという名前だということ、グリーンピースのボランティアで来ていることを知った。
レンが「知り合いが小さなステージを運営してるからお前が出られるか聞いてみる」と言い出す。
おいおい嘘だろ?
電話し始めてるけど?
「オーケーだ!!」
クリスティンとジェイムズがハイタッチを求めてくる。
「おめでとう!」
「今から行こう!」
「お、おう!」
そんな感じでヒッピー3人組について行く日本人3人組。
着いたのはインディアンのテントであるティピが建ち並ぶエリアの中にさらに木材の目隠しで囲われたエリア。
受付では上半身裸の女の人がギターを弾いている。
ファンキーな人がいるもんだなと思いながら足を踏み入れる。
全員裸。
男も女も全員裸だ。
「ヌーディストエリアやん」
ユカが絶句している。
「マジか」
エリア内にはティピで出来たサウナ、トランポリン、そして簡単なステージがある。
全員が裸だとそれが自然なことのように感じられ、逆に服を着ている俺たちが普通じゃないような感覚になってくる。
ステージマネージャーとスタッフを紹介される。
この2人は何故か服を着ている。
見渡すと一応服を着た観客も数人はおり、着るのも着ないのも自由のようだ。
早速ステージに案内され、俺とダイスケで演奏することになった。
俺はギターを弾きながら歌う。ダイスケはコーラスだ。
ダイスケはギターもベースも歌もできるがここには楽器がない。
俺の曲は知っているのでコーラスをする。
準備も終わっていよいよこれからというところで、直前まであったピックがないことに気づく。
仕方がないので50ペンスのコインを使う。
簡単に挨拶して歌い始める。
グラストンベリーに俺とダイスケの声が拡散する。
ユカは動画を撮っている。
ソファに座ってる裸の女性がニコニコしながらこっちを見ている。
1曲、2曲と終わりその都度クリスティンとジェイムズに「もう1曲」とせがまれる。
何か珍しい英語の曲でもと考えてBABYMETALの「THE ONE」をカバーする。
さらにせがまれもう1曲自分の曲を歌う。
演奏が終わるとみんなから握手を求められる。「Beautiful!」と声をかけられる。
俺の曲は日本語だったので、言葉の意味は伝わらなかっただろう。
それでもダイスケと共に何かをグラストンベリーに残せたような気がした。
俺の人生で最も美しい瞬間の1つとなった。

金曜日の朝、目覚めるとイギリスのEU離脱のニュースが入ってきた。
今日から本格的にライブが始まる。
俺たちはまずピラミッドに向かった。
ブラーデーモン・アルバーンがシリア出身のアーティスト達と共演する。
難民支援の意味合いもあるだろう。
デーモンは「今日は重苦しい気分なんだ。これは民主主義の敗北だ。みんなフェスティバルから帰ってもまだ何か出来ることがあるはすだ。それをやってくれ」
と言った。
日本人である俺に出来ることは直接的にはないなと思ったが、何か間接的でも良いから出来ることをこのグラストンベリーで見つけたいと思った。
そして今、俺はこの文章を書いている。

それから俺たちはいろいろなステージを移動してはライブを観た。
周りに日本人の姿はほぼ見えない。
若者はもちろん、子供連れの夫婦や老夫婦もいる。
世界各国の国旗を目にする。
国籍、人種、年齢、性別、そして価値観。
全てが混在している様は世界の縮図のようだが、全員が音楽を愛していることで繋がっていた。
腹が減ったらハンバーガーやフィッシュアンドチップスのようなものを食べ、雨が降ったらポンチョを着て、泥沼と格闘しながら移動し、またライブを観た。
初めて観たAURORAの天才ぶりにはひれ伏す程だったし、何度か見ているSigur Rósは過去最高に鬼気迫る演奏だった。
日本代表の渋さ知らズオーケストラはグラストンベリーの客を完全に虜にしていたし、ラストのColdplayでは会場全体が家族になれたような感覚になった。
それ以外にも新しいEDMの可能性を示してくれたCaravan Palace、元々大好きだったOf Monsters and Men等様々なライブを観たが、特に強く印象に残ったのはTravisとAdeleの2つだった。

Travisは土曜日の夕方にラインナップされていた。
通常であればメインステージであるピラミッドに出演するのだろうが、この日予定されていたステージは太陽光発電のような再生可能エネルギーだけで電力をまかなう小さなテントのステージ。
限界まで入れても300人も入らないような感じだ。
前のバンドが最後の曲に差し掛かったとき、俺たちはこのテントに入った。
演奏終了と同時に客が入れ替わり、前の方へ進む。
気付けば下手の前から2列目あたりにいた。
開演直前になるとテントの中は超満員となり、入りきれない観客が外に溢れかえった。
メンバーが登場し、ライブが始まる。
1曲目は「Sing」。
フランが歌い始める。
それと同時に会場中が歌い始める。
誰1人歌っていない人間などいない。
大合唱。
本場のシンガロングってやつがこれ程までとは思わなかった。
とにかくみんな最初から最後まで全力で歌い続ける。
遠慮なんてない。
そうかこれで良いのかと思い、俺も歌う。
バンドと観客の距離が本当の意味で近い。
アットホームな空気に包まれる。
Travisは一人一人に語りかけるように歌い、演奏する。
メンバーはみんな笑っている、俺たちもみんな笑っている。
ライブは終盤に差し掛かり、俺は「Turn」で自分を見失った。
号泣しながら笑い、大声を出した。
終演。
満員のテントから脱けだす。
「良かったな」
そう言いながら振り返るとユカが泣いている。
ダイスケも泣いている。
俺たちは肩を組んでもう一度泣いた。
「本当に良かった」
「奇跡やな」
ライブ後に思い出し泣きをしたのは生まれて初めてだった。
それぐらい幸せなライブだった。
その日の夜には会場内でTravisのメンバー全員と遭遇した。
ダギーに握手してもらいながら日本から来たこと泣いたことを必死で伝えた。
これもまた奇跡だった。

土曜日のピラミッドステージのヘッドライナーはAdeleだった。
俺たちは下手前方にいた。
何しろ会場がバカでかいので肉眼でかろうじて見えるぐらいの距離だ。
何人集まっているのかは膨大過ぎて分からない。
一段高くなっているVIPエリアにはロビー・ウィリアムスの姿も見える。
午後10時を過ぎているがまだ明るい。
会場の期待感はピークに達している。
ようやく少し薄暗くなってきた頃Adeleが俺たちの前に姿を現した。
怒号のような歓声。
歌い始めるAdele。
ん?
Adele緊張してないか?
これ程のビッグネームでも緊張するのか?
そんな訳ないだろと思ったが、やっぱり明らかに緊張しているのが伝わってくる。
観客は最上級の期待感を容赦なく舞台上に投げつける。
半ば暴力的とも言える程のアーティストと観客との対峙。
ここにいる全員が分かっている。
ここが音楽における世界最高の舞台だ。
アーティストも観客も周りを支えるスタッフ達も、全員が何の疑いもなくこここそが世界一だと信じている。
圧倒的なテンションの高さ。
誰も彼もみんな極限までテンション高いじゃねぇか!!!
こんなの経験したことないぞ。
なんだこれ!

ライブは進む。
Travisのときと同じように全員が全力でシンガロングし続ける。
何回泣いたとか、もうそんなことはよくわからなくなる。
途中、Adeleが俺たち観客に向かって光をかざすように促す。
みんなライターやスマホの明かりをかざす。
後ろを振り返ると光の海。

ああ、何だろう。
知ってしまった。
分かってしまった。
この瞬間、光、空気の振動、鼓動、躍動。
全てが一つだ。
ここでは奇跡が必然のような顔をして存在している。
これがフェスティバルだ。
そう。
祝ってるんだ。
こいつら全員全力で祝ってる!
何をってわかってるだろ?
この場にいること、歌えること、叫べること、つまり生きてることを祝ってるんだ!
生きていること自体が奇跡。
これがフェスティバルの意味だ。
呼応する膨大な数の魂、Adeleでさえもこの中のたった1つの魂だ。
グラストンベリーの主役はヘッドライナーという訳じゃない、ここにいる全員が主役だ。
これがこんなにも人々を惹きつけている理由なんだ。

「死ぬまでに一度はグラストンベリー」
これを合言葉にしている人も多いだろう。
俺は行ってきたぜ!
俺たちの合言葉は「死ぬまでにもう一度グラストンベリー」になった。
これから行く奴にはこの言葉を贈る!

「Have a good festival !」


この作品は、第2回音楽文 ONGAKU-BUN大賞で入賞したKAIさん(37歳)による作品です。


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