BUMP OF CHICKEN - 弱者の反撃

僕はたぶんさみしかった。

小さなときから体が弱かった。
なんでみんなあんなに走れるんだろう、と思った記憶がある。一緒に走ろうとしてもすぐに息が切れる、足がもつれる、頭が痛くなる。両親は僕に無理しなくて良いと言った。積み木や絵本など部屋で遊ぶおもちゃをたくさん買ってもらった。気づいたら部屋の中から外を走る同い年の子を眺める日が増えていった。

小学生になっても体の弱さは変わらなかった。
クラスの中心にはいつも、運動のできる子がいて、その輪には入れない。野球、サッカー、バスケ。どんなに頑張ろうとしても少し走っただけで胸が苦しくなる。みんなが当たり前にできることが何一つできず、いつもバカにされる。
いじめられるようになったのは当然のことだったのかもしれない。机に入れておいた鉛筆がなくなる。書道の時間わざとらしく墨汁をこぼす。図工の作品がいつの間にか壊れている。どこまでがいたずらで、どこまでが偶然かなんて知る由もなかった。毎日学校に行くのがつらくて、何度も家に引きこもろうとも思った。それでも学校に行けたのは認めてくれていた人がいてくれたからだと思う。走れなくても、テストの点数をとれば先生はほめてくれる。友達は多くなくても、5のついた通知表を見せれば両親は喜んでくれる。同級生からは『先生のご機嫌とりばっかしやがって』『勉強しかできないくせに』。そんな冷たい言葉を浴びせられた。でも、それしか誰かにほめてもらう、喜んでもらう方法を知らなくて、僕は必死に勉強した。

卒業までクラスでの扱いは変わらなかったけど学校には通い続け、無事に中学に進学できた。田舎とも都会とも言えない中途半端な町の中学校。近くにあった3つの小学校に通っていた生徒の一部が集まっただけ。少し歩くとあたり一面に田んぼが広がり、電車に30分揺られればそれなりに大きな町にも出られる、そんな町の学校。
中学生になると、みんなも大人になってきたのか、前よりも直接的ないたずらはなくなってきた。そのかわり絡んでくることも少なくなってきた。でも、どの小学校にも、どこにも書いてないけどみんなが知っている階級制度はあったらしい。運動ができる人の周りはいつも華やいでいて、笑い声と笑顔で空間が満たされている。自分の周りと酸素濃度が違うんじゃないかな、とふざけたことを考えながら、相変わらず輪には入れないでいた。
背は伸びようとも自分の体は相変わらずで、50m走るのだってやっと。運動部への入部は医者が止めるほどだった。その学校の文化部は女子しか所属していなくて、そんな中に男子が1人交じったら格好の標的になるのはわかりきっていた。だから、授業が終わったら部活に行くみんなを尻目に荷物をまとめる。帰り道に聞こえるのは、ランニングの掛け声やボールの跳ねる音、スタートを知らせるピストル。何も聞こえないふりをして、自分の真っ白なスニーカーだけを見ながら精一杯の早足で家路を急ぐ。

そんなやり場の無い気持ちを抱えながら、次第に考える時間が増えた。考えるといっても自分ができないことに対するやっかみだった。
「どれだけ部活を頑張ってもプロになれるわけじゃないのに、何でみんなは毎日練習しているんだ?」
「運動ができてクラスで人気者になれるのがそんなにうれしいのか?」
「中学を卒業したらみんな別々の高校に行く。みんな今仲良くなったって意味がないじゃないか。」
他人に対して抱いた感情は、だんだんと自分自身に対しても牙をむき始めていた。
「先生に褒められたって自分の役には立たないじゃん」
「親が喜んでくれるのは、自分にとって何の得になるの」
何で?何で?何で?何でみんな頑張っているの?
何かを必死でやることが馬鹿馬鹿しく感じられてきて、自分は何のために生きているのかも良くわからなくなって、どうしようもなくて。

それからというもの、とにかく目立たないようにして過ごしてきた。テストは平均点くらいをとり、授業中の発言もできる限りしない。誰にも関わりたくはないし、関われたくもない。運の良いことに中学に入ったばかりで、先生からの信頼はまだない。両親の期待には中学の勉強についていくのが精一杯だと言い訳すればひとまず丸く収まった。この時わかったのは、期待しなければ絶望もしないということ。先生はできる生徒に期待し、その成果を求める。両親もそうだ。無理しなくても良いと言いながら、結局は他人の子供よりも自分の子が秀でていることに期待する。だから誰も自分に期待しないように振る舞い、自分も誰にも期待しないようする。そう心掛けた。

学生である限り学校の年間行事は避けて通れない。その日は文化祭という名の合唱コンクールだった。1~3学年それぞれで、クラス対抗の歌合戦。選曲は音楽の教科書からで、審査員は教職員。ちなみに優勝しても何かがもらえるわけではない。単に各学年1番うまく歌えたクラスを表彰するだけだ。合唱練習は開催日1ヵ月前から毎放課後。この行事に男子は特にやる気が無く、練習の大半は気の合う同士でだべっている。それに対して女子が注意するというお決まりな構図が繰り広げられた。文化祭当日はどのクラスも同じくらいの歌唱力で、特に目立ったクラスがあるわけではなかった。つつがなく自分のクラスの合唱が終わり、歌い終わっても何の感慨も受けず、会場である体育館に並べたパイプ椅子に着席する。開催前に教室で配布されたスケジュールを眺めると、合唱コンクールの後に吹奏楽部の演奏、さらにその後には生徒有志による企画という演目まであった。自分の関わる演目が終わったにも関わらず、まだ会場に残らなくてはならないことに若干の面倒くささを感じながらも、ただひたすらに時間が過ぎるのを待つ。
ふと気づくと舞台からは最近のヒットソングの吹奏楽アレンジが演奏されていた。キラキラ金色や銀色に輝く楽器20本くらいが舞台に並び、指揮者の棒に合わせて音色を奏でる。その演奏を聴きながら考えることは相変わらずの暴論。
「部活だから仕方なくやっているのか。」
「ちゃんとやっているところを誰かに見てもらって、人より頑張っている自分ってすごいって感じたいのか。」
「何でみんなそんなに自分に得にならないことを必死にやっているんだ。」
そんなことを心の中でうそぶいた。考えたくなくても暗い思考は浮かんでくる。その気持ちにずぶずぶと落ちていくのが怖くて、自分の言葉で作り上げた殻に必死で閉じこもろうとする。
いつの間にか吹奏楽部の演奏も終わり、舞台からいなくなっている。次は今日の最終演目となる。どうせ次に出てくるやつらも、何にも考えず、言われたことだけやって、誰かに認められたくて、誰かの期待に応えたくて自分を殺しているやつらばっかなんだろ。そう思っていた。
舞台には四つの人影、一人はドラムスの前に座り、残りの三人はギターを首から提げ、マイクの前に立っていた。スティックをたたく音と、それに合わせて聞こえた「ワン、ツ、スリ」という短い掛け声と共に大音響が鳴り始めた。
『そいつは酷い どこまでも胡散臭くて 安っぽい宝の地図 でも人によっちゃそれ自体が宝物』
『容易く 人一人を値踏みしやがって 世界の神ですら 彼を笑う権利なんて持たないのに』
いままでに殴られた、どの拳よりも大きな衝撃が頭の内に走った。
ロックバンドを初めて直に聴いたというのもあったかもしれない。
確かにスピーカーから放たれるサウンドはその日一番の音量だったし、ドラムスの響きは体の芯まで揺らしていた。
でも、それだけじゃなかった。その音楽には体の内側のさらにその奥まで届く何かが秘められていた。
『こつこつ地道に作り上げた 自前の船 彼にとっちゃ記念すべき最初の武器』
『堪え切れず掲げた拳 響き渡る閧の声』
舞台に立つボーカルはギターを掻き鳴らしながら拳を高く掲げた。その表情は目を爛々と輝かせながら笑っていた。観客である生徒たちも席を立ち、拳を挙げ、足を踏み鳴らしていた。それを制止しようとする教員たちが慌てふためいるのが見える。
『容易く 覚悟の前に立ちはだかりやがって 夢の終わりは 彼が拳を下げた時だけ』
今、舞台に立っているのは、誰のためでもなく自分の信じた自分を誇りに思っているやつらだった。好きだから楽器を始め、仲間を集め、今この舞台に立って叫んでいる。
初めて聞いた曲だった。でも不思議と歌詞がすんなりと入ってくる。夢にあこがれ、突っ走って行ってしまったやつの歌だった。
生きている意味なんてそんなもんじゃないか。
『誰もがその手を 気付けば振っていた』
『世界の神ですら 君を笑おうとも 俺は決して笑わない』(グングニル)
何だ、生きる意味なんて単純じゃないか。

後で知ったことだが、学生有志の企画は当初演劇で申請されていたらしい。先生たちは、生徒の文化祭に対しての自主的な活動として喜んでいたとのこと。演目開始直前まで楽器やスピーカーは演劇の小道具として用意されたものであると説明を受け、承知していたという。申請者は普段おとなしく、評判の良い生徒であったため、無警戒だったのも計画が成功した理由だろう。
おそらく来年以降の文化祭では学生有志の演目枠はなくなる。でも今回のゲリラライブでバンドを始めるやつらがたくさん出てくるはずだ。場所を選べば、練習していても周りから苦情はこないだろうし、少し遠出すれば楽器も買える。この町がバンドをやるには最適な環境だったということに気付いた。どうせなら軽音部を作ってもいい。文化祭なんて言わず自分たちで会場をとって自分たちの音を詩を叫んでもいい。
それと、あの日聴いた曲を作ったバンドは『弱者の反撃』という意味を込められた名前で、中学時代に結成されたらしい。今の自分にピッタリだ。


この作品は、「音楽文」の2018年1月・月間賞で最優秀賞を受賞した埼玉県・KSSさん(26歳)による作品です。


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