サンボマスターじゃなきゃだめだった - 2020年の FUJI ROCK FESTIVAL

「FUJI ROCK FESTIVAL ’20 」の私のベストアクトはサンボマスターだった。

今年のフジロックは、新型コロナウイルス感染拡大防止の観点から、来年の8月に延期されることになった。
そこでフジロックは「Keep On Fuji Rockin’」という合言葉を掲げ、本来の開催予定日だった8月21日~23日にかけて、過去のアーティストパフォーマンスの映像を中心とした特別番組を YouTube で配信することを発表していた。

私はその週末、YouTube でこの配信を流しっぱなしにして、過去に行ったフジロックのライブを思い出して懐かしくなったり、苗場が恋しくなったり、ハイネケンやもち豚やピザや上善如水に思いを馳せたりしながら、ステージを駆け回るアーティストやグリーンステージから見えるたくさんのフジロッカーやその後ろに広がる山々の映像を、見るともなくなんとなく眺めていた。

そんな週末も終わりに差しかかった、エアーフジロック3日目の、8月23日20時40分。
過去のフジロックのライブ映像ではない、2020年のサンボマスターのライブ映像が流れ始めた。

それは事前に恵比寿リキッドルームで観客を入れずに行ったライブを撮り下ろした映像だった。
つまり、ここ数ヶ月、多くのバンドが行ってきた、いわゆる「無観客ライブ」「オンラインライブ」と呼ばれるものだった。概要と形式上は。だが、その数分後には、それがあくまでも概要と形式に過ぎないということを思い知らされることになる。

これから始まるのは「無観客ライブ」「オンラインライブ」だ。私はそう思って、そのテンションで見始めたのだが、徐々にそれが「無観客」で「オンライン」であるとは信じられなくなっていったのだ。いや、むしろ、これは「無観客」でも「オンライン」でもないのだと気づいていった、と言った方が正しいかもしれない。

なぜかと言えば、サンボマスターが「無観客ライブ」も「オンラインライブ」もしていなかったからだ。
サンボマスターは、本当に、オーディエンスに向かって、私たちに向かって、私に向かって、演奏し、歌っていた。
このライブを見ていない人には綺麗事に聞こえるかもしれないし、ちょっと何を言っているのか分からないかもしれない。だから、その辺りをもうちょっと詳しく説明してみようと思う。

まず、サンボマスターのメンバー3人の熱量が、フェスやライブのときと、全く同じだった。100%同じだった。
これは、言葉で書くのは簡単だが、実際にやるのはものすごく難しいことだと思う。というか、ほとんどのバンドは不可能だろう。客が入っていないライブ会場で、満員の客が入った時と全く同じ熱量を発して、しかもそれをオンラインで届けるなんて、普通に考えたら無理だ。
だけど、サンボマスターはそれができる奇跡のバンドなのだ。思い返してみれば、サンボマスターはこれまでも、地上波のテレビでだって、ライブと同じ熱量を届けてきた。サンボマスターは、どんなシチュエーションだって、オーディエンスとの間にどんな壁があったって、絶対に近くまで来てその熱を手渡してくれるバンドなのだ。サンボマスターの3人がライブをするということは、たとえ目の前にオーディエンスがいなくとも、見ている人がどこにいようとも、必ずその一人一人に熱を渡すということなのだ。

私はその熱に触れ、胸の底から自分でも信じられないくらい熱いものが込み上げてくるのを抑えられなくなった。そして、ライブ会場にいるときのように体が熱くなっていくのが分かった。

それから、ギターボーカルの山口隆がフレーズとフレーズの間で私たちに語りかけてくる、その迫力といったら凄い。本当に目の前にいるかのように、同じ空間にいるかのように、語りかけてくる。いや、これはもう本当に同じ空間にいると言ってもいいと思う。錯覚だろうとなんだろうと、バンドとオーディエンスがそう思ったんなら、それでいいじゃないか。
「笑ってますか」「準備いいですか」「いきますよ」「ピーク持ってきてよ」「もっと!」「かかってらっしゃい!」「力貸してくれ!」
その言葉たちの心強さと暖かさといったらない。ここが大雨の降る夜のグリーンステージだって、きっと凍えないで済むだろう、と思った。

さらに、サンボマスターというバンドは、ライブにおける歌詞の説得力が凄まじい。ライブを見ていると、真正面から胸のど真ん中を打たれてしまう。

例えば、山口が「ここが苗場だろうと苗場じゃなかろうと僕とあなたがフジロックだと思えばここがフジロックなんですよ!俺とあんたが繋がってればオンラインだろうと生だろうとミラクル起こせますよ必ず!きっとできますよ、必ずできますからかかってらっしゃい!できっこないをやらなくちゃ!」と叫んで始まった『できっこないを やらなくちゃ』。
サンボマスターの歌詞はいつだって信じられないくらいストレートだけど、その中でも特にこの曲の歌詞はど直球だ。
「あきらめないでどんな時も」なんて、ほかの人に言われたら殴りたくなるような言葉だ。
単純なポジティビティ、無責任な励まし、ありきたりで紋切り型の言葉。
なのに、サンボマスターが歌うと、どうしてこんなに胸を打たれるのだろう。

結局、それもサンボマスターのライブへの挑み方と同じこと、同じ理由なのだろう。
サンボマスターは、本当に、本当にそう思って演奏して歌っているのだ。
「今世界にひとつだけの強い光をみたよ」って本当に思っているから、嘘偽りなく本当に「強い光」を人間の中に見出しているから、一見ありきたりな言葉が単純にも無責任にもならないし、それどころかその言葉たちは圧倒的な信頼感に変わって、人の心に届くのだろう。
これも言葉で書くのは簡単だけど、本当にそれができる人なんか滅多にいないのだ。
雑念を入れずに、ものすごい高い純度で、本当にそう思って、本当にそう信じて、演奏し歌うのことの難しさ。
そしてその難しさゆえの尊さが空気の中をキラキラと舞って、私たちに、私に、届く。
思わず、音楽ってすごい、サンボマスターってすごい、と思う。

そして、とどめは、コールアンドレスポンスだった。
『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』で、山口が「愛と平和!」「LOVE & PEACE !」と叫べば、YouTube のコメント欄には「愛と平和!」「LOVE & PEACE !」の文字がすごい速さで流れ、Super Chat(YouTubeでの投げ銭)が飛びまくる。自分以外のオーディエンスも、みんながサンボマスターの熱に触れ、興奮して、胸を打たれて、たまらない気持ちになっていることが、わかった。そして、これはまさにフェスじゃないか、と思った。フェスで、隣の人が、周りの人たちが、前方にいるたくさんの人たちが、みんな感情を抑えられなくって暴れ出す、あの光景と同じじゃないか。

そうか、フジロックはきっとこれをみんなに見せたかったんだ、と思った。
1年間フジロックを楽しみに生きてきた人たちに、これを見せたかったんだ。

サンボマスターはフジロックの ROOKIE A GO-GO からグリーンステージまで駆け上がったバンドであり、このこともフジロックが2020年のライブをサンボマスターに託した理由のひとつではあるだろう。
だが、それを差し引いたとしても、これを務めるのは、サンボマスター以外あり得なかった、サンボマスターじゃなきゃだめだった、と私は思う。

形式上は「無観客」で「オンライン」でも、同じ空間にいると思わせることができて、いつものライブと同じように熱を渡すことができて、同じようにオーディエンスの胸を打つことができて、同じようにコールアンドレスポンスでコミュニケーションをとることができて、ついにはフェスの光景まで見せてしまう。そんなことができるバンドは、サンボマスターしかいないだろう。


それから、フジロックが2020年のライブをサンボマスターに託したのには、もうひとつ理由があるんじゃないかと私は思っている。

それは『世界はそれを愛と呼ぶんだぜ』の時に起こったことだった。
この曲で山口が「愛と平和!」「LOVE & PEACE !」と叫んだ時、これまでの自分の価値観が揺らいでいくのが分かった。

私はこれまで「LOVE & PEACE !」といった言葉からは距離を置いていた。
なんだか現実を見ていない夢想家が言いそうな言葉だし、実際は何も変えることができないのにそういった言葉を掲げることに胡散臭さを感じていた。あまりにも大きく、あまりにも正しく、あまりにも美しいその理想は、自分からはあまりにも遠く、自分には関係がないことだと思っていた。

だが、この2020年に、フジロックの配信で、サンボマスターが歌う「LOVE & PEACE !」は、大きすぎるものでも正しすぎるものでもなく、生活レベルで私たちに至急必要な言葉だった。


「心の声をつなぐのが これ程怖いモノだとは」

 からの

「僕等なぜか声を合わす」

 そして

「愛と平和!」「悲しみで花が咲くものか!」


それはまるで、世代と都道府県と主義主張で分断された2020年の日本で生活する私たちの不安を掬い上げて、ひとりひとりに「LOVE & PEACE !」と歌うことの意味と楽しさを一瞬で分からせ、そしてそれがやがてフジロックのようなみんなが笑顔で過ごせる世界に繋がるということを、歌っているように思えた。それから、私という個人が、「LOVE & PEACE !」という言葉を常に胸に置いて、時にはそれを発していくことは、フジロックのような世界をつくっていくにあたり決して意味のないことではないのだと、恥ずかしながら初めて心から思うことができた。

フジロックというフェスの素晴らしいところは、何回行っても、行けば必ずひとつかふたつは、自分の中に新しい価値観が生まれたり、これまでの価値観を覆されるところだ。
だけど、今回まさか苗場まで行かずに、YouTube での配信で、ここまで価値観を揺るがされるとは思わなかった。
だから、フジロックがサンボマスターに託したもうひとつの理由は、サンボマスターが今の日本で生活する人々の価値観や気持ちに介入することができる、そんな力を持ったバンドだと信じていたからではないだろうか。


たった4曲のライブだった。
だけど、そのたった4曲で、サンボマスターは、ライブを体験させてくれただけではなく、フジロックを体験させてくれた。
それが、今年、音楽を好きな人にとって、どれだけ大きなことだったか。どれだけ貴重なことで、どれだけ大切なものになったか。本当に、かけがえのない体験だった。

だから、今年のフジロックの私のベストアクトは、文句なしでサンボマスターなのだ。


フジロック後遺症のひとつに、「フジロックから帰ってくると、フジロックで見たバンドの曲ばかりひたすら繰り返し聴き続けてしまう」という症状があるが、今、私はまさにサンボマスターの曲ばかり聴き続けている。フジロッカーが自らに呆れながらも愛しくも感じている後遺症まで味あわせてくれたフジロックとサンボマスターに、私も心の底からできるだけ高い純度で「ありがとう」と伝えたい。そして、次にフジロックに行くことができるのはいつになるか分からないけど、「See You Next Year!」の文字を頭の中の入場ゲートに書いて、私の2020年のフジロックは幕を閉じた。


この作品は、「音楽文」の2020年9月・月間賞で入賞した神奈川県・SUMMER DOGさん(37歳)による作品です。


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