アーティスト

    「We See You」 - 「僕らは君たちを見てる」 The xx 「I See You 2018 Japan Tour」

    2018年2月11日、The xxのライブ終演後。
    金属とコンクリートでできた無機質で武骨なアリーナを、柔らかくて・暖かい光が包んでいた。

    終演を知らせるBGMに合わせて楽しそうに踊る人々…
    あちこちで飛び交う興奮に満ちたおしゃべりの数々…
    どこにでもありそうな終演後の風景。
    でも、観客の表情は、自分が今まで体験してきたどのライブにも増して明るい。
    その瞳は澄んでいて、視線は前を向いている。

    ‛I See You’

    ‘わたし’と‘あなた’を繋ぐのは‘まなざし’だ。
    アリーナを包む不思議な光は、観客ひとりひとりの瞳の輝きだった。
    その柔らかくて・暖かい光は、僕らひとりひとりの「孤独」との闘いの日々を繋ぎ・忘れさせた。
    こんなにすっきりとポジティブな気持ちにさせてくれるライブは久々だった。



    僕はロックが好きだ。
    ロックには哲学がある。
    「伝わるか・伝わらないか」というシンプルな哲学が。

    ハウスも好きだ。
    ハウスには哲学がある。
    「踊れるか・踊れないか」というシンプルな哲学が。

    この2つの哲学は僕にとって、とても大切なものだ。それは音楽のチョイスに留まらず、人生の様々な局面で役に立ってくれる。
    「今日は誰と何しよう?」 といった些細な事から、「これから人生どうしよう?」といった大事な決断まで、この哲学はいつも僕をより良いゴールへ運んでくれる。

    でも、ゴールに向かうその道中はというと…これはなかなかに険しい。
    「哲学とスタイル」=「個性」を貫いてこの社会で生きようとするとき、僕らは常に「孤独」との闘いを覚悟しなければならない。

    世の中にはいろいろな「個性」の人がいる。ふと自分の周りを見渡す、するとみんな違う方向を向いている事に気づく。
    スポーツ、文学、旅、自然…人それぞれ個性の根底にある大切なモノ=哲学は違う。
    そして、その異なる個性が社会という公共の場で出くわすとき、互いの歯車に支障をきたすような軋轢を生む事がある。

    心の半分では「軋轢を避けるべく互いの個性を認め合い、互いに良い価値観を共有する…人と人の出会いが、軋轢では無く価値を生む社会」を望んでいる。
    その方が人生は豊かに・面白く、「幸せ」になるはずだと。
    誰もが自分の足りない「何か」を探している。
    もしかしたら、その「何か」はふとした出会いの中で見つかるかもしれない。

    でも、心のもう半分では、軋轢を恐れている。
    説明するまでも無い、それはときに想像もできないような不幸を招くから。

    だから僕らは、ときに自分の個性を押し殺し、カメレオンの様に擬態する必要を迫られる。
    周囲の色にできるだけ合わせ、表情や会話を取り繕う。
    そして、擬態に疲れ果てたとき、僕の傍には常に「孤独」がある。

    こんな風に、個性には「幸せ」と共に「孤独」が常につきまとっている。
    それはきっとコインのように表裏一体で、日々のふとした瞬間に、バランスを崩して裏返る。
    そうやって突然に訪れる「孤独」は僕らを痛めつけ・沈ませる。ときに激しく、立ち直れなくなる程に。

    「何事もバランスが大事・ほどほどに生きるのがいいよ」
    多くの人はそう言う。
    自分に言い聞かせるように。

    人並みの幸せ:哲学やスタイルなんて気にせず、みんなが好きなモノを好み、みんなが好きな事を楽しみ、険しい道中を避け、みんなで肩を並べて生きていく。
    そうすれば、コインは容易く表にできる。
    波風さえ立てなければコインが裏返る事も無い。
    ずっと幸せでいいじゃないか!…

    よく分かる…

    けれど、僕にはそれができなかった。
    険しい道だと知りながらも、自分だけのゴールをどうしてもあきらめられなかった。
    そして、それは僕だけじゃない。
    世界はそんな仕方のない人達の、たくさんの孤独で溢れている。



    The xxのメンバーであるOliver、Romy、Jamieの3人も、そんな仕方のない人達だ。
    だから、彼らの作る表現・音楽には、「個性」と「孤独」というテーマがある。

    もちろん、同じテーマを表現するバンドやアーティストは、彼らの他にもシーンに巨万といる。
    そして、その表現の核となるのはほとんどの場合「共感」である。

    だが、The xxは違う。
    彼らだけが有する・彼らの表現・音楽の核となる「特異点」がある。
    それは「共存:Coexist」だ。

    Oliver、Romy、Jamieという才能・性格・趣向・セクシャリティーに至るまで。
    色んなモノがバラバラな3人が、それぞれの持つ「個性」と「孤独」をそのままに、互いの会話・コミュニケーションを通じて心地よいスペースを生み出す。
    これが、The xxの音楽が有する「共存:Coexist」というアプローチだ。
    「孤独」の群れの中で、彼らは常に美しい「共存」の在り方を探る。
    このスタイルこそがThe xxの表現・音楽を特別なもの足らしめている。

    3rdアルバム『I See You』は、その「共存」の範囲がバンドの枠を超え、リスナーにまで広がった。
    そして、『I See You』をタイトルに冠した今回のライブで、彼らはその「バンドとリスナーの共存」を、ステージの上で具現化して見せた。

    幕張メッセの円形イベントホール。
    9,000名のキャパシティーを誇る巨大なステージに現れたThe xxと名乗る3人組。

    ステージ上手にベース・ボーカルのOliver Sim。
    このバンドに「生きた」音のうねりをもたらすのが彼のベースだ。
    Jamie が鳴らすサンプリング音(骨)に沿って、熱の籠ったOliverのベース(血と肉)が流れる時、The xxの楽曲の波は生命のごとく有機的にうねり出す。
    「ロック」と「ハウス」が有機的に結び付いたそのうねり…その「揺れ」はとても心地よい。

    ステージ下手にギター・ボーカルのRomy Madley Croft。
    JamieとOliverが繰り出すビートの波間を、Romyのギターは華麗にサーフする。音の波を纏い、楽曲のダイナミクスを高めていくその様子は見事という他無い。
    そして、彼女の人柄もまた、The xxの音楽の魅力の一つである。
    ライブの一場面、彼女が流した歓喜の涙は、確実に観客全員の心を揺さぶったに違いない。
    異国の観客が、自分たちの音楽に興奮する様に、感極まりながら歌った「Performance」は、誠実で芯の通った彼女のパーソナリティーが伝わってくる、とても美しい振動だった。

    彼ら2人が交互に織り成すコーラスワーク。
    低域をOliverが、高域をRomyが、それぞれに声域を補い合う2人の歌こそがThe xxの最大の魅力だろう。
    「男女のパート分け」という単なる「機能」に留まらず、お互いの声を引き立てるような「思いやり」の果てに存在する会話のようなコーラスワークは、彼らの親密な間柄無しには実現しえない美しさを孕んでいる。

    そして3人目、ステージ中央、2人より少し奥のDJブースに立つJamie XX
    キーボード・サンプラー・ドラムパッド…様々な楽器を自在に操り、シンプルなビートを重ねる事で楽曲の骨組みを作り上げるのがJamieの役割だ。
    彼の音楽の核にある「ハウス」には、不安定な情緒・攻撃性・影がある。
    それらはいずれも「孤独」と隣り合わせで存在しながら、日常においてはため込んで・押し殺さなければならないモノたちだ。
    彼は日常でため込んだそれを、音に乗せて解き放つ。
    Jamie XXのそんな音こそが、僕らが抱える「孤独」の恐怖を吹き飛ばしたのだろう。

    才能・性格・趣向・セクシャリティー…音楽スタイルからステージでの立ち振る舞いや、それぞれの表情に至るまで…
    3人はそれぞれに本当にバラバラだった。
    でもそんな3人が奏でる音楽はしっかりと「共存」していた。
    Jamie XXが丁寧に重ねていくビートのループと、互いに音域を補いあうOliverとRomyのコーラスワーク…ゆっくりとお互いの魅力を確かめ合うように、ダイナミクスを獲得していくその様は、自然体でとても力強い。
    彼らは、それぞれの哲学・スタイルを曲げることなく、互いの魅力を最大限引き出せる様配慮し、「The xxの音楽」を鳴らしていた。
    「共存」する事を僕らの目の前でやってのけた。

    お互いの「本当の姿」を露わにした上で、「見つめ合う」というプロセスを経て生まれる表現。
    だから、その音楽には「まなざし」が宿る。
    そして、そのまなざしは聞き手である僕らの「本当の姿」をも優しく見つめてくれる。

    「孤独」の「共存」。

    矛盾を孕んだ言葉の通り、とても複雑で儚いと思っていたそれは、とても純粋で力強かった。

    あのライブの空間で、僕らは音・揺れ・まなざしを通じて繋がった。
    その繋がりは僕らを勇気づけ、コインを表へと裏返し、僕らのまなざしを変えた。
    僕らは彼らの伝えたいモノを感じとる事ができた。
    そうやって、会場は柔らかくて・暖かい光で包まれた。
    それはとても美しい時間だった。

    大げさかもしれない。気のせいかもしれない。
    それでも…理屈よりも自分の感覚を優先したくなるような、そんな時間だった。

    日々の生活で訪れる「孤独」は数え知れない。
    それでも僕は自分を信じている。
    その様子が人の目に滑稽に映っても、それでも構わない。

    The xxが見せてくれたあの繋がりは、僕らのそんな「孤独」な闘いの日々を肯定し、共存してくれた。

    そして、僕が信じていた「伝わるか・伝わらないか」というロックの哲学と、「踊れるか・踊れないか」というハウスの哲学が合わさり、目の前に現れたその時間は…僕が求めたゴールの姿だった。
    そう、それは偶然に訪れた、とても美しい時間だった。

    ‛I See You’

    「僕は君を見てる」

    そして、彼らのYouTubeチャンネルで公開されている『I See You Tour』の『Lollapalooza Berlin』の様子を収めたショートフィルムのタイトルはこうだ。

    ‛We See You’

    「僕らは君たちを見てる」

    『The xx』という言葉が指す通り、僕らひとりひとりは互いの名前も顔もわからない。
    けれど、お互いを見つめる事で、繋がる「何か」がある。
    まなざしにはそんな不思議な力が宿っている。
    その「何か」を胸に僕らは孤独を乗り越えていく。
    もう一度出会うその日まで。


    この作品は、「音楽文」の2018年4月・月間賞で入賞した神奈川県・bou-changさん(28歳)による作品です。


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