ヒトリエと言う名のポラリス - 令和元年6月1日新木場スタジオコーストで見た景色の事

拝啓wowakaさん。

あなたが綺麗だと言った令和元年。
6月1日新木場スタジオコースト。

季節外れの暑さが続いていたその日も、
厳しい日差しが人々の列を照らしつけていました。
新木場の潮風は相変わらず湿気を含んで、肌にまとわりつくようでした。

あなたの追悼会に先駆けて、昼過ぎから始まった物販と献花、
写真展にはそれぞれ長い列が出来ていて、並んだ人達の面持ちは一様に複雑でした。
黒い衣装をまとった人も多く、ライブハウスとは思えない重く沈んだ空気が漂っていました。

普段なら、ライブ前のこの時間帯は皆眼を輝かせているタイミングだけど、
この日、コーストに集まった人々はみな同じ穴を心に抱えていたのだと思います。

皆の心の中には、あなたの居場所があったんです。
そして、あなたが居なくなってしまったあの日、穴が空いてしまった。
心に占める割合が大きければ大きいほど、その穴は大きく深くて。
それは他のどんな物で埋めようにも、綺麗に埋まる形ではなくて。

そんな穴を抱えた人達が、この日のスタジオコーストに集まっていたんです。
献花を終えた人、写真展を見た人、多くの人が涙を流しながら会場から出て来ました。
きっと自分の心に空いた穴の大きさを改めて痛感する瞬間があったのでしょう。

そんな複雑な空気感のまま、あなたの追悼会は始まりました。

2年前のスタジオコーストでのライブ映像、
スクリーンの中からあなたの声が響いて、
フロアの皆はそれに応えるけれど、その声はやっぱり涙交じりで。

映像が終わって暗転した会場には、聴いた事も無いほどの嗚咽が溢れていましたよ。
こんなに多くの涙で始まったライブを私は知りません。

その後SEが流れて、照明が瞬き始めた時、正直少し混乱しました。
追悼会と銘打たれて始まったライブでしたから、
何が行われるか何も知らないままフロアにいたんです。

そんな中、シノダがあなたの愛用のギターを掲げて現れました。
ゆーまおとイガラシもそれに続いて、ポジションはいつもの通り。
スポットライトの中、シノダはいつもあなたが立っていた場所にギターを据えて、
そこにはいつものマイクスタンドも2本立っていて。あなただけが居なくて。

ジャズマスを持ったシノダが語りだしました。
涙交じりで語られたその言葉には、
この日を迎えるのにどれ程の覚悟が必要であったのかが滲んでいました。

そして、あなたがいつも言っていたのと同じ言葉、
ヒトリエです、よろしくどうぞ」
その言葉でライブは始まりました。

3人が選んだ最初の曲は、「HOWLS」の幕開けと同じ「ポラリス」でした。
歌詞に登場する「あなた」と「僕」の意味がこの日は余りに胸に刺さり過ぎて、
本当に苦しかった。

シノダの歌声は優しさと悲しさが等しく響く様な歌声でした。
ゆーまおのコーラスも、イガラシのコーラスも、
それぞれに悲しみの色が滲んでいました。

さっきも言った通り、やっぱり皆、心に大きな穴が空いているんです。
でもね、その穴が大きいから、3人の歌声はその大穴に響いて、
あり得ないくらい美しく、悲しく響いたんだと思います。

その後は、もうぐしゃぐしゃでした。
「踊るマネキン、唄う阿呆」でも、「アンノウン・マザーグース」でも
「青」でも「SLEEPWALK」でも、「トーキーダンス」でも
皆ぐしゃぐしゃの顔で泣いて、叫んで、踊って、跳んでましたよ。

ライブが終わりに近づいて、シノダがヒトリエの今後について語ると、
この日一番と言っても良いくらいの大きくて、長い拍手が起こりました。
その拍手の意味が伝わったのかな、シノダは感極まってましたよ。
そして最後の曲「ローリンガール」で巻き起こった大合唱。

シノダが言っていたけど、その声は天国に届いたのかな。
いや、この日のあなたは天国ではなくて、
きっとコーストにいたんじゃないかな。そんな風に思ってます。

ライブの最後、みな叫んでました「ありがとう!!」って。
誰一人として、「さよなら」って言う人はいませんでした。
皆あなたとお別れする気なんてなかったんです。
ただ、感謝を伝えたかった。
あなたから貰った物が多過ぎるから、その事を伝えたかった。
だから皆「ありがとう!」って叫んだんです、きっと。
聞こえたでしょう?

ライブが終わって、幕が下りて、会場に「HOWLS」の音源が流れていました。
皆、名残惜しさが募って退場できずにいる中、何処からともなく歌声が上がりました。
皆が音源のあなたの声に重ねて歌い出しました。

『忘れられるはずもないだろう 君の声が今も聞こえる
泣き笑い踊り唄う未来の向こう側まで行こう』
【ポラリス/ヒトリエ】

でもね、ライブの始まりには涙で掠れていた歌声が、
どこか力強い声に変わっていました。
聴いた事が無いほどの泣き声で始まったライブだったけれど、
最後に皆、心の中に新しい希望が生まれていたのかもしれません。

思えばあなたの歌はいつもそうでしたね。
暗闇の中の一筋の光を。
絶望の中の希望を。
悲しみの果ての喜びを。
あなたはそういう事をずっと歌っていましたね。

そして、私たちが立ち竦む一線を、
超えた先にある素晴らしい景色をあなたはいつも教えてくれました。

コンピューターの歌声が人の心を震わせる事など無い、
そんな頑なな思い込みを、あなたは超えて見せてくれた。

そして、コンピュータの奏でる楽曲は最早人間の能力を超えた、
そんな私たちの思い込みすら、あなたはヒトリエで超えて見せた。

そうやって、あなたが一線を越えるたびに見せてくれる景色は
これ以上ないくらいに輝いて見えました。
その輝きを感じられたからこそ、人間の可能性を信じる事が出来たんです。

あなたの追悼会で最後に見た景色。
会場を後にする時、皆泣きはらした顔に微笑みを浮かべていました。
その眼はしっかりと前を、未来を見つめる眼でした。

それこそ、あなたが信じてやまなかった人間の可能性、
悲しみの先の希望なのかな、ってそんな風に思います。

少し話が長くなりましたね、ごめんなさい。

そうだ、最後に、あなたが以前に書いていた事を思い出しました。
ポラリス(北極星)って肉眼で見ると一つの星に見えるけど、
実は三つの星で出来ている3連星なんだって事。

なんかさ、出来過ぎですよね。
あなたが全てを見越していたような、
そんな勘繰りすらしてしまいたくなるほどに。

でも、あの日コーストで、シノダ、イガラシ、ゆーまおが見せてくれた強い光は
新しい「ポラリス」として道しるべになるんだと、信じられます。

あなたが信じた3人ですものね。
ヒトリエと言う名のポラリスはこれからも輝き続けるんだと、
そう、信じられます。

wowakaさん、本当に、本当に・・・ありがとう。
それでは、またいつか、どこかで。


この作品は、「音楽文」の2019年7月・入賞を受賞した東京都・百町森さん (42歳)による作品です。


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