『 回想ではなく再生として 』 - —真島昌利が描く過去—

 ザ・ブルーハーツに「年をとろう」という曲がある。

  《年をとろう 風のように軽やかに そして楽しいことをしよう》

 真島昌利によるこの楽曲のように年をとれたらいいと思う。

 人間は生きていれば年をとる。それは誰しも逆らえないことで、生きているかぎり「老いていくこと」と「過去が増えていくこと」から逃れることはできない。しかし、それが自然の摂理とわかってはいても、受け入れることは難しいというのが実際のところで、私たちはふとしたときに「過ぎ去った時間」の集積の大きさに愕然とすることがある。そして、楽しかった過去の出来事に執着したり、あるいは辛かった記憶からは逆に距離をとろうとしたりする。

 「年をとろう」が収録された『DUG OUT』が発表されてから、30年近くの時間が経つ。その間にハイロウズを経て現在クロマニヨンズで活動している真島も、その歳月の分だけ年をとってきたわけだけれど、一般的に彼はその「変わらなさ」が魅力のひとつとして特筆されることが多い。
 とはいえ、長い年月を経ても彼が変わらないように見えるのは、実のところ常に変わり続けているからではないだろうかとも思うのだ。それはさながら流れ続ける川のように、燃え続ける太陽のように、「ひとつのことを続ける」ための変化であるといえる。

 ここで取り上げたいのは、クロマニヨンズをはじめてからの彼の作品における変化だ。その変化とはつまり、この10年ほどのあいだに、「過去」というものが彼の楽曲の「風景」として切り取られ歌われるようになったというものだ。
 そうした楽曲からは彼が「年をとること」や「過ぎ去った時間」に対して、どのように対峙しているかが透けてみえるように思われる。

 その変化の例として、たとえば近年のクロマニヨンズにおける彼の作品のなかから「カーセイダーZ」「小麦粉の加工」「整理された箱」などが挙げられる。


   《今日も一日中
    働いて 稼いだ
    稼いだ 稼いだ 稼いだ 稼いだ

    ビンとカンにうまり
    排気ガスにまみれ
    稼いだ 稼いだ 稼いだ 稼いだ》
                   (「カーセイダーZ」『MUD SHAKES』)


   《本を読んでいた
    何も食べないで 何も飲まないで
    夕方になった

    気がつけば少々腹がへっている
    何か食べにいこう
    何にしようかな》
                   (「小麦粉の加工」『PUNCH』)


   《その箱はあっち
    この箱はそっち
    降っても晴れても倉庫の整理だ
    (中略)
    うんざりするけど
    仕事終わりには気持ちがいいんだ
    整理された箱》
                   (「整理された箱」『PUNCH』)


 これらの作品には「過去」の、それもこと二十代前半の「何者でもない時代」の風景が描かれてはいないだろうか。ほかにも同じくクロマニヨンズの「自転車リンリンリン」「流線型」「ネギボーズ」など、同様の風景を描いた作品は数多い。

 それは、以前の彼の作品にはあまり表れなかった風景で、ある意味意外なものであるとさえいえる。なぜなら彼はこれまで何度も、「昨日でも明日でもなく今日」という形で「今」について繰り返し歌ってきたからだ。


   《思い出は熱いトタン屋根の上 アイスクリームみたいに溶けてった》
                 (「1000のバイオリン」ブルーハーツ)
 
   《昨日の事は 蟻にあげたよ 明日の事は蠅にあげるよ
    だけど今この瞬間は 神様にもあげはしない》
                 (「一人で大人 一人で子供」ハイロウズ)

   《今日走ってゆく 今走ってゆく 明日とかわからないし 別にいい》
                 (「紙飛行機」クロマニヨンズ)


 というように、また「過去のバンドの曲はやらない」という彼の活動に実践されているように、「今」に対する熱量というのは、彼の音楽におけるひとつの命題であるといえるほどに何度も繰り返される。

 もうひとつ、これまで「風景」としてたびたび歌われてきたのは、「少年期の夏への憧憬」だ。たとえば先述の『DUG OUT』に収録された彼の楽曲のほとんどに「夏」という言葉が登場するように、またハイロウズ時代にはその名も「夏なんだな」という楽曲があることからも、「マーシーといえば夏」といってもいいほどに、そのモチーフは彼の作品風景とわかちがたく結びついているといえる。

 とはいえ、彼の描く「夏の風景」は多分に「少年性」をたたえたものであり、「働いて稼ぐ」以前の時代を想起させるものではないだろうか。
 ではなぜ今になって、「何者でもなかった時代」の風景をここまで歌うようになったのか。究極をいえばそれは真島本人にしかわからないことで、何か大きな理由があるのかもしれないし、よく本人のいうように「なんとなく」なのかもしれない。

 しかし一方で、こうした「過去」を歌っていながら、なぜそれが単なるノスタルジーに聴こえないのか、ということについては、受け手のひとりとして考えることができる。
 それはつまり、彼が「過去を振り返っていない」からではないだろうか。「過去」を歌っていながら「振り返っていない」というと矛盾するように聴こえるかもしれないが、それは「過去の自分が歌っている」からだと言い換えることもできる。たとえば先に挙げた「自転車リンリンリン」にそれは顕著だ。


   《ハンドル持つ 手が冷たい
    自転車こぐ バイト帰り
    凍っちゃうよ

    坂道だよ 上り坂だ
    立ちこぎだよ 晩メシには
    何食おうか?

    家賃10円になればいいのになあ》


 というように、ここで起きていることはすべて「現在形」で歌われる。だからこそ「家賃10円になればいいのになあ」という感嘆が成立しうるのだし、これがもし「ハンドル持つ手が冷たかった」になると、そこに見える風景は「回想」という、まるで異なるものに変わるだろう。
 したがって、クロマニヨンズの真島作品における「過去」とは、「回想」されるものとしてではなく「再生」されるものとしての性質を持つといえる。
 いってみれば、彼は自身の中にそれぞれの時代の自分をいくつも持っていて、それを曲によって聴き手に差し出しているということもできるかもしれない。

 余談だが、そういった意味で彼のソロ作『夏のぬけがら』は異色であるといえるだろう。なぜなら、ここで彼が歌う風景の多くは、たとえば「さよならビリー・ザ・キッド」にしろ「花小金井ブレイクダウン」にしろ、過去形すなわち「回想」によって歌われているからだ。(もっとも、これらの作品はたとえばブルース・スプリングスティーンの『The River』のように、ストーリーテリング的な要素を多分に含んでいるからだということはできる)
 また、そもそも「ぬけがら」というものが「終わったあとに残るもの」であるということが示しているように、「振り返る」ことに重きを置いた作品であるという点が、今作を彼の作品のなかにおいて異端なものたらしめていると思うのだ。だから私をこの作品を聴くたびに、夏の暑さというよりも、その後にやってくる晩秋の冷ややかさを感じる。

 ところで先に、なぜ彼が「何者でもなかった時代」について歌うようになったかは本人しかわからない、と述べた。また、その理由を本人の口から聞きたいとも特には思わない。しかし、思いを巡らせるのは楽しいことだ。そして、推測が許されるのならば、それは「リベンジ」のためではないかと思う。
 甲本ヒロトと出会うまえの彼がザ・ブレイカーズというバンドで活動していたというのはファンにはよく知られた話だ。当時の東京モッズシーンの人気バンドであったブレイカーズがメジャーデビュー直前に解散してしまったことは、当時の彼にとって相当大きなショックであっただろうというのは想像に難くない。また実際いくつかのインタビューで、「ロック聴いても元気出なかった」ほどにバーンアウトしていたということを本人も語っている。

 そうした、いわゆる「暗黒時代」の日常を切り取ったのが、たとえば「自転車リンリンリン」であり「小麦粉の加工」であるのではないかと思うのだ。そして、これらの楽曲において彼のリベンジは、「当時の自分に歌わせる」こと、すなわち「再生」によって果たされているというのは既に述べたとおりだ。
 ここで特筆すべきなのは、彼の「再生」には懐古についてまわる「感傷」のにおいがしないということである。
 つまり、とかく郷愁や悔恨といった感情で振り返りがちな過去の出来事を、クロマニヨンズにおける真島作品は感傷的な述懐ではなく、ただ歌のなかに風景を描き、そこに当時の自分を置くことで再生しているということだ。
 だからこそ、たとえば「コロッケ定食」(クロマニヨンズ)の、一聴したところファニーで明るいスカビートのなかで繰り返し歌われる「だんだんよくなる」というフレーズには、当時の彼の心境がひときわリアルに感じられはしないだろうか。

 そして、「リベンジ」のきわめつきは同じくクロマニヨンズの「ミシシッピ」だ。〈ミシシッピのデルタ〉〈アパラチアの炭鉱〉〈リバプールの穴蔵〉という、それぞれ「ブルース」「ブルーグラス」「マージービート」の勃興地を歌い並べるこの曲の最後に、〈東京の笹塚あたり〉と抜け目なく、自分と甲本がバンドをはじめた地を高らかに歌うことで、彼の「何者でもなかった時代」は、強かなまでに見事に「今の自分」によって音楽に還元されるのだ。



 あえて重箱の隅をつつくように述べてきたが、何よりもおもしろいのは、おそらく彼が何十年も前に経験したであろうことが描かれた楽曲が今、私たちの生活に何かしらの感銘や気づきを与えているということである。
 それはやはり、「何者でもなかった時代」の風景をことさらに主張するのではなく、あくまで題材として扱っているところによるものだし、彼の歌の持つすぐに歌えるような親しみやすさ、またそこにある普遍性によるところが大きいといえるだろう。
(「うんざりするけど 仕事終わりには気持ちがいいんだ 整理された箱」というフレーズ以上に人間の実感を的確に歌った歌が、ほかにいくつあるだろうか?)
 だからこそ、特に彼の出自を知らずとも、また本人に「これはバイト時代の曲ですよね?」と確認をとらずとも、私たちは彼の楽曲を楽しむことができるのだ。

 バイト時代の真島青年は、「ビンとカンにうまり 排気ガスにまみれ 稼いだ」なんでもないある一日のことを、30年以上経った別の日にステージの上で「カーセイダーZ」と歌っているとは、よもや想像できただろうか。
 また、「世界が歪んでいるのは 僕のしわざかもしれない」(「チェインギャング」)と歌っていたブルーハーツ時代の彼が、数十年後にクロマニヨンズで「うまくやれる だから笑ってりゃいいんだ 今日も明日も ワハハのハ」(「ワハハ」)と歌っているのだ。その振れ幅が彼の音楽の持つ大きな魅力だし、そのどちらもがひとりの同じ人間から発せられたものであるのだから、人生というのはおもしろいものだと思う。

 人間は年をとる。それは誰しも逆らえないことだけれど、「老いていく」ということはまた、生きている人間だけに与えられた「可能性」でもあるのだ。それは私たちが「楽しかったあの頃」を飛び越えられる可能性であり、「思い出したくもない過去」の記憶を、いつのまにか笑い飛ばせるほどに強くなれる可能性のことでもある。
 そうやって、強かにタフに変わっていくことこそが、「風のように軽やかに」年をとるということではないだろうか。そして、断ち切るのでもなく、しがみつくのでもなく「自分のなかにいくつもの時代の自分を持つ」ということこそが、「年をとること」の醍醐味だということを、真島昌利の歌は教えてくれるのだ。


この作品は、「音楽文」の2021年4月・月間賞で入賞した東京都・芦塚雅俊さん(33歳)による作品です。


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