奇跡のアンコール来日公演が実現し、フェアウェルツアーの大団円を日本の地で迎えたミスター・ビッグ。2月25日の日本武道館公演のライブレポートをお届けします。(rockin’on 2025年5月号掲載)
文=増田勇一
長きにわたりこのバンドを人生の一部にしてくれてありがとう。心の底から感謝している。君たちのことをファンとは呼びたくない。友達だと思っている。ミスター・ビッグとしてステージに立つのはこれが最後になるが、この先も会えるはずだ。いつ、どこで、どういう形になるかはわからないが、また再会しよう」
2月25日、日本武道館。バンド始動当初からこの国と深い縁を保ち続けてきたミスター・ビッグにとっての正真正銘の最終公演が行なわれた。3日前に開催されていた大阪城ホール公演に続き、この日も会場内は超満員。場内にはフェイバリットバンドの最期を見届けようとする深刻なムードではなく、最後の一瞬まで笑顔で楽しみ尽くそうというポジティブな空気が充満していた。
ただ、最後の最後にバンドの創始者であり最年長者であるビリー・シーンがオーディエンスに語り掛ける場面では、驚くほどの静寂がそこにあった。本稿冒頭の発言はそこから引用したものだが、大好きなバンドのメンバーにこんなことを言われて、心を動かされない人間などいるだろうか。しかもこんな言葉が発されている際にスクリーンに映し出されたエリック・マーティンの姿は涙ぐんでいるようにも見えた。
ミスター・ビッグは2023年7月、『ザ・ビッグ・フィニッシュ』と銘打たれたフェアウェルツアーの一環で来日し、その際の千秋楽にあたる同月26日の日本武道館公演が、彼らのこの国での最終ステージとなるはずだった。ただ、同ツアーがそれ以降も欧米などで続いていくなかで、再演を求める日本のファンからの声が殺到し、メンバーたち自身のなかで「やはり最後に、もう一度だけ日本で」という気持ちが高まってきたことが、今回のアンコール公演に繋がったのだった。
なかにはこうした流れを、あらかじめ筋書きが用意されていたドラマと決めつけようとする向きもあるだろうし、昨年夏に『テン』と題された新作アルバムが登場した際には、「ツアーはもうやらないが新曲を作ることはできるし、それに伴う単発的なライブをやる可能性はある」といった発言をするメンバーもいた。それだけに熱心なファンのなかにも、何らかの形で活動が継続されていくのだろうと受け止めていた人は少なくなかったはずだ。しかし実際に今回の公演を経たうえで感じたのは、ここできっぱりとした終止符を打とうとするバンド側の意志だった。
前回のジャパンツアーの最終公演の際には、終演間際になってステージ上にメンバーたちの家族らが呼び込まれ、さらには2018年に他界したパット・トーピーの夫人と息子まで登場するといった象徴的な場面も用意されていた。それに対して今回は、そうした特別感のある趣向はなく、それがむしろ逆に、バンドが現在なりの自然体のまま最終地点に着地することを望んでいるのを示しているように感じられた。選曲面でも、代表作である『リーン・イントゥ・イット』の完全再現が軸とされていた前回とは異なり、今回は定番曲ですらない“ミスター・ゴーン”で幕を開け、基本的には総括的でありながら、同時に『テン』からも2曲を盛り込むといった構成。さらにショウの中盤に、演奏のみによるメドレーが組み込まれていたりもした。
しかもライブ本編の最後に組み込まれていたのは、 “フォエヴァー・イン・アワ・ハーツ”。この曲は、ビリーがこのフェアウェルツアーで赴く先々で、ファンに向けての挨拶のなかで「永遠に、我々の心にある」という言葉をたびたび口にしていたことに触発されたポール・ギルバートが作詞/作曲した最新曲であり、今回の来日公演を前にリリースされていたものだ。彼らは今回の日本上陸の前にインドで2本のフェスに出演しているが、この楽曲はその際と日本での2公演、つまり計4回しか演奏されずに終わることになる。
また、この日本最終公演に先がけ、彼らが能登半島地震災害復興支援プロジェクトを立ち上げ、オークションやTシャツ販売によるチャリティを実施していたことも書き添えておきたい。彼らには、東日本大震災発生翌月にあたる2011年4月に予定通り来日公演を行ない、いち早く被災地でのライブを実現させたという過去もある。こんなにも日本に寄り添ってくれたバンドが他にいただろうか? ビッグ・イン・ジャパンという言葉は、この国で高い支持を得ているものに対する揶揄に用いられることも多々あるが、彼らがそうなり得たのは、彼ら自身の中でも日本が大きな存在であるからこそなのだろう。そんなバンドのライブを観られなくなるのは残念なことではあるが、この先、彼らの音楽を愛する人たちの心からその存在が消えてしまうことは絶対にないはずだ。
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