“いちについて”は、生きることの尊さが、その「うまくいかなさ」や、そこはかとなく漂う惨めさの向こう側で静かに歌われる曲だ。だが、そこに怒りや苛立ち、あるいは自身を含めたすべての傍観者を告発するようなシニカルな手触りはない。あいみょん自身が爪弾く柔らかなアルペジオや、すべての隙間にぬくもりをたたえたメロディに象徴されるように、厭世観や諦念ではないあたたかな受容の温度がある。そこが素晴らしいし、器大きく世界を見つめるこの感性こそが、音楽家としての大切な深まりとその末永い活躍を裏付けている聡明さなのだと思う。身も蓋もなく秒針を貪るように進んでいく時代の中で、嘆きも諦めもせず、ただ懸命に生きることを研ぎ澄まされた音楽表現に昇華してみせること。そうして、ただただ豊かな音楽を鳴らすこと。この地に足のついた姿勢こそが、世界やシーンに対する、的確で批評的なあり方になっている。
メロディ、アレンジ、歌、歌詞、詩性。すべてのクオリティにおいて、究極的な洗練を味わわせてくれる楽曲だ。とても嬉しい。その嬉しさを、ダイレクトに伝えながら進めさせてもらうインタビューになった。
あいみょんの隣で、音楽はいつも確かに深まっていく。これからもあいみょんは音楽と親密に生きていく。
rockinon.comでは、7月30日発売の『ROCKIN'ON JAPAN』2025年9月号のインタビューから内容を一部抜粋してお届けする。
インタビュー=⼩栁⼤輔 撮影=Nico Perez
“生きていたんだよな”みたいな曲作ってほしいって言うけど、作れないよって。自分がそのモードになった時に急にできるものだから。だけど、それが今、来たんじゃないかな
──今回の“いちについて”は、今の世の中に対する音楽的な提案にもなっていて。感動しましたね。
本当ですか。ありがとうございます。
──この曲は今までのあいみょんの中にもない曲だし、ディレクターの高倉(壮一郎)さんが腕を振るっていて。
ははははは。見過ごせないですよね。高倉壮一郎の名前(笑)。クレジットに入るのは初めてなんですよ。嬉しかったです。高倉さんがギターとベース弾くって言ってくれて。「やったぁ! クレジット絶対、入れましょうね」とか言って(笑)。今までも題材としてこういう曲は書いてるんですけど、アレンジ面はすごく特殊ですし。こういう曲をドラマ(日曜劇場『19番目のカルテ』)の主題歌でっていうこともあんまりなかったので、原点回帰の気持ちですね。
──原点回帰っていう感じなんだ。
私は元々“生きていたんだよな”っていう、命について歌った曲でデビューをして。要所要所で命については歌ってきたんですよね。今回のジャケットも、パンツにお花がある『生きていたんだよな』みたいな、ちょっとシリアスに見える空気感を出したいって(アートディレクターの)とんだ林蘭さんが言ってくださって。その時に、原点回帰っていう思いになりましたね。そういう意味もあり、この曲が30歳、最初の曲になりました。
──原点回帰の曲を書こうと思って書いたの?
全然、そんなつもりはなくて。ドラマの主題歌のお話をいただいて、命について歌ってほしいっていうリクエストがあって。そういうテーマはよく歌ってはいたから、と思いながら作ってはいましたね。もうちょっとでデビューから10年で、30歳、改めてまたあいみょんとしてスタートだなっていうタイミングでこういう曲を作ったので、ある意味、ひとつの区切りとして、また1からですっていう感じがしたのはありますね。
──このご時世に珍しいぐらい、曲としてシンプルで、すごく挑戦的だよね。
私は原作を読んだ時に、もう少し明るい曲がいいのかな、みたいなイメージはあったんですよ。でも、もっと「命」を歌ってほしいっていうことだったので、じゃあ、もう重すぎるくらいで書こうかなって。こういう曲を主題歌とかシングルとして出せる機会ってほとんどなくて、ほんとに“生きていたんだよな”ぶりじゃないですか。アレンジ面に関しても、前半ほぼ弾き語りっていうのもなかったですし。ただ、こういう曲をやりましょう、こういうアレンジをしましょうっていう提案をもらうと、すごいワクワクするんですよね。これ、今私しかできひんかもって。私やからできると思いたいし。こういう曲は、元々そういう曲を書いてたし、リリースしてたからこそできるから。
──本当にそう思う。あえて言うなら、あいみょんにしか許されない。
ほんとですか。個人的に、すごく重い内容になってるかなと思ってはいるんですけど、捉え方は人それぞれなので。この曲がどういうふうに世の中の人たちに届くか、楽しみですね。
──曲の佇まいは元々こうだったの? それとも引いて引いて、こうなったの?
いや、元々は、弾き語りで全部いこ、ぐらいだったから、マイナスから始まって少しずつプラスしていきました。
──弾き語りでいこうと思ったのはなんでだったの?
デモはもちろん、私が弾き語りで歌ってるじゃないですか。それを聴いて、スタッフさんや高倉さんと、これでいいんじゃないかな?ってなった感じですね。そのほうが余計な情報がないし、歌詞で伝えたいことが入ってくる気がするっていう。後半は少し色づけしましょうってなったけど、でもそれも最小限です。こんなに少ない人数でレコーディングやるんや、ぐらいの(笑)。高倉さんがギターとベース弾いてますし、ドラムも打ち込みで、アコギは自分で弾いてるので。なるべく、最初にこれでいいんじゃないかって思ったイメージに近いままにしました。前半、1サビのラストまで弾き語りっていうのは初めてだと思いますね。でも、私が思うシンガーソングライターって、これなんですよ。アコギひとつと──ピアノでもいいんですけど、それと曲と、歌詞、自分の声。これだけで伝わるものがいちばんいいんじゃないかって思ってる部分もあるから。いろんな曲を出してきて、いろんな曲を知ってもらえた中で今、こういう音楽を出せるのは、今回のドラマのお話をいただいたからでもありますし。10年経ってもまだこういう曲を書けるっていうのは、不思議とすごく嬉しかったりもして。あ、私の中ではきっと、生きることとか死ぬこととか、人生ってものに対しての不安だったりもやみたいなものは拭えてないんやな、とは思いましたね。
──今回、人生におけるもやもやする感じや死生観が詰まってる箱の蓋を開けたわけだけど、今も自分の中にそのヒリヒリしたものがちゃんとあると思うと、ほっとする感覚があるんじゃない?
私、めちゃくちゃ明るい性格ですし、普段はあんまりテンションの浮き沈みもないんですよ。だけど、ふとひとりになった時とかに考え込みすぎて、めちゃくちゃ病んだりする時もありますし、昔はそれをもっと表に出したんです。だけど今は大人になって、それを制御するやり方も知ってるし、出さないだけというか。「あいみょんって、若い頃のヒリヒリ感なくなったよね」ってすっごい言われるけど、別になくなってないんですよ。見せないだけで。子どもの頃って、泣きたい時に泣くし、ムカついた時にムカつくし、物投げたかったら投げるじゃないですか。それをしなくなっただけというか。「あいみょんって、もう死ねとか、生きるとか、“生きていたんだよな”みたいな曲とか歌わなくなった」「ああいう曲作ってほしい」って言うけど、簡単にはそんな題材の曲、作れないよって。自分がそのモードになった時に急にできるものだから。だけど、それが今、来たんじゃないかな。こういう曲をまだまだ書こうとしてる自分に対しては、ちょっと喜びみたいなのものはあります。あと、世の中への反抗心。ちゃんと書いとるわい、みたいな(笑)。