そんな斉藤壮馬の待望のフルアルバム『Fictions』は、いつにも増して多彩で豊かなバンドサウンドに彩られた作品となった。「宇宙」を感じさせる大きなスケール感の中で、虚構とも現実ともつかない「フィクション」を描くというコンセプチュアルなアルバムとなった今作は、まさに彼のイメージの源泉に触れるかのようにフレッシュで、いつにも増して聴くものの想像力を掻き立てる。それは短編のファンタジー小説集、SF小説集を読むに似た、不思議なトリップ感覚。斉藤壮馬の歌唱表現の成熟も、その感覚を後押ししている。この『Fictions』がいかにして生まれたか、本人へのインタビューでじっくりひもといていきたい。
インタビュー=杉浦美恵
──今作を作るにあたって、バンドメンバーと合宿をされたという話を聞きました。このバンドでは初の制作合宿だったそうですね。このバンドでもっと長い時間を過ごしたいみたいなところがありました。合宿とかスタジオ作業で長時間一緒にいることで、予測できない部分をうまく作品に盛り込みたいなと
そうですね。僕だけじゃなく、メンバーの皆さんも集中して制作に取り組む時間を設けたいということを言ってくれていたので、実は2年ぐらい前からスケジュールを調整していただいていて、それが今回実現しました。
──斉藤さんが作った楽曲をバンドサウンドでより強化したいとか、ブラッシュアップしていきたいという思いからの合宿?
というよりはもう少しシンプルで、このバンドでもっと長い時間を過ごしたいみたいなところがありました。事前に細かくアレンジを決め込みすぎず、合宿とかスタジオ作業で長時間一緒にいることで、予測できない部分をうまく作品に盛り込みたいなという目論見でしたね。未知数な部分を大事にできたらいいなと思っていました。
──合宿ではまる2日間でフル尺の曲が3曲できたと言っていましたよね。かなり濃密な時間だったのでは?
我々のバンドは基本的に真面目な人が多いので、初日からしっかり順調に作業が進んだかなと。今回はそこで作ったうちの2曲が収録されていて、もう1曲はそのままの形で使うには少し今回のアルバムの中ではやや強度が足りないかなという感じだったので、それはまたどこかで。そういったアルバムに収録しきれない、でもレコーディングできるレベルのストックというのが今までなかったので、それも成果のひとつでした。
──その合宿でできあがったのが“Puppet Mood”と“(Fake)Flowers”。
はい。“Puppet Mood”は、それこそロックンロールリバイバルのさらにリバイバルみたいな感じの雰囲気の曲だったので、どこかで全員でスタジオに入る機会があったら一気に曲の解像度が高まるんじゃないかなと思っていた曲でした。“ (Fake)Flowers”は、もともと打ち込みの曲と最初から決めていたんですけど、この曲はリズム隊、特にベースが非常に重要な楽曲なので、そのベースのグルーヴ感を最初にみんなで共有してから、曲の細かい部分を詰めていきたいなと思っていました。なのでこの2曲を合宿でやろうというのは事前に決めていましたね。
──今回、フルアルバムとしては前作『in bloom』から約3年9ヶ月ぶり。その間にEP作品はリリースされていますが、今回はやはりフルアルバムで作品を作りたいという思いからの合宿や制作だったんですか?
2023年の5月に「5th Anniversary Live ~étranger/banquet~」を行って、その年の9月にその映像作品のリリースはあったものの、ありがたいことに声優業のスケジュールが立て込んでいまして、2023年のリリースはそれ以上はできないなと思っていたので、せっかくなら次に何か盤を作るならフルアルバムにしたいと、その1年以上前から思っていました。ここ最近はEP作品のリリースだったというのも、その最大の理由がスケジュール問題で、どうしても時間的な制約があってアルバム制作が困難だったんですよね。だから今回は逆に「フルアルバムを作る」ということを最初の目標に据えて動き出しました。コンセプトはともかく、まず曲ができたらレコーディングを進めていこうというプランニングで。なので“ハンマーガール”と“Sway”は合宿前にはレコーディングが終わっていて、この『Fictions』というテーマが決まる前にできていた曲でした。
10代の頃に自分がアニメーションや音楽に救われたと思えたのは、それらが虚構と現実とを行ったり来たりできるものであり、それが自分には必要な場所だったんです
──では、この3rdアルバムが『Fictions』というテーマを持ったのはどういうところから?
次にフルアルバムを作るとしたらテーマにしたいと思っていたことが自分の中にいくつかあって、そのうちのひとつが「フィクション」でした。僕の音楽活動は、大石昌良さんに書いていただいた“フィッシュストーリー”がデビューシングルでしたが、そのときから基本的には「フィクション」をテーマに楽曲を制作していると思っています。そして今回のアルバムの仕込みが始まったぐらいのとき、まず自分の本業である声優の芝居というもの自体が非常にフィクショナルな作業だと思えていたし、ちょうど執筆のお仕事が増えてきた段階でもあって「虚構と現実」みたいなことについて、いろいろな角度から考えることが重なった時期でもありました。たとえば10代の頃に自分がアニメーションや音楽に救われたと思えたのは、それらが虚構と現実とを行ったり来たりできるものであり、それが自分には必要な場所だったんですよね。あの頃から時を経た今、あらためて今の自分がそうした「フィクション」というものに向き合って楽曲を作ったらどうなるのかなという好奇心みたいなものが大きかったのかもしれないです。
── “ハンマーガール”がアルバムの1曲目。イントロの変拍子がすごく印象的でいきなりグッと引き込まれます。このマスロック的なサウンドは当初から斉藤さんのイメージの中にあったもの?
もともとの僕のデモではもっとソリッドなギターロックだったんですよ。そのときの仮タイトルが「ナンバーガール」だったりして、特にアレンジイメージを限定せずにアレンジャーのSakuさんにお渡ししたら、今の感じに近いものが出てきて。なるほどマスロックっぽいアプローチでいけるのかと思って、じゃあイントロももっと変拍子にしようみたいな流れでこの形が出来上がっていきました。僕が書く曲は結構長いものが多いので、3分ぐらいで終わる曲を作りたかったんです。最初のギターも本当に2コードでシンプルに作って、その勢いのまま駆け抜けていくような尺の曲にしたいなと思っていたし、ライブハウスっぽいギターロックの感じをイメージしていたんですけど、その変拍子のイントロが出てきた段階で、宇宙っぽいイメージが湧く楽曲になりそうだったので、歌もファルセットで多重録音みたいな形でいけるかなと。そこから歌詞のモチーフも浮かんできました。
──この曲から、まさにこのアルバムの宇宙感が表現されていきますよね。
この曲は僕の中では最初から1曲目だろうなと思っていました。何かが始まるような予感がする雰囲気で、自分が10代のときに好きだったアニメや漫画作品のことを思いながら、そのオープニングみたいなイメージで作っていきました。存在しないアニメなのに、自分の中では90秒のオープニング映像まで浮かんでいましたから(笑)。
──そして“ヒラエス”ではバンドアンサンブルの緻密さや繊細さに引き込まれます。
厳密には決めてないんですけど、“ヒラエス”がアルバムのリード曲という想定です。“ヒラエス”という言葉はウェールズ語で「郷愁」という意味合いの言葉で、フィクションの世界って自分にとってはそういう感情を思い起こさせる場所なんです。行ったことがないはずなのに憧れてしまうような。この楽曲では視点が過去になっていますが、過去は記憶か記録の中にしか存在していないし、しかも記憶はどんどん変容していきます。「絶対にこの気持ちを忘れない」と思っていても、いつの間にかそれが日常の中に溶けてしまって、あのときと同じような手触りを感じられなくなる。そういう感覚って、記憶とか過去だけじゃなくて、フィクション=架空の場所の世界にもあって、「この本がすごく好きでした」みたいなことを僕はよく言いますが、作品のディテールを100%覚えてるかというとそうではなくて。でもその本に向いていた自分の気持ちや眼差しはすごく強烈に残っていたり、あるいはすっかりわからなくなってしまうものもあるけれど、そういう感情のことを“ヒラエス”というのかもしれないと。その感情を曲にできたので、これは自分的にはよくできた曲だと思います。
──“ヒラエス”はMVもどこか懐かしい感情を呼び覚ます、文学的で物語的な映像になっていますよね。
MVは、今回「絶対こういうふうにしてください」とか言いすぎないようにしようと思っていました。なんならこの曲自体に僕が抱く感覚と映像解釈とが多少ずれてもよくて、それもそれこそ『Fictions』ならではだと思っていたんです。はじめに「こういうイメージの楽曲です」というのをお送りして打ち合わせをさせてもらったんですけど、監督さんのほうではそのときから既にあの世界観ができあがっていました。繋ぎ方もノスタルジックな感じで、すごく素敵な映像にしていただけたと思っています。