前作EP『my beautiful valentine』は、斉藤壮馬の音楽性が自由に解き放たれ、彼の持つ文学性やアート性、また幅広い音楽的嗜好が存分に詰め込まれた作品であり、アーティストとしての評価をまたさらに押し上げるものであった。その前作から約10ヶ月。今作も全曲、斉藤自身が作詞・作曲を手がけ、『陰/陽』(いんよう)というテーマのもと、見事な世界観を表現したEP作品が完成した。斉藤は今年、アーティスト活動5周年のアニバーサリーイヤーを迎えており、声優業も多忙を極める中精力的な音楽活動を続けている。『陰/陽』は、その活動のひとつの集大成とも言えるものだ。斉藤壮馬の音楽はまさに今、大充実期に突入しているのではないだろうか。この新作EPについて、それぞれの楽曲ができあがった背景を本人に語ってもらった。
インタビュー=杉浦美恵
“楽園”は、5周年を彩る楽曲として「ありがとう」の想いを込めた1曲
――まさに『陰/陽』を表現するような美しいEP作品になりましたね。「ありがとうございます。でも今回ははじめから『陰/陽』というコンセプトが固まっていたわけではなく、曲を詰めていく中でテーマが見えてきました。特にコンセプチュアルに決め込みすぎないスタートでした」
――まず先行でリリースされていた“楽園”に驚きました。荘厳ささえ感じさせる美しい楽曲で。
「そもそもは“楽園”は独立した楽曲で、今回の『陰/陽』を想定して作ったものではなく、5周年を彩る楽曲として『ありがとう』の想いを込めた1曲をデジタルリリースしたいというところから作ったものでした。当初はEPに入れるつもりではなかったんです。なので最初の想いとしてはすごくシンプルに、『こうしてみなさんと一緒に心地好い楽園を築けていますが、そこにいつまでも甘んじているのではなく、また次の場所に新たな楽園を作り出しに行きましょう』みたいなイメージで。単純に言えばポジティブな楽曲で、今回のEPの流れにはあまりマッチしないかなと思っていたんですが、紆余曲折ありつつ今作にも入れる運びになりました」
――『陰/陽』というテーマをどのように詰めていったんですか?
「『陰/陽』という言葉からいろいろイメージしていく中で、いわゆる陰陽道とか道教とかの考え方として、『9』という数字が最も完全な数字だみたいなことを知りまして。ではアルバムとして9曲あると考えると4曲が陰で5曲目に“楽園”が入ったら、そこから盤のイメージが反転していくような感じで面白いかなと思ったんですけど、いかんせんスケジュールがなく(笑)。声優業のスケジュールとの兼ね合いもあって、どうしてもレコーディングの日程が取れるぶんだけしか曲を作れないというせめぎ合いがありまして。いろいろ考えた結果、今回は1曲目に入口として“楽園”を配置して、同じ6/8拍子の“mirrors”をラストに入れて円環構造を表現しています。循環するというよりは反転するイメージ。表裏一体というか、決してそれに優劣があるわけではないという。結果的に“楽園”が入口としてすごくいい曲になってくれたなと思います」
――斉藤壮馬というアーティストの、陰陽併せ持つ現在地を表現するEPでもあり、楽曲単体にも『陰/陽』というテーマを感じる楽曲が多いですよね。
「今作に関しては背伸びをしていないというか、素直な発想で作っている楽曲が多いのかなと思います。でも確かに“楽園”は単体でデジタルリリースした時より、このEPの1曲目に配置されたことで、自分個人としても少し感じ方が変わる気がしました。“楽園”はサウンド面でいうと僕が中学生くらいの時に『こういうバンドが好きだった』というものに近くて。なのでトロンボーンとアコーディオンを入れてほしいというのは最初からお願いしていたんです。リファレンスの楽曲もそういうものを渡していました。たとえばアーケイド・ファイアとか、Good Dog Happy Menとか。あと、花のようにというバンドが好きだったのですが、そうしたバンドの楽曲をリファレンスとして共有しながら、楽団っぽい音作りを目指していました。旅をしていく楽団が各地で楽園を作ってはまた次の地へ行くイメージというか。それをアレンジャーのSakuさんが汲み取ってくださって」
最近は、声優としても自分個人の生き方としても、見栄を張らないというか、気取らずに素直に気持ちを発していくということがとても大事なんじゃないかと思っていて
――とてもコンセプチュアルにまとまった作品なので、最初から『陰/陽』というテーマありきで制作が走り始めたのだと思っていました。「全然そういうことではなかったんですよね。楽曲単位で制作を進めていったので。今回のEPはどの曲もリードっぽい、主張が激しい曲ばかりなので組み立てるのが難しいというのはありましたね。最終的には今の流れで収まりがよくなったというのはあります。不思議な感覚なんですよ。今回はすごくロジカルに突き詰めてやりきったということでもないし、感覚で貫きましたということでもないというか。むちゃくちゃ語彙力ないですけど、普通に作った――そんな感じです。最近は、声優としても自分個人の生き方としても、見栄を張らないというか、気取らずに素直に気持ちを発していくということがとても大事なんじゃないかと思っていて。人との対話でも、聴き手としては、今話し手の人が本当に言いたいことをしゃべっているかっていうのは、感覚としてわかったりするじゃないですか。結局、人の心を動かすのってそういうことなんだよなと。今回それを楽曲としてやりきれたという感覚もまだそこまではないですけど、そうしたいなという想いは曲に反映されていると思います。メッセージという形ではなく、曲の作り方として。論理かと思えば感覚であり、でも感覚かと思えば論理であり、だからそれが『陰/陽』のように不可分なものとして作り上げられた結果がこれなんだと思います」
――“楽園”に続く2曲目、“SPACE TRIP”はとてもテンポ感のよいロックサウンドで。この心地好い浮遊感は「陽」のイメージでした。
「実はこの楽曲がリードになる可能性もあったんです。でも途中で“mirrors”ができて、じゃあ“SPACE TRIP”はリードではないということになって。それでようやく歌詞がすんなり書けました(笑)。自分の中ではこれはリードにふさわしい歌詞なのかと思って悩んでいたんですが、結局これがシンプルな形というか」
――いい意味で肩の力が抜けた感じもあるし、“楽園”から続くものとしてもふさわしい歌詞だなと。
「そうですね。楽曲的にすごく難しいことはやっていないですし。ただ“SPACE TRIP”というタイトルもそうですけど、『トリップ』がどういう意味を表しているのかというのは想像の余地があると思います。《宇宙船になって旅に出る》と言っているこの人はとても楽しそうですが、端から見るとどういう状態なのか。これはもともと仮タイトルが“ムーンショット”というものだったんですけど」
――ムーンショット計画の?
「はい。気になる方はぜひ調べていただけたらと思うんですが、ロマンと誇大妄想って紙一重だなっていう歌詞になりました。“SPACE TRIP”は、スペーシーなリズム感、浮遊感のある曲がほしいなと思って作っていた曲で。いろいろデモを作っていた時に1コーラスできたものをすぐ制作チームに送ったら『これはいいのでは?』ということになったので、楽曲のフルはわりとすぐできたんですけど、歌詞はめちゃくちゃ大変でした」
――そうなんですね。
「僕の先輩で羽多野渉さんという方がいらっしゃるんですが、その方が11月30日に10周年記念のアルバムを出されて、そのうちの1曲で歌詞を書いてくれないかとお話をいただきまして。『TORUS』というアルバムの中の“No Man Is an Island”という曲で、いただいたテーマが『愛』でした。その楽曲がまたスペーシーなミディアムバラードで、その曲にもともと自分が“SPACE TRIP”で使おうと思っていたアイデアを使っちゃったんですよね(笑)。これほんと自分で言うなって話ですけど、もうめちゃくちゃいい曲で。だから“SPACE TRIP”では一気に歌詞が書けない状態になってしまったんですけど、リード曲ではないということになったら、もうシンプルにいこうと。シンプルにしたことによって逆に隙間が生まれてよいものにできたと思います」