2年前のEP『マイ・ディアー・メランコリー、』を挟んでいるし、常に何らかの形で歌声は届けられていたのでそんな気はしなかったが、アルバムとしては『スターボーイ』以来約3年半ぶり。昨秋には“ハートレス”、“ブラインディング・ライツ”というシングル2作を立て続けにチャート上位へと送り込み、そのミュージック・ビデオはいずれも狂気への一本道を辿る不穏なドラマとして描かれていた。ポップ・スターとして空虚なナイトライフを享受しつつ、ヒキガエルの分泌液を舐めてバッド・トリップする“ハートレス”。スピード感溢れる映像の中で、自己破滅的な暴走を繰り広げる“ブラインディング・ライツ”。アルバムに先駆けての『After Hours(Short Film)』ではステージで賞賛を浴びたエイベルが直後に猟奇殺人者へと豹変するショッキングな様子が描かれ、『サタデー・ナイト・ライブ』出演時のビジュアル・コンセプトも一連のビデオに則ったものだった。そしてアルバム・リリース後に公開された“イン・ユア・アイズ”のMVでは、連作ドラマが哀しくも珍妙な結末(なぜかいきなりB級サイコ・ホラーみたいなオチで笑ってしまった)を迎えている。まるでザ・ウィークエンドによる、“スリラー”のオマージュだし、そうツッコまれることを前提にやっていたのだろう。かくしてニュー・アルバムの中では、この物語の背景が紐解かれることになる。
『アフター・アワーズ』は、愛の破綻とポップ・スターとしての孤独が幾重にも折り重なり、心の深い闇がカラフルなエレクトロ・ソウルと化して一流のエンターテインメントに仕立て上げられるという、今のザ・ウィークエンドに相応しい懐の深さを備えたアルバムだ。とりわけ“アローン・アゲイン”から始まる前半部では、畳み掛けるような苦悩が一気に描かれていて、息を呑むようにしながら聴き入ってしまう。人間不信に陥って愛の形に戸惑う“ハーデスト・トゥ・ラヴ”。人気のないスタジオでムードに流されるまま交わした情事について歌う“エスケープ・フロム・LA”。とりわけ、十代の頃のピュアな情熱を回想しつつ、パパラッチに追われる慌ただしい現実に向き合わされる“スノーチャイルド”の美しくも哀しい響きは泣ける。ときにはエイベルがこれまでに流してきた浮名を掠めながら、唯一無二の歌声で赤裸々に思いの丈を打ち明けるのである。驚くべきは、そんな楽曲のすべてがヒット・シングル級のキャッチーな響きを備えていることで、苦悩をあくまでもエンターテインメントに仕立て上げてみせるという、凄まじい執念が窺えるのである。エイベルの精神は今まさに狂気にタッチしそうな危ういところにあるが、表現としては破綻どころかこの上なく洗練されている。
アルバム後半は、先行シングル群を含めポップ・テイストがさらに加速。耽美的な80sエレクトロ・ポップと化した“ブラインディング・ライツ”はここでも強烈なドライブ感を見せている。ザ・ウィークエンドはメジャー・デビュー前のミクステ時代から、米ブラック・ミュージック・シーンに対して付かず離れず、絶妙な距離感でオルタナティブなサウンドを鳴らしていたけれども、多くのプロデューサーやゲストが関わりながら、不思議とテイストもテーマも一貫したアルバムになっている点が素晴らしい。ミネアポリス・サウンド?ブラコン、トラップ、ハウスやエレクトロニカまで、すべてがミックスされながら巧みに統制されているのである。“スケアード・トゥ・リヴ”(そもそもはエルトン・ジョンの“君の歌は僕の歌”にインスパイアされたという美曲)を共作し『サタデー・ナイト・ライブ』でも共演したOPNことダニエル・ロパティンは、アルバム終盤の甘く朦朧としたベイパーウェイブ“リピート・アフター・ミー(インタールード)”や、本編ラストの祈りにも似た悲痛な歌声“アンティル・アイ・ブリード・アウト”のプロダクションにおいても、歌の世界観を膨らませる活躍を見せている。タイトル・チューン“アフター・アワーズ”は孤独に向き合わざるを得ない時間であり、悪しきスパイラルだと承知しながらもまた快楽の落とし穴へと転落してしまう、そんなアルバムの主題が6分間にわたって歌われている。
『ビューティー・ビハインド・ザ・マッドネス』で華々しいブレイクを見せてからというもの、ザ・ウィークエンドは官能や背徳感といった表層的な歌のイメージを中心に語られることが多かった。しかし、本作はそれらすべてをエイベルの深くパーソナルな部分と結びつけることで、飛躍的な説得力向上に成功している。ポップ・アーティストはいつの時代も、心の闇と向き合うことでしか傑作を生み出すことができない。それ自体が究極の負のスパイラルではあるのだけれど、むしろザ・ウィークエンドは覚悟をもって、その境地に到達してみせたのだ。 (小池宏和)
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