2016年に自身が率いるマン・メイドで『TVブローク・マイ・ブレイン』を発表しているが、ソロ名義では初となるナイル・マーのアルバム。彼に関してはどうしても、ジョニー・マーの息子であることがつきまとう。当然、ミュージシャンとして活動すれば、元ザ・スミスの偉大なギタリストである父と比較される。そのことへの反発もあったのだろう。かつてのナイルは、プレイ・スタイルが父と似ているとは思わない、自分は自分の音楽を追求するとやや不満げに口にしていた。
だが、今の彼にそうした思考のこわばりは見られない。近年は、父と入れ替わるような形でハンス・ジマーのツアーのメンバーになっていた。ジマーといえば『パイレーツ・オブ・カリビアン』や『ライオン・キング』などを手がけた映画音楽のヒット・メーカーである。ロックとは異なる曲に参加し、フラメンコ・ギターやバンジョーまで弾いたことは、ナイルの演奏の幅を広げ、自らの創作意欲を刺激することになった。ツアー終了後、彼は故郷マンチェスターに戻り『アー・ユー・ハッピー・ナウ?』を制作したのである。
映画音楽と向きあったことで、自分が好むバンド・サウンドをかえって見つめ直すことができたのだろう。純度の高いギター・ポップ・アルバムになっている。細やかなバッキングに彩られたメロディアスな曲が多い一方、アグレッシブなリフを叩きつけたり、せわしないリズムで攻めたりする場面もある。なかにはザ・スミスが演奏しても不思議ではない曲もあったりする。父と違うことをするんだというような硬直した姿勢はない。ポップ・ミュージックの伝統からの影響を咀嚼したうえで、自分がいいと思う音楽を素直に展開している。ナイルのギターもボーカルも伸びやかだ。(遠藤利明)
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