銃ではなく歌の力で

PJハーヴェイ『レット・イングランド・シェイク』
2011年02月16日発売
ALBUM
美しい。今年になって(といってもまだ20日足らずですが)聴いた中でもっとも美しいアルバムだ。PJハーヴェイのこれまでのパブリック・イメージはさておき、「視点がこれまでになく外側に向いている」と彼女自身が語る歌声は、これまでのどんな作品よりも柔らかく、しなやかで、そして強靱だ。

PJといえば自己の内面と真摯に向かい合い、その微妙な綾を描き出すと同時にハイ・テンションの感情をぶつけるときもあっただけに「英国を揺らせ」なんてタイトルが来ると炸裂型のアルバムが連想させられるかもしれないが、ここで繰り広げられるのは大局的な視野を持った楽曲で、自分の中にどうしようもなくある英国とそのカルチャー、歴史と正面からしっかりと向かい合いつつ、視点を外に向けた作品だ。

結果としてこれまでの彼女にはなかった世界がみごとにえぐり出された。故郷でもあるイングランド南西部のドーセット州にある海を臨む古い教会でレコーディングが行われ、ジョン・パリッシュを始めミック・ハーヴェイ、フラッドといった同志たちが脇を固める。パリッシュとの連名作もあったが、彼女名義の前作は07年の『ホワイト・チョーク』となるが印象はそれらとは違う。

歌われるテーマは戦争に関わらねばならなかった人の運命であったり、物言わぬ死者の嘆きだったりする。かつて「世界は狂ってる、銃をちょうだい」と歌った心は変わることはないが、その表現法はとてもしなやかに奥深くなった。ピーター・ガブリエルやケイト・ブッシュらと重なっていく部分も心を豊かにしてくれる。真に美しい傑作だ。(大鷹俊一)