デビューから32年、今やイギリスの誇る国宝級アーティストのひとりになったPJハーヴェイが7年ぶりのスタジオ新作『アイ・インサイド・ジ・オールド・イヤー・ダイイング』を完成させた。この間もテレビドラマや舞台向けに音楽を提供してきた彼女だが、今作は昨年出版した2冊目の詩集『Orlam』が大きなインスピレーションになっている。6年もの歳月を費やしたこの作品は、生まれ故郷である英南西部ドーセット州の架空の村を舞台に9歳の少女:アイラ・エイブルの大人への目覚めをひと月ごとに追った物語仕立ての長編詩。古い地方方言を用いて、自然のサイクルや土着宗教との結びつきがイメージ豊かに塑像されていた。
収録曲“Autumn Term”で聞こえる子供たちの声、“A Child's Question, August”/“〜July”といった曲名、そして随所で聞こえるドーセット訛りの独特な響きからも、本作を『Orlam』の一種のサントラと捉えることは可能だと思う。
それにしても、本作でまったく新たな音の境地を切り開いているのには圧倒される。不気味にうねるエレクトロニクスのバックドロップと訥々としたビートに乗って澄んだファルセットが響き渡る1曲目から、古さと新しさが同居した独自の世界観を備えたフォークロアが広がる。ブルースやロックをハイブリッドし、ピュアな美しさから霊的なフリーキーさまで行き来する楽曲は多面性に満ちているが、全体的に音数を絞ったストイックなプロダクションゆえに、耳にみるみる浸透していく。
長年のコラボレーターであるジョン・パリッシュ&フラッドと共にスタジオでのインプロを重視したという作りも、フィーリングと生の息吹に満ちていて素晴らしい。今さら何も証明する必要のない彼女だが、ここまで何も繕わず飾らず、自然体で音楽を作っている様が伝わる作品は初めてではないかと思う。
アメリカやアフガニスタン、コソボへの旅から生まれた前作『The Hope Six Demolition Project』を経て、彼女は再びイギリスの地に戻ってきた。10作目にして気鋭のインディレーベル:パルチザン(アイドルズ、フォンテインズD.C.他)に移籍、あらゆる意味で新たなフェーズに入った彼女の歌声は、あなたの心に何を呼び覚ますだろう? 必聴の1枚だ。 (坂本麻里子)
PJハーヴェイの記事は、現在発売中の『ロッキング・オン』8月号に掲載中です。ご購入はお近くの書店または以下のリンク先より。
Instagramはじめました!フォロー&いいね、お待ちしております。